【3話】お菓子を作っていると……
朝食を終えて私室に戻った私は、深いため息を吐く。
義娘たちと仲良くなろうと行動したのだが、結果は大失敗。
一ミリも距離を縮められなかった。
けれど私は、たった一度の失敗で諦めるほど聞き分けがよくない。
なにしろ、命がかかっているんだもの。
何十回でも何百回でも、うまくいくまで挑戦し続けてやるわ!
でも、さっきのやり方じゃダメよね。
別の方法を考えなくちゃ。
「って言ってももねぇ……」
まったくと言っていいほどアイデアが浮かんでこない。
自分の引き出しの狭さに、地味にショックを受ける。
このまま部屋にこもって考えているだけじゃ、埒が明かないわね。
こういうときは、なにか別のことをしながらの方がいいって聞いたことがあるわ。
……試してみましょうか。
ということで、行動開始。
私室を出て向かうのは、キッチンだ。
私の趣味はお菓子作り。
生家のミルディ伯爵家にいたときはよく、嫌なことがあると内緒でキッチンを借りてお菓子を作っていた。
一番得意なのはクッキー。
それを作りながら、私はこれからの方針を考えることに決めた。
「ふふふ~ん♪」
シェフにお願いしてキッチンを借りることに成功した私は、鼻歌を歌いながらご機嫌に手を動かしていく。
と、
「ん?」
入り口からこっちを覗き見ている視線に気付いた。
本人はドアの陰に隠れているつもりみたいだけど、わずかにはみ出てしまっている。
小さな背格好に、金色の髪。
ここまで揃うと、心当たりは一人だけしかいない。
「……ミアよね?」
入口へ向かって言ってみれば、「あ、わわ……!」と慌てているような声が返ってきた。
私に怒られると思っているのかもしれない。
「怒ってないから大丈夫よ。入ってきて」
「……し、失礼します」
姿を現したミアが、キッチンに入ってくる。
おそるおそる、おっかなびっくり。
そんな足運びでやってきたミアは、私の前でバッと頭を下げた。
「バネッサ様に朝のことを謝りたくて……。急に泣いたりしてごめんなさい」
「気にしなくていいのに……。私の方こそ急に話しかけたりしてごめんなさいね」
「…………あの、それでは失礼します」
「あ、待って」
一礼して帰ろうとするミアを引き止める。
「クッキーは好き?」
「えっと……はい」
「私今、クッキーを作ってるの。もう少しで焼き上がるんだけど、よかったら一緒に食べていかない?」
「いいんですか!」
口元をほころばせたミアが緑色の目を輝かせる。
キラキラの輝きは、純粋で眩しい。かわいい~。
泣いてる姿はたくさん見てきたけれど、笑顔を見たのはたぶんこれが初めてだ。
泣き顔よりも、ずっとこっちの方が似合っている。
クッキーが焼き上がる。
「できたわよ」
出来立てほやほやの一口大クッキーを皿に並べた私は、一枚とってミアにそれを渡す。
ミアはクッキーを鼻に近づけると、にんまりと口角を上げた。
「わぁ……! とってもいい匂いがします!」
「さ、召し上がれ」
「いただきます!」
手に持ったクッキーを口に放り込むミア。
と、
「んっー!」
すぐさま喜びの声が上がる。
「どう? おいしい?」
「うん! 甘くてとってもおいし――あ、ごめんなさい!! ええっと……じょ、上品なお味がして――」
「ふふふ」
たどたどしく喋るミアがあんまりにもかわいいものだから、私は小さく吹き出してしまう。
「私には、無理して難しい言葉を遣わなくてもいいわよ」
「でも前にバネッサ様がそうしろって……」
……あー、確かに言ったっけなそんなこと。
『私はあなたたちよりもずっと偉いの! 生意気な言葉遣いをしたら許さないから!』
この家に嫁いですぐ、リーシャとミアにそう言ったことを思い出す。
まったくもって意味のない、無駄なルールだ。
今となってはどうしてこんなしょうもないことを言ったのか思い出せない。
仲良くなるためにも、こんな無意味なものは壊しちゃいましょう。
「それはもう終わりよ。これからは気にせず普通に喋ってちょうだい」
「……いいの?」
「ええ。私たちは家族なのだし、そっちの方が自然でしょ? それに私もそうれしてくれた方が嬉しいわ。ミアと仲良くなりたいもの」
「やったー!」
両手を上げたミアが大喜びする。
弾けんばかりに輝くその笑顔を見ているだけで、なんだかこっちまで嬉しくなる。子どもってかわいい。
「そうだ。まだ材料は残っているし、これから一緒にクッキーを作らない? 私、ミアが作ったクッキーを食べてみたいわ」
「ほんとぉ? それじゃあミアもやる!」
ミアと二人で、クッキーを作っていく。
ミアの動きは元気に溢れている。
緊張しながらキッチンに入ってきたときとは、まるで別人のようだった。




