【26話】闇の中で
「リーシャ!!」
目を覚ました私は一番に叫ぶ。
しかし、なにも返ってこない。
それどころか、私は見知らぬ場所にいた。
辺りは真っ暗。一面には闇が広がるのみで、他にはなにも無い。
異様、という他に言葉が思いつかなかった。
ともかくリーシャの無事を確かめないと!
しばらく無暗に歩き回ってみる。
けれど、どこまで行っても景色は変わらない。黒色の世界が続いているだけだった。
「ここはどこなの……」
小さく呟けば、
「目覚めたか」
声が聞こえてきた。
でもそれは、普通の聞こえ方とは違う。
耳ではなく、頭に直接響いてくる感じだ。
よくわかんないけど、この声に聞いてみるしかなさそうね。
他に手も思いつかないし。
「教えて。ここはどこなの? あなたは誰?」
「お前の心の中、とでも言っておこうか」
心の中……ここは普通じゃないと思ってたけど、なるほどね。
それなら少しは納得がいくわ。
「そして俺は、ディオニス。闇の力を与える邪神だ」
その名前はマジララにも出てきた。
リーシャ闇堕ちのきっかけとなる存在だ。
ということは、リーシャがああなったのはディオニスが原因ね。
って、そうじゃない!
一番大事なことをまだ聞いてないじゃないの!
「リーシャは! リーシャは無事なの!?」
「慌てるな。体に多少のダメージはあるだろうが命に別状はない」
「よ、よかった~」
ホッと胸を撫で下ろす。
邪神の言葉を簡単に信じるのもどうかと思うけど、不思議とこの声が嘘を言っているようには思えなかった。
私に嘘をつくメリットも思いつかないしね。
「おいおい。娘のことだけじゃなく、少しは自分の心配もしたらどうだ?」
「そういえば、私はどうなったの?」
確か最後の記憶は……ええっと、あれ?
なんだっけ?
「『娘の苦しみは全て自分が引き受ける』。意識が途切れる直前、お前は娘を抱きしめながらそう願った。覚えてるか?」
おお、そうだそうだ。
やっと思い出した。
「あの行動のせいで俺は、お前の体に強制的に取り込まれちまった」
「そうだったのね。願いが叶ってよかったわ」
私がディオニスを引き受けたことでリーシャは解放されたのね。
私の行いは無駄じゃなかったんだ! 良かったぁ……!
「なにがいいもんかよ。けっ、嬉しそうにしやがって。……だがな、笑ってられるのも今の内だぞ?」
ククク、とディオニスが含みのある笑い声を浮かべる。
「お前はこのままだと死ぬ。確実にな」
――え。
足元から崩れ落ちそうになる。頭の中が真っ白になってなにも考えられない。
生まれて初めてされた死の宣告は、とてつもない衝撃と恐怖を私に植え付けた。
「あれから半日。現実のお前は今も昏睡状態だ。闇の力は今もお前の体に痛みを与え続けている。旦那が絶えず回復魔法をかけているおかげでまだどうにか命はあるが、時間の問題だな。だが、助かる方法が一つだけある」
ディオニスの声が近くなる。
「俺を受け入れろ。そうすればお前の命は助かる」
「……私にリーシャの代わりをさせようってこと?」
「そうだ。闇の力であらゆる破壊行為をしてもらう。嬢ちゃんほどじゃないが、お前にもそれなりの素質がある。闇の力を宿すことは可能だ」
「じゃあダメね。提案してくれたこと自体はありがたかったけど、交渉決裂よ」
「なんでだよ!? お前、死ぬのが怖くないのか!」」
「そんなの怖いに決まってるでしょ。私まだ18歳よ? やりたいことだってたくさんあるわ」
かわいい義娘たちと勉強したり、遊んだり。
大好きなレオネル様と色々なことを話したり。
やり残したことはたくさんある。
まだまだ生きていたい。
「でも私のやりたいことって、家族と一緒じゃないとできないことなの。闇の力を宿した私の近くにいれば、みんなにも危険が及んじゃう。そうしたらもう一緒にはいられない。それじゃあ意味ないのよ」
「……」
「ねえ、私の命はあとどれくらいなの?」
「もって一時間……ってところだな」
「思ったよりあるわね。それなら時間が来るまで話し相手になってよ」
「……はあ?」
素っ頓狂な声が聞こえてきた。
正気かよお前、とでも言いたげだ。
でも、残念。
私、本気ですから。
「さっき言ったでしょ、死ぬのが怖いって。時間が来るまでただじっとしてるだけっていうのも心細いじゃない」
「お前の娘が苦しんだのも今からお前が死ぬのも、全部俺が原因なんだぞ。そんな相手と話そうなんて正気かよ。どうかしてるぜ」
「そうかもしれないけど、リーシャは助かった訳だし……。それにあなたの他には誰もいないじゃないの」
「……変わった人間だな、お前」
呆れつつも、少しだけ笑っている。
顔が見えている訳でもないのに、どうしてだろう。そんな気がした。
……コロコロコロ。
転がってきたなにかが、足元にぶつかる。
「ん? なにこれ?」
手に取ってみると、それは小さな水晶玉だった。
「そいつを見てみろ」
「え、なんなのか説明してよ」
「いいから」
「……わかったわよ」
ややふてくされながらも、言われた通りに水晶玉を見つめる。
そこに映っていたのは、家族三人の姿。
私室のベッドで横たわる私を、三人が囲んでいる。
「お母様! 目を覚まして!!」
「ママー! 死んじゃやだー!」
リーシャとミアは泣きじゃくりながら私の手を握り、
「バネッサ! 戻ってこい! キミの居場所はここだろう!!」
レオネル様は必死になって回復魔法をかけてくれている。
「……みんな。ありがとう」
私を大切に思う気持ちが痛いくらいに伝わってくる。
三人と家族になれて本当に良かった。私は世界一の幸せ者だ。
「ありがとう。最後にみんなの姿を見られて嬉しかったわ」
これで思い残すことはない。
あとは死の瞬間が来るのを待つだけだ。
なんて、思っていたのに。
「…………こいつらにもう一度会いたいか?」
「え……それはもちろん会いたいけど」
「その願い、叶えてやる」
ん?
予想外のディオニスの返事に、私はきょとんとなってしまう。




