No.89 怒濤の威嚇祭り!
No.89 怒濤の威嚇祭り!
竜は差し出した私の手から体を捻り、器用に抜け出すと腕を駆け上がり、肩に乗る。
背を丸めて、小さな体に生える全身の毛を逆立たせ、グルグルと威嚇をする竜の子供。
その仕草は、やはり猫に見えて仕方が無い。
「なっ・・・なんと!殿下、どうしましょう!私、威嚇されてしまいましたっ!」
「見ていた、竜殿はその様な反応を示すのだな・・・」
「ニコラス殿、次は私も近くに・・・!」
「つ、次は私もよろしいかっ?」
私の前に列を作り、竜の一挙手一投足に彼らは歓喜の声を上げる。
順番に触れられるかどうかのチャレンジをするが、威嚇に加え、シュトルムさんに至っては前脚で引っ掻かれそうになっていた。
皆を威嚇をしながらも、下がる事の出来ない肩の上で、後ろ脚が所在なさげにモゾモゾと動く。
しばらくそうしていたのだが、遂に足場を無くして後ろに転り、運良く私の上着のフードに受け止められた。
だが背中から落ち、ひっくり返ったのだろう。今度は体勢を戻そうと、フードの中で暴れているのが背中に伝わって来る。
「どうやら、触られるのは嫌のようだな・・・気持ちは汲むが、その辺にしといてやれ」
列に並ばず横で腕組みをしながら、一部始終を観察していたヴィクターさんは、アルシュさん達に諦める様促す。
その言葉に皆、出逢えた喜びと触れられぬ悲しさ、両方を併せ持った表情で名残惜しそうに身を引く。
「そ、そうですね・・・怖がらせてしまうのは本望ではありません・・・」
「気安く、竜殿に触れようとした我々の落ち度ですな・・・」
「えぇ・・・竜様には心穏やかに在って頂きたい」
小さな竜相手に、大の大人がしょんぼりと肩を落とす様子は、中々に新鮮な光景である。
ふと、反抗期の娘に最近無視されていると呟き、哀愁に満ちた部長の背中を思い出した。
「────さて、どうしようか・・・この様子だと、王都に移送する事が困難になりそうだ」
「確かにそうですね。一先ずシルビアに戻り、今後の事について陛下の判断を仰ぎましょう。シルビアの神殿には、本部との連絡を取れる魔導装置がありましたよね?あれをお借りできれば・・・」
「よし、掛け合ってみよう。メグミ、済まないが暫くそちらにお隠れになった、竜殿の保護をそのままお願いしたい」
「・・・え!は、はいっ・・・!」
「ニコラス、その卵の遺骸は共に持ち帰る。そちらの馬車に乗せてくれ」
「はい!お任せを」
いつまでも後ろから出て来る気配の無い竜。
フードを引き上げ、屈んで振ってみるが内側にしっかりと爪を立て抵抗している。
何とか出そうと躍起になっていると、アルシュさんからお世話役を依頼されてしまった。
確かに、このままフードに入っていて貰えれば、取り敢えず逃げたり居なくなったりは防ぐ事が出来る。追い出そうとしていた私は手を止め、フードの住人となった竜を受け入れたのだった。
・ー・-・-・-・-・-・-・-・ー・-
「────はーーー、何とこの様な事が・・・」
あれから直ぐに出発し、30分ほど進んだ森の側にローグさんとヨルノさんが待っていた。
この場所に出る為の道順があり、それを辿ってエルドールの森を抜けて来たそうだ。
ローグさんが我々と合流したのを見守り「こ度の件、深い感謝を」と告げると、ヨルノさんは森の中へスッと消えて行く。
その背を見送り、取り敢えず状況を説明する為に、私とアルシュさんの馬車に乗って貰った。
アルシュさんがローグさんに、なるべく噛み砕きながら起きた事を話す。
途中、何度も驚きと困惑の反応を見せながらも、冷静に内容を飲み込んでいく様は流石文官職だ。
私だったら内容が奇想天外過ぎて、1回では理解出来ないと思う。
今回の当事者であるフードの住人はと言うと・・・ゆっくりとソコから這い出て、私の膝を枕にスヤスヤと寝息を立てている。
さっきまでの威嚇全開の態度は何処へやら。くるりと丸まった姿は本当に、羽の生えたただの猫だ。
「実はクラントス城の応接室から、ヨルノ殿の魔法で途中までは殿下の行く先を視覚共有しておりましたが、次第に見え辛くなって行き・・・・・・肝心の目的の場所までは見守る事が出来ずにいました。ですので、その後の事の成り行きは、概ね理解出来ました」
「良かった。で、その卵の遺骸から顕れた者が、今はメグミの膝で寝ている。恐らく竜の幼体では無いかと思う」
「・・・・・・確かに、この様な生き物は見た事がありません。しかし、文献に残っている姿絵に似ておりますね」
「だろう?皆、同じ見解だ」
「もし本当に竜であるなら、国を挙げての快挙となりますが・・・!しかし・・・」
「そうなんだ、どうやらこの竜殿はメグミがお気に入りみたいでね。威嚇を前に、僕達は見事に散って行ったよ」
両掌を掲げ、肩を竦めるアルシュさんをローグさんが「そうでしたか・・・残念です」と気遣う。
対面に座りその様子を見ている私としては、大変申し訳なく思う。出来る事なら私の膝で寝入る竜を、アルシュさんの膝上へと移してあげたい。
だが、それを竜が許さない。
その後、寝ている隙を狙ってアルシュさんが何度か手を伸ばしてみるが、触れる前にスッと瞼が開き、小さく喉を鳴らす。勿論、軽い威嚇の方の意味でだ。
