【11話】これまでの生き方 ※レオネル視点
バネッサとの話を終え談話室を出たレオネルは、私室へ戻った。
ドアを背にして立ち、小さく息を吐く。
「まさか俺が、他人を頼る日が来るとはな」
――他人などどうでもいい。考えるな。お前が考えなければならないのは、たった一つ。我がドルムント公爵家の保守と繁栄だ。
十年前に他界した両親に何度も言われてきたその言葉が、頭の中に浮かぶ。
レオネルはこれまでずっと、その言葉を疑うことなかった。両親の思惑通りの人生を送ってきたと言える。
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セレディム王国の超一流貴族、ドルムント公爵家。
レオネルはそこの長男として産まれた。
この家を継ぐに足る完璧な人間に育てる。
そんな両親の思想の元、レオネルは幼い頃より厳しい教育を叩き込まれてきた。
数多の教育の日々は辛かったが、生まれ持っての才能と血のにじむような努力でそれを乗り越えてきた。
そして、18歳の頃。
レオネルは両親が決めてきた相手と結婚した。
同い年の侯爵令嬢。
名を、イザベラという。
端正な顔立ちの、とても傲慢な女性だった。
結婚当初こそ、イザベラはしきりに話しかけてきた。
やれ、あのドレスがほしいだの。やれ、パーティーで素敵な男に声をかけられただの。
ペラペラペラペラと、毎日話題に事欠くことはなかった。
よくそんなに喋ることがあるなと、レオネルはいつも心の中で思っていた。
しかしそれも、長くは続かない。
「あんたは顔がいいだけのつまらない男よ。結婚して損した」
両親に言われた通り家のことだけを考えて生きてきたレオネルは、他人に対し関心を持てずにいた。
もちろんイザベラに対してもだ。話しかけられても、無難な言葉を返すだけだった。
周囲にちやほやされて育ってきた彼女にしてみれば、さぞ面白くなかったのだろう。
日を追うごとに口数は減っていき、ミアを出産した頃にはもう一言も話さない状態になっていた。
それから数か月後、イザベラは家を出ていく。
残された書置きには、『私を愛してくれる人の元へ行きます』とだけ書かれていた。
それからしばらく、レオネルは独り身でいた。
娘であるリーシャとミアには、ほとんど関わらなかった。
他人との接し方がわからない自分が関わっても、悪影響を与えるだけ。
ならば、最初から関わらない方がいい。
そんな風に考えていたからだ。
「子どものためにも妻を貰った方がいいのでは?」
ミアが10歳を迎えた頃だろうか、周囲からそんな声が上がり始める。
再婚したところで、どうせすぐにまた離婚することになる。
そう考えていたレオネルは再婚に否定的だったが、周囲の声を無視すれば家の評判に傷がつく。
家のことを第一に考えるレオネルにすれば、それは避けたいところ。
不本意ながらも周囲の声に従うしかなかった。
地位も財産も持っているレオネルには、毎日のように縁談の話が届いていた。
その中からテキトーに選んだ相手が、ミルディ伯爵家の長女――バネッサだ。
娘や使用人に威張り散らし、高価な買い物を催促してくる。
端正な顔立ちも傲慢な性格も、イザベラによく似ていた。
この結婚生活も長くは続かない。
レオネルはそう思っていた。
けれども、一か月ほど前だろうか。
娘たちと仲良くなりたい、などといきなり言い出し始めた。
初めは疑っていた。
けれども観察を続けていくうちにそうではないとわかり、さらには、バネッサと娘たちが触れ合うその光景がとても眩しいものに見えた。
そしていつしか、俺もそこに加わりたい、と思うまでになっていった。
――他人のことなどどうでもいい。
幼い頃からずっと持ってきたその考えが、砕けた瞬間だった。
そのきっかけをくれたのは、バネッサだ。
大切なことを気付かせてくれた彼女には、本当に感謝している。
これまでレオネルは、数多くの困難を乗り越えてきた。
だが娘たちとの距離を縮めたいという今回の件に関しては、うまくいく自信がない。
娘たちは受け入れてくれないかもしれないし、そうなっても仕方ないとも思っている。
これまで見向きもしなかった癖に、今さら虫がよすぎるというものだ。
けれど、やる前から諦めたくはない。
それほどまでに、レオネルの気持ちは強いものとなっていた。
「バネッサが全力で協力すると約束してくれたのだ。ならば俺も、全力でやろうではないか」
拳を強く握りしめる。
どんな結果になろうと構わない。
ともかく、全力でやれることをやるだけだ。




