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No.63 新たな城


No.63 新たな城







翌日は、朝から引っ越しに向けた準備で走り回り、軍資金を元に生活に必要な最低限の家具と衣類を買い揃え、ヴィクターさんの向かいの部屋へと引っ越す事となった。



ちなみに、朝一番に見せて貰ったヴィクターさんの隣の部屋は、間取りが真反対で同等の広さがあった。


1K6畳ワンルーム生活だった私に、この部屋は広過ぎると言う理由から、向かいの小さめの間取りの部屋をお借りする事になったのだ。


マリーさんに「家賃は応相談で、後々決めるから取りあえず使ってね!」と言われ、若干の不安が残っている。


別にトラブルを危惧している訳では無いが・・・先に契約を交わさないと、どことなく不安になると言うか、落ち着かないのだ・・・甲乙丙が乱立した、あの大変見辛い書類が恋しい日が来るとは思わなかった。



ちなみに部屋の鍵は、ヴィクターさんの部屋の便利な魔法仕掛けのオートロック式では無く、ごく普通の鍵穴式だ。

新しい入居者が決まった段階で、最新型の鍵に変える予定だったそうだが、このままの旧式で新しい物に変更をお願いした。

魔力が無い私には、アナログタイプの鍵でないと困るのだ。



買い物をしている間に、マリーさんが入居の為の掃除をしてくれていて、後は荷物を運び込めば完了と言った所だ。


ヴィクターさんからお借りした、大型の家具が収納可能なマジックバッグから購入品を出して配置していく。


と言っても本当に必要最低限で、ベッドと寝具、カーテン、衣類用のワードローブ付きのチェスト、照明にテーブルと食器、細々した日用雑貨を少々。


前世と違い、組み立て式家具なんて物は存在しない。

全て一点物の完成した家具を購入した訳なのだが、便利なバッグのおかげで、持ち帰りも楽々。後は、中から取りだして任意の所に置くだけ。


時間も手間も掛からず、早々に私の新しい城が完成したのだった。



「よし!こんな物かな」


一区切りを入れた所で、開けっ放しにしていたドアをノックする音がして、振り返るとヴィクターさんが廊下に立っていた。



「どうだ、住める様になったか?」


「はい!おかげさまで、マジックバッグお返ししますね!ありがとうございました。後は、ヴィクターさんのお部屋に置かせて頂いてる私物を移動すれば、完成です!」


「今から取りに来るか?」


「はい!」


私物と言っても、部屋着類と後は───・・・



「それ、持って行くのか?」


「はい!大切な、予約席カード(いただきもの)です!部屋のテーブルに常に飾っておきます」


これは、始めてレオノラで食事をした時にマリーさんから頂いた物。


ヴィクターさんのお部屋では、ベッドのサイドテーブルに置かせて貰っていたが、これも忘れずに持って行く。新しいテーブルに常に置いておくつもりなのだ。



荷物を抱えて数十歩。自室に運び込み、無事引っ越し終了である。



「今日中に終わって、なによりだ」


「はい!今日はゆっくり新しい部屋で休息を取って、明日からの冒険者生活備えます!」


「あぁ、そうすると良い。それと、これは俺からの引っ越しの餞別だ」



差し出される右手。何かが握り込まれている様で、首を傾げながら掌を近付けた。

手渡された何かを落とさないように受け取り、それを確認する。


掌にコロンと転がるのは、小さな指輪。お菓子売り場で子供向けに販売されている、食品玩具の様な本当に小さな指輪だった。



「小さな子供が喜びそうな見た目をしていますね、これは何でしょう?」


「良く分かったな、子供用の指輪だ」


「・・・??」



昨日、年齢問題が発覚したこのタイミングで子供向けの品を渡される。

皮肉だろうか?いや、ヴィクターさんはその手のパワハラ紛いの行為をする様な人では、決して無い。

きっと何か意味があるはずだ。



「どうしてこれを、私に?」


「それは、子供向けに作られた魔導具の指輪だ」


「子供用の魔導具ですか?」


「あぁ、子供・・・具体的には5歳前後の子供に親が付けさせる物になる。そのくらいの年齢の子供は自身の魔力が不安定で、日によっては魔力が上手く流せない事もある。そうなると日常生活を送る際に支障が出て来る。何せ、基本生活に魔力を必要とするからな・・・」



"魔力は全員持って産まれて来るが、幼児くらいの年齢は不安定・・・自由自在に扱えるのはある程度年齢を重ねてからになる"と、言う事らしい。

成る程勉強になる。



「この指輪は、そう言った状況の子供を補助する目的で造られている。親が事前に自身の魔力を込めて置く。そうすると、子供自身の魔力では無く、必要な場面で親の魔力が代わりに流れ、不便を解消してくれる」


「そ、そんな便利な物が・・・!」


「そうでも無い。所詮子供用だからな、溜め込める魔力の限界量が僅かで、数日置きに補充が必要。加えて、日常生活以外の用途には使えない・・・が、部屋のシャワーをお湯に変える時や照明器具を点ける時に便利だ」