やはり駄目か・・・とその度に項垂れる流れを、飛竜や騎士団の待つ森の入り口に着く迄、幾度も見る事となる。
ちなみにだが、騎士団と合流する段階でも一悶着あった。
エルドールを出てこの場所に着いたのは夕方より少し前で、遠目に私達の馬車を視認した団員が仲間に合図を送る。
「殿下がお戻りになったぞ!一同、整列!!!」
馬車を降りると、横一列に綺麗に並ぶ団員とその後ろで着座するワイバーン達に出迎えられる。
「皆、待たせたね。一先ず、上手くいったとだけ伝えて置くよ。早速で悪いが、シルビアへと戻ろうか」
「はっ!!ご無事でのご帰還、心より嬉しく存じ上げます!」
アルシュさんが団員達に労いの声を掛ける最中、ヴィクターさんは辺りを見渡し、独り言のように"痕跡を残さない、見事な野営だ。良く訓練してあるな"と嬉しげに呟く。
どう言う事ですか?と問えば「討伐訓練や遠征の際、足取りを追われない様にする為、撤退時に一切の痕跡を残すなと教えている」と返って来た。
今ここに居る団員は、かつてヴィクターさんが所属していた頃はまだ若手の方で、日々そういった訓練を行っていたが、まだ詰めが甘い部分が見られたそうだ。
その辺りがこの5年で改善されていた事で、成長を感じたと言う事だった。
「さて、俺達もルベルの所に行くか」
振り返ると、移動に使用した馬車や亀君は跡形も無く消え、ワイバーンが今度は自分達の出番とばかりに、奮い立つ。
合流しようと近寄って行ったのだが、後10メートルと言う所で、ワイバーン達の様子がおかしくなる。
忙しなく体を揺らしたり、羽を閉じ体を固くし、キュイッ・・・と鳴き声を漏らす物と反応は様々だが、先程のやる気みなぎる雰囲気が消え去っている。
まるで、何かを警戒している様な・・・
皆反応は違うが唯一の共通点は、全員が私の方を見つめている事。敵意も無いし、食べる物も何も持っていないよ?と、視線に首を傾げるが、数秒して気付いた。
「────あ、もしかして・・・」
そうだ、彼らが警戒しているのは私では無い。私のフードの中の住人だ。
「ワイバーンは、竜が苦手なんでしょうか・・・?」
「あの様子だと、そうかもな。今まで感じた事の無い気配を察知しているんだろう」
「どうしましょう・・・あの様子では、元気に飛べませんよね・・・?」
団員の皆さんは、何とかワイバーンを落ち着かせようと宥めるが、こちらに向けた目線は依然としてそのままだ。
困った、このままでは日暮れ迄にシルビアに着かない。何か良い策は・・・と悩んでいると、ヴィクターさんが一歩前に出て「ルベル」と呼びかける。
名前を呼ばれ、ゆっくりとした動きでこちらへと歩み寄るルベルさん。その足取りから、恐れているとは違い、若干の警戒心と疑りが感じられた。
「ルベル、こっちへ大丈夫だ。この魔物を乗せて飛んでは貰えないだろうか?」
私のフードを捲り、中に埋まっている小さな顔を見せる。
フードの住人は、突如目の前に現れた大きな顔にビクリと体を揺らすが、何もせず見つめて来るルベルさんに、敵意を感じなかったのか威嚇はしなかった。
「嗅ぎ馴れないと思うが、こちらに敵意は無い。俺達はこの魔物を安全に移動させたい。手伝ってくれないか?」
「グルル・・・・・・」
「私からもお願いします。背中で暴れ無い様にちゃんと見ておくので!」
ヴィクターさんの問い掛けに、少し気掛かりがある・・・と言った様な鳴き声を返すルベルさんに、ダメ押しのお願いをする。
さて、どうした物かと考えるルベルさんの頬を撫で、更に粘ってみる。
すると、今までフードの中に隠れていた住人は私の肩を伝い、手首迄降りて来た。
一瞬、接触させても大丈夫だろうかと焦ったが、竜は私の鼻先を舐めた時の様に、ルベルさんの頬をひと舐めする。
警戒している相手に突然顔を舐められる事態。
これにはルベルさんも、竜に近寄る為に下げていた頭を反射的に引く。
一触即発・・・とはならず、2匹はジッと出方を伺う様に見詰め合った後、ルベルさんの方が先に視線を逸らす。
「やっぱり駄目かぁ・・・」
と気落ちする私に、ヴィクターさんが肩に手を置き「いや、待て」と留める。
次の瞬間、後ろに居たワイバーン達に向かってルベルさんが、ひと鳴きする。
穏やかで、何かを言い聴かせる様な柔らかい鳴き声だった。その声を聴いた彼らは、次第に落ち着きを取り戻していく。
「どうやら、上手くいった」
「え?え?」
「ルベルはこのワイバーンの中では1番上の立場で、要するにリーダーだ。そのルベルが竜を自分達より格上で、だが危害を及ぼす存在で無いと認識し、それを他のワイバーンに伝えた事で、動揺が収まった」
「つまり・・・」
「あぁ、これで問題が解決した。予定通り、ワイバーンに乗ってシルビアに戻る事が出来る」
「よ、良かった・・・!どうなるかと・・・」
事態が収拾し安堵する私達に対して件の住人は、ひと仕事を終えたとばかりに、再びフードに戻り寝てしまったのだった。
竜がルベルさんを舐めた瞬間、竜を乗せた手にピリッとした感覚が走ったが、恐らく竜の爪が皮膚を掠めたのだろうと、傷一つ無い掌を見つめながら納得した。
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