No.77 エルフ
No.77 エルフ
「何とか・・・何とか耐えました・・・」
「だから、早めに言えと言っただろう」
ワイバーンの背に乗って2時間程過ぎた辺りだろうか。
初めの1時間は変わる景色にワクワクしていて問題無かったのだが、途中から内臓を押し上げる様な感覚に襲われ、体調の雲行きが怪しくなり・・・最後の15分は最早朦朧とする自分の意識との戦いだった。
────早い話、酔ったのだ。
上空から見える景色にうっすら見覚えがあった為、あとどのくらいで到着するのかが何となく分かった。それ故"ここで1度降りて下さい"と切り出す事を躊躇った。
決壊寸前の胃に我慢できず、地面にルベルさんが降りきる前に背から飛び降り、地面に転がり込んだ。
船酔いのように、地上に降りたら降りたで、ふわふわと体が揺れる感覚が続く。
地面に四つん這いで、蹲る私の背中をヴィクターさんが擦る。
「すみません・・・」
「気にするな。新人騎士の飛行訓練初日で、毎年見る光景だ。嘔吐しないだけ優秀だ」
「うぅ・・・」
乗り物酔いを起こした若輩者への、手馴れた介抱。非常に情けない。
流石に嘔吐は何としてでも、阻止しなければ。
「ジルの言うとおりさ。初めてワイバーンに長時間乗って酔うのは普通だよ。幸い約束の時間まではもう少しある。皆、一旦休憩にしよう」
情けない様子の私を見かねた、アルシュさんのフォロー・・・本当に痛み入ります。
ルベルさんの体に背を預け、ヴィクターさんに貰った水を飲みつつ体調を整える。
私のバフ効果は戦闘以外の恐怖に続き、乗り物酔いにも対応していなかったらしい。
「新人騎士団もこう言う時は休憩を?」
「いや?吐く物吐ききって、直ぐに急上昇急降下の訓練だ。むしろこの段階で先に吐いていた方が後が楽だな」
「そうなのですね・・・」
酔って吐いてからが本番とは・・・さすが、国や王族を護る為の訓練。ハードスケジュールだ。
「ここでこのまま休んでいろ。打ち合わせをして来る」
そう言うとヴィクターさんは、アルシュさん達の元へと行き、次の動きについて軽い会議を始める。
予定では、ここでワイバーンや護衛騎士のメンバーは待機と聞いている。
この任務が明日迄かかる物なのか分からないが、その可能性から野営も視野に入れて準備はして来ているそうで、その算段も含めての物だろう。
ユニコーンと出会した場所とは少し違うが、これから向かう森はあの日見たまま、変わらず我々を誘い込むように、静かにそこにある。
「そろそろ、大丈夫かな・・・ルベルさん、ありがとうございました」
三半規管の乱れがようやく収まり、体を預けていたルベルさんにお礼を言いながら立ち上がる。
何とか約束の時間には間に合った様で一安心だ。
そう言えば使者と待ち合わせと聞いているが、どの様な人物なのだろう。パッと見ただけで判断出来るのだろうか?ルベルさんを撫でながらヴィクターさんの様子を伺うと、待機予定の騎士団員に何かの指示を出している。
「グルルル・・・」
そんな様子を遠目に眺めていたら、ルベルさんが小さく呻り声を上げる。撫で方が悪かったのかと、振り向くとルベルさんの目は何かを捉え一点を見つめていた。
その目線の先には深い森に通じる入り口と、フードを目深に被り、その場に立つ人物の姿があった。
さっきまでそこに人は居なかった。と言う事は────・・・
「定刻通りだね」
アルシュさんが私の横を通り過ぎ、前に歩み出る。
王子と分からない様に、見た目を変えていた魔法を解きながら、迷い無くその人物に向かって。
「この度は、お招き頂き有り難う。僕がレオニア王国代表、王位継承権第3位アルシュレイン・ルス・レオニアだ。我が国はこの6名で入国を希望するが、問題無いだろうか?」
「構いませんよ。何か不測の事態が起きた場合は、全ての責任を負って頂けるのであれば」
「有り難う。君は?」
「これは申し遅れました。案内役を務めさせて頂きます、ヨルノと申します」
案内役と謳うその人は、顔を覆っていたフードを取り払い、現れた容姿に思わず息を飲む。
アルシュさんとはまた別の、絹を思わせる金の髪に、後ろに佇む森の碧を落とした様な瞳。そして、最も驚いたのはその金の髪を分け入り伸びる横長の耳だ。
美しい容姿に加え、その長い耳が彼女を人では無い存在であると物語る。だが、私はその存在を知っている。エリスさんからお借りした本に、人類以外の種族が記載されていた特徴と一致する。そう彼女たちの種族名は・・・
「エルフ・・・」
頭に浮かぶ3文字を小さく呟く。
私達が今から向かう国"エルドール"とは、エルフが治める立ち入らずの森だったのだ。
