No.74 込み入った事情
No.74 込み入った事情
テーブルには香り高い紅茶と、アルシュさんご持参の手土産の焼き菓子が並ぶ。
この焼き菓子、王室御用達の老舗の物で、連日購入客が列をなす程の人気店の物らしい。
有名店に列が並ぶ光景は、前世でもよく見かけたので、どの世界でも皆美味しい物には目が無い様で。
かく言う私も、この世界で嗜好品クラスのお菓子を初めて食べた訳なのだが、余りの美味しさに感動していると、アルシュさんに"気に入って貰えて良かった"と微笑まれてしまった。
「───王都はどうだ?変わりないか?」
「そうだね、特に大きな問題は起きていないな。陛下も兄上達が支えて居る」
「陛下はご健勝そうでなによりだ」
「変わった事と言えば、最近ドルガニルとの交易条件が見直されたと言っていたな。何でも、ドルガニルの方から緩和したいと言う打診があったらしい。ドワーフはかなり、狷介な性格と聞き及んでたが・・・何か心境の変化でもあったのだろうか・・・」
その言葉に「んぐっ・・・!」とクッキーを喉に詰まらせたのと、ヴィクターさんが紅茶をゴクリと飲み込んだ音が同時だった。
ドルガニルの心境の変化と、それにおける交易条件緩和。ドルガニルの誰かに直接聞いた訳では無いし、言われた訳では無いが、私達には漠然と心当たりがある。
ローデンさんの掴み所の無いにっこりとした笑みが、脳裏に浮かぶ。
「2人とも、どうかした?」
「あぁ・・・いや、良かったな。レオニア王国では、ドルガニル鍛造の物は広く普及しているしな」
「それはそうだが余りに急かつ、こちらに有益な取引内容で、宰相達がかなり困惑していたそうだ。一時期、交易が滞っていた期間もあったが、その辺りの内情はドルガニル側が、口を開かない限り詳しい事は分からない」
「そうか」
その内情は、悪い言い方をすれば、フォートレスで揉み消した訳で・・・王子様を謀る意図は無いが、ドルガニルに倣って他言無用。文字通り墓まで持って行く物だ。
何か話題を逸らした方が良いのだろうか・・・と、ヴィクターさんを見るが、こちらもどうした物かと静かに紅茶を飲んでいる。
そんな私達の心情を気にした様子も無く、アルシュさんはあっさりと話題を切り替える。
「それで?ジルはこの5年、どうだった?」
「あぁ、手がかり無いままだ」
「やっぱりそうか、便りが無いから薄々そんな気がしていた」
取り敢えず話題が変わった事に安堵し、再び焼き菓子を1つ摘まみ口に入れる。
「あ、メグミにこの話は?」
「いや、特にはしていないが、別に聞かれても問題は無い」
「そう?一応ざっくりと説明しておこうか?」
「任せる」
知らない話題の時には、無理に会話に入らなくとも、私としては全然構わない。それに、はぼ部外者の私が、余り事情に立ち入り過ぎるのも悪い気がする。
・・・とは言え、話の腰を折っての説明だ。話題の輪郭だけ知って置こう。
所謂、会社での上司達のプライベートの内容の会話を、偶々同席した私も聞く事になった。これだ。
「えっと・・・ジルはね、子供の頃にお世話になった・・・いや、命の恩人を探しているんだ」
「命の恩人ですか・・・」
「うん。ジルは代々、王家の専属護衛騎士になる家系の・・・所謂貴族なんだ。王都で騎士団第四部隊の副隊長の役を、王より仰せつかっていたんだけど、ジルはずっとその恩人の事が頭にあってね・・・」
「5年前に、その人を探す為に騎士団を辞めた」
王様の命を反故にしてしまう。それは"仕事を辞める"と言う簡単な話では無い気がする。
私みたいな一般人が、会社に退職願を出すとはレベルが違う。
「それは大丈夫、なんでしょうか?」
「うーんまぁ、僕もその場に居たけど、陛下も大層驚かれて・・・現国王、護衛騎士のジルのお父上も卒倒しそうな勢いでね」
その場を想像するだけで、気が遠くなる話である。
「ただ、その恩人は僕の恩人でもあるからね。第三王子を救った存在を探すと言う、大義の下に除籍された事にはなっているけど、陛下は"お暇"と考えておられるだろうね」
「あ、長期休暇みたいな感じでかね?」
「いや、確かに辞めたはずだ」
「名目上はね。でもジルはヴィクター侯爵からは、10年だけって期限付きの猶予を貰っているよね?」
「10年を過ぎたら、どうなるんですか・・・?」
「・・・恩人の件は完全に諦めて、身を固めろとは言われている・・・」
身を固める・・・この場合の言葉が指す物は、何となく分かる。前世と多分同等の意味合いだ。
「───ジルは見た目も良い上、貴族のご令嬢からの人気も高い。婚約者の1人くらい居ても良いはずなんだけど・・・知っての通りの堅物。一切の申し出を断り続けていると来た。でもまぁ、仕方ないよね。ジルはその恩人にずっと心を掴まれているんだからさ」
「その恩人の方に心を・・・?」
「うん、幼い時の初めての・・・所謂、一目惚れ・・・に近いと思ってるよ僕はね。本人は認めないけど」
「おい、その辺りは余計な情報だ、言わなくて良い。あの時礼を伝えられなかった事が、心残りなだけだ」
ヴィクターさんは、この話題をここ迄掘り下げる予定は無かったと言わんばかりに、酷く不機嫌そうに眉を潜める。
やれやれ、と肩を竦めるアルシュさんをひと睨みし、ティーカップをソーサーにカチャンと置く。
「まぁ、どちらにせよ期限が過ぎたら、王都には戻る事になるだろう」
「つまり、冒険者でいられる期間は多くて、あと5年と言う事でしょうか」
そこで、気が付いてしまった・・・ヴィクターさんは私と師従関係を結んでくれている。だがそれは同時に、貴重なヴィクターさんの時間を丸ごと奪ってしまっていると言う事に。
本当なら、残りの5年で恩人を見付けてしまわないといけない筈だ。
「大役を退いて迄、やらなければいけない事があるのに、私に時間を費やして頂く訳には・・・」
「あー、いや・・・もうここまでの5年で、随分と探し歩いている。殆ど手詰まり状態だからメグミが気にする必要もない」
「そうそう、むしろ誰もが欲しがる孤高の騎士を独占しているんだ、立派な冒険者になってね」
「その薄ら寒い呼び方は止めろ」
「友人として、客観的に見た結果の言葉だよ」
「頑張ります・・・!」
グランさんからの期待に加えて、王子様直々にプレッシャーを掛けられるなんて、誰が予想出来ようか。
その日私は3人で夕食を取り、それぞれの部屋に別れて1人になる迄、ずっと王子様の手が両肩に乗っている様な感覚が続いたのだった。
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少しヴィクターさんの過去を掘り下げます(๑•̀ㅂ•́)و✧
※肩に乗っているのは王子様によるプレッシャー(蛇足)