「!」



無知な私にも分かるように丁寧な説明を施してくれるヴィクターさん。


皮肉?パワハラ?馬鹿な事を一瞬でも考えた自分をぶん殴りたい。心遣いの鬼であるヴィクターさんは、善良で優しい人なのだ。この1ヶ月で何を見て、感じて来たのかと猛省する。



「・・・要するに、部屋が別になっても俺の魔力を込めていれば、毎回俺を呼びに来る必要が無くなる。・・・・・・毎日シャワーの度、俺に部屋に入られるのも嫌だろうと、思ってな」


「ありがとうございますっ!こんな便利な魔導具があったなんて・・・」


「いや、指輪の存在は昨日の夜に、妹も幼少期に身につけていた事を偶然思い出した。もっと早く、思い出していれば良かったんだがな・・・」


「いえ!そこ迄考えて下さって、嬉しいです!」



魔力ゼロの私が、間接的に魔力を持つ人と同様の生活が出来ると言う事実。

イレギュラーな存在の私が、ようやくこの世界で一般的な人様の仲間入りを果たせる気がする。



「普段は入り口付近に置いておき、帰宅後に身に付けると良いかもしれない。取りあえず使ってみてくれ。魔力の補充はこまめに行おうと思う」


「はい!」



その晩は、誰に気を遣う訳でも無くシャワーを浴びて、ベッドでぐっすりと眠った。






・ー・-・-・-・-・-・-・-・ー・-・ー





翌日私は、真新しいベッドと寝具での睡眠を享受した事で、深い深い眠りを継続していた。


この世界に目覚まし時計は無いが、代わりに時間を告げる鐘が鳴る。

朝は大体6時頃に1度目が鳴り、2度目は7時頃。この街に住む人々はその鐘を基準にして日々を暮らしている。


今日もいつも通りの決まった時間に、大きな音が響き渡るはずだった。



「────・・・あ、今何時・・・あれ?うわぁぁぁ!?寝過ごした!??」



カーテンの隙間から部屋に差し込む光に、目を覚ます。1度目の鐘は朝日が昇る前に鳴る、2度目は眩い朝日と共に。


だが、差し込む光はどちらの時間帯の物では無い。


慌ててカーテンを開けると、日はしっかりと昇っていて、私は間違いなく寝坊したのだと思い知らされる。



「やってしまった・・・」


まさか、あの大きな鐘の音をスルーしてしまうくらいに、爆睡してしまったと言うのか。社会人として情けない限りだ。

いつもは鐘の音か、ヴィクターさんに声を掛けて貰っていたから油断していた。



急ぎ着替えて部屋を出る。数歩先のヴィクターさんの部屋の扉を深呼吸してからノック。

何と言われるだろうか・・・?流石に呆れられてしまうだろうか?


足音と共に開かれる扉、ヴィクターさんと目が合った瞬間に平身低頭する。



「すみませんっ!寝坊してしまいました!!」


「おはよう、良く眠れたか?」


「恐ろしい程に寝入ってしまいましたっ!」


「流石にお前と言えど、疲れが出たんだろう」



何の事は無い、と言う口ぶりに逆に罪悪感が増す。もっと小言を言って貰えた方がマシである。



「すみません・・・」


「いや、今日は休みにしようかと思ってな」


「え?」


「朝から、時刻を告げる鐘が鳴らなくてな。俺はいつも通り起きたんだが、鐘を基準にして動いている街の人間は、揃って皆寝過ごしている。だから今、街に繰り出しても混乱して、何も予定通りにはいかないぞ」



そう言いながらヴィクターさんは、親指をクッと窓の外の街に向ける。



「何かあったんですか?」


「さぁ、な。まだ1度も鳴っていない所を見ると"鳴らし忘れ"と言う訳でも無いかもな」



ヴィクターさんいわく、様子を見に軽く街まで降りたが、予想外に大混雑していた為、ギルドに行くのを諦めた。


帰りがけに、鐘を基準にしていないパン屋が、いつも通りに朝早くに起きてパンを焼き、店を開いていたので、朝食として買って部屋に戻って来たらしい。


連日働き詰めで、体を休めるのに良い機会だったから、寝ているであろう私をそのまま起こさなかったと言われた。



ヴィクターさんにパンと紅茶を頂き、食べながら話を聞く。


「何かあったにせよ問題が早々に解決しない場合、ギルドに依頼が入るだろうから、そうなって来ると───・・・」



そこ迄ヴィクターさんが言いかけた所で、開けた窓から何かが入って来る。それは鳥の形をした半透明の生物で、嘴に何かを咥えていた。



「やはり、来たか。恐らくこの鐘の件だな・・・ギルドに緊急招集命令だ、行って来る。メグミは朝食を済ませたら、部屋でゆっくりしていると良い」


「え!?そんなっ待って下さい、私も一緒に行かせて下さい!」


「折角の休日だぞ」


「休日出勤上等です!それに1人で居てもする事が・・・と、とにかくお邪魔はしませんので、ご一緒させて下さい」


手にしたパンを口に詰め込み、紅茶で流し込む。



「まぁ、好きにすると良い」




こうして私達は、突然起きたトラブル対応の為にギルドへと向かう事となった。







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