エルドールがエルフの国だと言う事は、この世界の人からすれば常識で、敢えてその説明を打ち合わせで行われる事は無かった。
その場に居た私が、何の国なんですか?などと話の腰を折る訳も無く、おかげでたった今その事実を知る事とる。
「こちらは、右からニコラス、コールソン、ローグ、シュトルム、ジルニード、メグミだ。ヨルノ殿とお呼びするが、宜しいか?」
「構いません。皆様方の入国を許可致します。早速ですが、エルフの王が居ります所まで案内します」
「よろしく頼む」
「森の中では、くれぐれも勝手な行動は慎んで下さい。1度逸れると一生をこの森で過ごす事になりかねません」
静かな声色の諸注意に、緊張が走る。私は当然、他のメンバーもエルドールへ踏み入れる事、それ事態初めてなのだ。
情報が乏しく、何が起きるのか分からない中で、下手な動きは出来ない。であれば、案内役であるヨルノさんと、逸れない様にする事が最優先事項。産まれたての雛の様に、後ろを歩く以外の選択肢は無い。
特に"一生森で過ごす事になる"と言う言葉が比喩では無く、確信を持った物だと感じた。
「ははっ、肝に銘じておくよ」
挨拶を終えた私達は、騎士団とルベルさん含むワイバーンをそこに待機させ、ヨルノさんの案内の元、森へと分け入った。
森の入り口が国境となっていた様で、一歩踏み入れた瞬間、何か薄い膜に触れた感覚があった。
反射的に二の腕を触り、後ろを振り返るが目には何も見えない。あくまで皮膚の感覚だけが違和感を拾った。
「成る程・・・こうして、国境を隔てているんですね。それも、かなり高度で、私達の扱う魔法とは質が違う・・・」
「これは、幻覚・・・惑わしの魔法か?」
最後に国境を越えたコールソンさんが、何かを納得した発言をすると、前を行くヴィクターさんが反応する。
「"惑わし"と言うよりも、迷路の様な作用の物ですね。恐らく、決められた道順以外の場所に入り込むと後戻りはおろか、出口の無い道を当て所なく歩き続ける羽目になるかと」
後戻りが出来ない、一方通行と言う事だろうか。ただの迷路なら後戻りが出来る分だけまだ優しい。
「で、では尚更ヨルノさんに置いて行かれない様に、注意しないといけませんねっ」
「そうだな」
先を行くヨルノさんの背中を、見失わない様に注意しながら、美しい碧に囲まれた森を歩く。大木と鳥の囀りを聞きながら、景色は徐々に奥深くなる。
「・・・コールソン魔導師、視線を感じてはいないか?」
「ヴィクター殿もですか。森に入った辺りから、ずっと見られている感覚があります。おそらく偵察用の魔法が随所に仕掛けられていますね」
「そうか、まぁ部外者を終始監視するのは当たり前か。いや、完全にその気配を隠さず、人によっては僅かながら、感じ取れる状態にしている所が・・・」
「そうですね。その辺りで下手な動きをさせない抑止効果を、意図しているのかもしれません」
2人の会話から、気配察知のスキルを使えば私でも何か感じ取れるかも知れないと、意識を集中した途端に、目の前の視界が悪くなる。
まず景色全体が薄紫に靄掛かっている。先程までの、気配を意識しない状態ではクリアだった景色が、薄気味悪い物に変わった。
前方を歩くヨルノさんの後ろだけは、軌跡としてこの靄が薄まり、そこを私達が進んでいる状態だ。
「そうか、この靄が迷路の魔法・・・」
そして同時に、薄紫の靄以外に感じるこの不快感。それはそこかしこから感じられ、私達を捉えて放さない。ならばこちらが、偵察の魔法と言う事だろうか。
木々の隙間だったり、地から見上げる気配だったり、無数に感じる。その1つを更に意識してみると、一羽の鳥と目が合った感覚がした。
「あ・・・鳥の視界・・・ですかね・・・他も似たような"何か"の視界を利用して私達を見ているみたいな・・・」
「!!・・・そう言えばメグミは、そっちの気配察知に強かったな。この森、動物や木々を介して監視出来る訳か・・・」
「恐らく・・・」
「それは、何とも大がかりな・・・王都でも導入出来ないですかね・・・」
「仮に出来たとして、一体何人の魔導師を投入する気だ・・・」
エルフは長命種が故、魔力量が並外れていて、加えてこの地を完全に悠久として護っているから出来る手段だ。冒険者や商人、外部からの往来があるレオニア王国ではまず無理だ。とヴィクターさんが首を横に振る。
私達はエルドールの監視と警戒の厳重さを、文字通り肌で感じ取ったのだった。
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