No.75 王子と騎士 【ヴィクターside】
No.75 王子と騎士
【ヴィクターside】
突然のアルの来訪、急遽決まったエルドールへの護衛任務。
あの日の雷が、国家間で協力し合う事態に発展する事になった。
ドルガニルよりもエルドールの方が交易が無い分、やり辛さがあるだろう。加えて、エルドールは外部の人間の許可無しには踏み入れない国だ。当然、地形や特性と言った、誰かが口伝える情報が機能しない。
事前情報が無い状態での護衛は、大幅に難易度が上がって来る。
「なぁ、ジル」
「何だ」
寝室一杯に広がる、アルの持ち込んだベッド。俺のベッドは早々に排斥され、仕方なしに広い広いベッドの一角に横たわっている。今日一日を振り返るように考えていると、大人2人分空けた隣に寝転ぶアルに呼び掛けられた。
「急に来て、護衛を頼んだ事怒ってる?」
「いや、怒っては居ない。まぁ少し呆れてはいるが」
「ごめん」
急で、自由で、振り回される・・・なんて事は子供の頃から日常茶飯事で、分かり切った事を今更怒る気にはならない。
幼なじみであると同時に、護るべき対象でもある。王子と騎士と言う立場は初めから、そして今も変わらない。
ただ、1つ言える確実な事。アルはこう見えて思慮深い。
話し方も軟派で、良く言えば"温厚"相手の出方をゆったりと見ている。だが、やると決めたら即断、合理的主義で物事を運ぶ。例え、周囲に多少の無理をさせてでも。
継承権第三位で、このまま順当に行けばアルが王座につく事は無いだろう。しかし、アルのこう言う強かな所は正直、王に向いていると思う。
「だが、お前の事だ。他に何かあるんじゃないか?」
「うん。分かる?今回の事、良い機会になると思って。この部屋に来た時、それを確信した」
「確信?」
「真っ先に目に飛び込んできたよ、壁に掛けられた絵。昔、宮廷画家に描かせた僕らの恩人の絵だよね」
「何だ覚えていたのか・・・外しておけば良かったな」
壁に掛けた人物画。それはかつて、幼少期に俺達を助けてくれた恩人を、記憶を頼りに画家に描いて貰った物だ。
だが助けて貰ったにも関わらず、直ぐに気を失った俺は、相手の顔をしっかりとは覚えていない。
本当に一瞬の僅かな記憶で描かれた、最早それは偶像に近い物と言えるだろう。
「王都からこっちに拠点を移した時に、一緒に持って来ていたんだね。良かった、手詰まりだとか言っていたけど、残りの5年諦めて無いって分かったから」
「数少ない手がかりだからな・・・最も、この絵すら正しい物とは言えない」
それにもう、あの時から27年も経っている。
俺の記憶が正しければ、この恩人は当時で20代半ばに見えた。順当に歳を重ねているなら、50歳を過ぎている筈だ。
その様な条件の中で探す事が、どれ程困難であるかを理解はしている。
騎士を辞め、ギルドに真っ先に登録したのは、情報収集の面もある。依頼を受けて各地に出向き、依頼の合間に人捜しも出来るから。後は、俺達を助けたあの恩人は尋常では無い強さをしていた。
目の前に迫り来る魔獣達を一瞬で散らしてみせた。そんな芸当が出来るのは冒険者を置いて他に考えられなかったからだ。
そんな勝手な目算も、今となっては見当違いだった可能性も十分にある。結果、5年間何一つ足取りを掴めていないのが現状だ。
「うん・・・だからさ、今回のエルドールの件はどうしてもジルを加えたかったんだ」
「どう言う事だ?」
「あの絵を描かせた時"耳が長かった気がする"って言っていたのを思い出してさ。でもジルの事だから、その方面である程度は調べているとは分かってたんだけど・・・」
「あぁ」
「でも、外部の人間を受け入れないエルドール国内迄は、調べようが無い。だから、今回の件を利用しない手は無いかなって」
「お前・・・まさか、自分から手を上げたのか?」
確かに外交と言う点で、王室の訪問はある。だが、今回の様な調査を前提とした物に、第三王子が側近を従えて国交が薄い国に自ら赴く、と言う事に違和感があった。
「うん、この上ない好機だからね。だた、僕が行くと言えば当然待ったが掛かる。そうなった時に、ジルを一緒に連れて行くと付け加えれば、父上も懐柔し易い」
「懐柔・・・およそ一国の王に使う言葉では無いな・・・」
「うん。でも、どうしてもジルを連れて行きたかったから。あの国は皆長寿と聞く・・・もしかしたら、あの時と変わらない見た目かも」
