No.64 困った事態
No.64 困った事態
「こんな所から悪いな、ギルマス」
「こ、こんにちはっ」
「お!?おぉ!嬢ちゃんも一緒に来てくれたか、すまんな。表、大変な騒ぎになってるだろ?」
現在、ヴィクターさんに抱えられた私はギルド会館2階、グランさんの部屋の窓枠に乗っている。
あの後、未だ混乱している街の人々をかき分けギルドに到着したのだが、冒険者も商人もギルド会館に押し寄せ、正面玄関は完全に人の壁が出来ている。
中から出て来る人、入ろうとする人がひしめき合い、まるで満員電車のホームを思わせた。
「凄い人・・・これは、入られそうもありませんね・・・」
「朝からずっとこの調子だろうな」
普段冒険者や商人は、皆バラバラの時間で各々動いていて、街の住人の様に規則正しくはないそうだ。
だが、皆それなりに鐘の音をあてにはしていた様で、鳴らなかった事で今日の予定が総崩れ。
遅れを取り戻そうと我先にとギルドに押し寄せた結果、この有様らしい。
「待っていても当分動かないだろう。───仕方ないな・・・」
「何か良い策が?」
「どうだろうな、こっちだ」
正面から左手にぐるりと建物を回り込むと、裏手でヴィクターさんは建物を見上げる。
建物の構造を完全に把握している訳では無いが、およそグランさんのお部屋の下辺りに来ていると思った。
「丁度良く開いているな。ここから入るぞ」
「え?」
声を出したと同時に脇腹に手が回り、体がくの字に曲がる。小脇に抱えられる様な体制に「何ですか?!」と聞く暇も無く突然の浮遊感。一気に地面が遠ざかる。
視界に外壁が広がったかと思うと、ガンッと言う音共に窓枠越しのグランさんと目が合った。
窓枠に張り付いたまま挨拶を済ませ、執務室に入る。
緊急招集で急いでいた為とは言え、あり得ない入室方法に流石に怒られるかと、冷や汗をかいたが、グランさんも表の状況を把握済だったからか、私達の登場の仕方について咎められる事は無かった。
「招集は鐘の件だろう、何があった?」
「いやぁほら、ぼちぼちアイツらが大陸渡りする時期だろ?」
「アイツ・・・あぁもうそんな時期か」
グランさんの盛大なため息と、意味有り気な口ぶり。それに呼応する様にヴィクターさんもまた、ため息を付く。
アイツとは一体何だろうか、大陸渡りとは?1人だけ置いてけぼりを食らったまま、2人の顔を交互に見る。
「あー嬢ちゃんは知らないか。大陸渡りってのは、年に1回生息地を大移動する魔物、いやあれは精霊に近いか・・・まぁ、そんなヤツらがいて、北から南に向かってこの時期に移動する現象をそう呼んでる。それが丁度この街の付近が移動の経路に入っててな・・・」
渡り鳥やアサギマダラの様な、移動性動物に似た特性を持つ生き物がこの世界にもいるんだ!と感動する。
「その移動する生物と、今日の招集は何が関係しているんですか?」
「街の人間はフワリと呼んでいるが、正しくはラガルレットと言う。この生物は、移動の最中に繁殖も同時に行う。経路の途中に気に入った場所があれば、そこに暫く住み着き孵化後に子と共に南下する」
「移動しながらの子育て!!それは、また大仕事ですね・・・」
「で、だ。この繁殖場所と言うのが問題でな・・・アイツらが好む場所というのが、大きく高い木や、建物になる。やはり安全面で地上より高い場所が良んだろうなぁ」
移動しつつ場所を選んでの繁殖となると、やはり危険が少ない所として、高所は納得出来る。魔物が蔓延る地上で子育てのリスクを考えれば当然の選択だ。
────あれ・・・?何か見えて来た様な・・・・・・
「つまり今回、ラガルレットがこの街に飛来し、運悪く聖堂の鐘楼に巣を構えた訳か・・・」
「しかもだ、鐘室全体に被害が及んでいてな。鐘を鳴らそうとした教会の人間が事態に気付いたが、対処出来ずに今の有様よ・・・緊急招集の内容は"ラガルレットの早期退去"一応精霊扱いだからな、駆除は出来ん。あくまでも、駆逐だ」
「今、下に押し寄せてる冒険者に依頼はしないのか?教会絡みなら、報酬も悪く無いだろう?」
「・・・お前も知ってんだろ、ラガルレット関係の依頼は嫌煙されがちなのをよ」
報酬が良くても嫌煙されがち・・・何か嫌がられる理由があるのだろうか?
