【13話】湖にピクニック
後半はレオネル視点です。
「わぁー! きれー!!」
水辺に立つミアの興奮した声で、広大な湖の水面が揺れる。
王都郊外にあるドルムント公爵邸から、馬車で一時間ほど。
私たち四人は今、森の奥にある湖へ来ていた。
ここに来ることを提案したのは私だ。
自然豊かな場所でなら、リーシャも腹を割って話しやすいはず。
そう思ってみんなでピクニックに出かけることを思いついた。
ちなみにこの場所を教えてくれたのは、ドルムント公爵家に仕えるメイドの子。
彼女いわく、『超オススメです!』とのこと。
湖の水は透き通っていて、思わずうっとりするほどに綺麗。
空気も澄んでいる。深呼吸すれば、これまたとってもおいしい。
でも一番気に入っているポイントはなんといっても、私たちの他には誰もいないこと。
これならリーシャも、さらに話しやすいだろう。
ここはまさに、穴場。
超オススメ、という言葉通りだった。
教えてくれたあの子には、帰ったらお礼をしないと。
食事でもごちそう――いや、物をプレゼントした方がいいのかなぁ。
なんて考えていたら。
「あっ、ちょうちょ!」
我が家のおてんば娘は今日も絶好調。
ひらひら宙を舞うアゲハ蝶を見上げると、楽しそうに声を上げた。
「あっちに行けば、もっとたくさんいるかもしれないわよ」
ミアの手を取った私は、緑が生い茂る脇道を指で指す。
「行ってみる?」
「うん!」
「よーし、それじゃあ私と探検しましょうか!」
「わーい! やったー!」
私はレオネル様を見る。
「ちょっと行ってきますね。レオネル様はリーシャと一緒に、お昼の準備をお願いします」
ミアを連れて、私はこの場から離れていく。
これでリーシャとレオネル様は二人きり。
場は整った。
頑張ってね。
きっと今ものすごく緊張しているであろうリーシャの背中めがけて、心の中で声援を送る。
私にできるのはここまでだ。
******
脇道に消えていく二人を見送ったレオネルは、地面に敷くシートを取り出した。
リーシャと一緒になって辺りを歩いていく。
「敷くのはこの辺りでいいだろうか?」
足を止めたのは大きな樹木の前だった。
木陰になっている上に湖もよく見えて景観も良好。
昼食のスポットしては、まずまずではないだろうか。
「はい。ここならお母様もミアも喜ぶと思います」
「……お前はどうだ?」
「…………。えっと、私も嬉しい……です」
「そうか。ではここにしよう」
「……」
「……」
ぎこちない会話を終えてから、シートを敷き始める。
レオネルもリーシャも、二人きりというこの状況に緊張を隠せないでいた。
地面に敷いたシートの上に、二人は横並びで座る。
(さて、あとは話してくれるのを待つだけだな)
『途中、私とミアは抜けます。そのときリーシャから大事な話があると思うので、しっかり聞いてあげてください』
バネッサからは事前にそう聞いている。
あとはその機会を待つだけ。
受け入れ態勢を整え、万全の気持ちで待ち構えるレオネルだったが。
(…………なかなか来ないな)
リーシャは一向に口を開かない。
落ち着かない様子で湖を見ている。
(このままではいつまで経っても、話してくれそうにないな。あまり時間をかければバネッサたちが戻ってきてしまうかもしれない。……ここは俺の方から口火を切った方がよさそうだな)
「お前はこのセレディム王国をどう思っている?」
「え……えっと、いい国だと思います」
「うむ。そうだな」
「……」
「……」
会話終了。
再びの沈黙が流れる。
(いやいや、そうではないだろう! なにをやっているんだ俺は!)
よく両親から聞かれたことを口にしてみたのだが、普通に考えればまったくの不適切。
状況に合っていない。
リーシャが話しやすくなるような、別の話題にしなければ。
「ずっと湖を見ているが、こういった場所に来るのは初めてか?」
「は、はい。私もミアも屋敷の外に出る機会は、ほとんどないですから」
「……そうだったのか。俺はお前たちのことをなにも知らないのだな」
父親失格だ。
あらためてそう思う。
「お父様は? 外にはよくお出かけに?」
「いや。屋敷にこもって書類仕事をしていることがほとんだからな。たまの外出をするときは、社交パーティーに出席するときくらいか」
(社交パーティーといえば、近々出席しなければならないものがあったな。……憂鬱だ)
面白くもないのに無理に笑顔を浮かべて他人と会話をする。
それがドルムント公爵家当主であるレオネルの、社交パーティーにおける仕事だ。
正直言って、面倒なことこの上ない。
当主としての仕事は数多くあるが、これだけはいつまで経っても慣れない。
そんな気持ちがいつの間にか表に出ていたのか、
「苦手なのですか?」
リーシャに見破られてしまった。
「ああ。大の苦手だ」
素直に認めれば、リーシャはそれはもう驚いた顔になった。
「意外です。お父様は涼しい顔でなんでもこなしてしまうイメージがあったので」
「そんなことはない。他にも苦手な物はあるぞ。例えば……辛い食べ物とかな。シェフの作る料理はどれも一級品だが、どうにもあれだけは苦手だ」
「え? でもお父様はいつも、出された食事を残さずに完食していますよね?」
「……これはバネッサたちには秘密にしてほしいのだが、実はズルをしている。痛覚を鈍らせる魔法を体にかけているんだ。こうすれば辛さも多少マシに――」
「ふ……ふふふ!」
こらえきれなかったかのようにリーシャが吹き出した。
このような笑顔を向けてくれたのは、これが初めてのような気がする。
「ごめんなさい。イメージとあまりにも違ったので、なんだかおかしくって」
「そうか」
気付けば頬が緩んでいた。
リーシャが笑顔を向けてくれたことが、よほど嬉しかったらしい。
「お父様……お話があります。聞いてくださいますか?」
「ああ」
真剣な表情になったリーシャに、レオネルは二つ返事で頷いた。
さて、ここからが本題だ。
「お父様と仲良くできるのかが、自分でもまだわかりません。いっぱい考えてみたけどダメでした。でも私、諦めたくないんです。いつか仲良くできるその日が来るまで頑張りたい。ですから、お願いです。私に時間をくださいませんか?」
「もちろんだ。お前たちに向き合うと決めたからには、とことんまで付き合う。答えが出るまでいつまでも待とう。途中で投げ出したりしないから安心してくれていい」
「うっ……あ、ありがとうございます」
涙目で笑うリーシャの肩に、レオネルはそっと手を乗せる。
結局のところ、答えは聞けなかった。
でもこれはきっと、明るい未来に繋がる大きな一歩だ。
リーシャと話すことができてよかった。
(ありがとうバネッサ)
今日という素晴らしい機会を作ってくれた影の立役者へ、レオネルは特大の感謝の気持ちを浮かべた。