「・・・そうだな・・・もし、あの人が"エルフ族"だとしたら、エルドール内に居る可能性はあるが・・・そこ迄お前が気に掛ける必要は・・・」
無いんだぞ、と続けようとして口を紡ぐ。アルの俺を見る表情が王子の物では無く、昔からよく知る友人の物だったからだ。
「親友の為にさ、何かしたかった・・・なんて大層な事は言わないよ?"良い機会だったから"ね?」
「はは、そうだったな。ありがとう、助かるよ」
「ふふっ、助けて貰うのは僕の方なんだけどね」
「あぁ」
5年振りの幼なじみとのやり取りに、懐かしさを感じる。
俺は13歳で訓練生、16で騎士団に入隊。アルはもっと早く、7歳から王族教育が本格的に始まり、2人で遊ぶ機会は殆ど無くなった。
たまに近況報告の文を送り合ったり、王宮内で顔を合わせ言葉を交わす機会はあったが、今の様に寝そべって笑い合うなんて事をしたのは、もうずっと昔だ。
"子供じゃ無いんだぞ"と言ったが、子供の頃にしか出来なかった貴重でかけがえのない時間を、まさかこの歳でまたアルと享受出来るとは思わなかった。
「ベッドで昔みたいに語る。案外良い物だろ?」
「そうだな、悪くない」
俺の事をよく知った幼なじみが、俺の心情を見透かすようにニヤリと笑う。
「────さて、前置きはこのぐらいにして。ジル?僕に隠し事して無い?具体的に言うと、ドルガニルについて」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
「いきなり無言かー。さっき、あからさまに2人の様子がおかしかったよね?ジルの歯切れも悪かった」
「別に、何も・・・」
「聞き方を変えるよ。メグミは新人冒険者って、あれ本当?身に付けていた防具、見た事の無い型だけど、ドルガニル製だよね?」
「なぜそう思う」
「これでも国に流通している汎用製品は、ある程度頭に入れてあるからね。流石に全てとは行かないけど・・・でも、あの精巧さと端正さ、加えて彼女の体に合わせた汎用物とは一線を画す別格の作り。ドワーフ以外に、あの仕事は出来ないと確信している」
「────ジル。最近ドルガニルに行かなかった?」
幼なじみの顔はあっと言う間に身を潜め、レオニア王国王位継承権第三位、アルシュレイン・ルス・レオニアがそこに現れる。
「ここシルビアには、ドワーフの工房が2軒ある。ドルガニルへ出向かずとも、この街で誂える事は可能だ」
「ふぅん、そう来るんだね。あくまで、今回の交易に関する出来事に関与していないと。"そう言う事"で行くんだね」
「"そう言う事で行く"の意味は分かり兼ねますが、フォートレス(ギルド)所属S級冒険者であるジルニード・ヴィクターから殿下に申し上げる事は、無いかと」
これはドルガニルの面目と、ギルマスの体裁が掛かった秘匿情報だ。
俺は今、王国騎士では無く、ギルド所属の一冒険者だ。
ドルガニルがワームの一件を公にせず、手放しで国交改善を選んだのならば、例え幼なじみであったとしても、口を割る気は無い。
仮に、ここで殿下に全てを話したとして、レオニア王国がドルガニルに対して強く出るなんて事は無いだろう。陛下はそう言うお人では無いし、殿下も余計な告げ口はしない筈だ。
宰相辺りは、利益云々で小言を言いそうではあるが・・・
それも全部織り込んで俺はアルの言う、そう"言う事で行く"と言う決断を下した。
互いの出方を探る沈黙が続き、先に折れたのはアルだった。
「まぁ、ジルならそう言うよね。───良いよ、僕は何も気が付かなかった事にする。ドルガニルが我が国と長きに渡って交易を行っていた、その甲斐あって好意的になってくれた・・・と言った所かな?」
「かも知れないな」
「良い装備を造ってくれる鍛冶師が、ここには居るんだね」
「そうだな、若いが腕の確かな奴だ。いつか紹介する」
俺がレオニア王国に、不利益を招く様な事をする筈が無いと理解した上での詰問だった。それと同時に、俺がドルガニルとギルド双方に義理立てしている立場でもある事。
事実を知って置きたいアルにとっては、出揃った情報で十分納得の行く判断材料になった様だ。
詳しい経緯については聞かないが、俺達が絡んでいる気配については、陛下や宰相に伝えず心に仕舞って置く。
互いにそう言う事にする。と認識を摺り合わせた事で、この話題は無事落着した。
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