「嬢ちゃん、ラガルレットはとにかく、捕獲が面倒なんだ。小型な上に身軽で何とか捕まえても、スルリと身を翻して腕の中から抜け出ちまう・・・あと、女冒険者は苦手だと言うやつもいる」
「そんなに・・・どんな見た目なんですか?」
「あーうーん、空飛ぶトカゲ・・・か?」
「そうだな、間違っては無い」
「空飛ぶトカゲ・・・」
「そう言う訳だ、教会側としては早期解決を訴えていて、時間制限もある。こう言う時のS級冒険者、とは言わねぇが一つ頼まれてくれ」
テーブルの脇に置いてあった紙を、ヴィクターさんの前に差し出す。
「誰も受けないのなら、引き受けよう。放置して、会館下がずっとあの状態は不便だしな」
「助かるぜ!そういや嬢ちゃん、D級昇格したってな、良くやった!何ならジルと一緒に受けても良いぞ。危険度は低く、D級から上は受けられるからな」
「えっ!?あ、じゃあはい!受けます!」
チラリと横目でヴィクターさんを見ると、了承の意味の頷きが確認出来たので、即座に
返答する。
D級初の依頼がどう言った物なのか、期待に胸を膨らませる。ちなみに、私はトカゲは平気な方だ。
ヴィクターさんに続いて、身分証を依頼書に近付け受注する。
「もし、嬢ちゃんが先に捕まえられたら、嬢ちゃんの手柄って事で良いぞ!なっ!」
「そうだな、それでも構わない。一先ず、聖堂に向かうとしよう」
「よろしく頼むぞ」
退室も、言わずもがな窓。・・・・・・今度、改めて窓枠の掃除に来ます。
再び小脇に抱えられ、落下しながらグランさんに合掌した。
表は相変わらずで、横目に通り過ぎ広場の噴水を反時計回りに、ぐるりとほぼ一周し聖堂へ向かう。
遠目から見たことはあったが、目の前迄来るとその大きさに驚く。恐らく、この町で一番高く大きな建物だ。
所々に竜の装飾が施され、雨樋にも立派な物が拵えてある。以前、かつてこの世界に竜が居たと、ヴィクターさんは言われていたのを思い出す。
とすれば、教会の信仰はそのドラゴンと言うことだろうか?
重そうな扉をヴィクターさんが押し開けると、幻想的な内部が目の前に広がる。
アーチ状に高く吹き抜ける天井に、大きな梁に支えられた側壁。光を取り込む為の窓には美しいステンドグラスが誂えられ、神秘的でそれでいて荘厳な雰囲気に思わず息を飲む。
「ギルドから派遣された、司祭はいるか?」
祭壇の前で傅き、祈りを捧げる後ろ姿にヴィクターさんが問いかける。
白を基調とし、金の刺繍とラインが施された長衣。直ぐに教会の人だと分かる出で立ちだ。
問いかけに、ゆっくりとこちらを振り向く。
私の勝手な先入観だが、宗教職に従事している人は、常に穏やかな表情でこちらに話しかけて来るイメージだ。悟りを開く人格者と言った感じだろうか。
教会側の由々しき事態に、困ったように眉を下げキュッと噛み締める口元は、当惑から無意識に出た表情だろうか。
ならばそう、きっと第一声は「依頼をお引き受け頂き、ありがとうございます。お待ち致しておりました」こうだ。
だがしかし、こちらに歩み寄る足取りは、徐々に速度を上げ
「───っ!!!!!お待ちしておりましたぁぁぁぁ!!!!」
完全な先入観が軽く吹っ飛ぶ勢いで、聖職者の張り裂けそうな声が静寂に包まれた聖堂に反響する。
私達の足下に、滑り込む様に跪き「どうか、お助け下さいっ!!!」とヴィクターさんに縋る姿は、まるで飾られた絵画のワンシーンの様に現実味の無い物だった。
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