No.58 旅の果ての我が家
No.58 旅の果ての我が家
長旅を経て帰り着いたレオノラはまだ開店前で、後で夕食を取る為に1階に降りては来るが、先に挨拶だけと顔を出す事になった。
「マリーさん、ただいま!!」
元気よく扉を開けると、テーブルを拭いていたマリーさんが私達の姿に驚いた声を上げる。
「メグミちゃん!!?ジルも!戻ったのね!おかえりなさい!!!」
「はい!今日帰って来ましたーー・・・わっぷ!」
駆け寄るマリーさんに全力で抱きしめられる。ふわりと良い匂いがしたのは、心の底にしまって置こう。
「マリー、開店前に悪いな。戻った事を一言告げて置いた方が、良いと思ってな」
「そんなの気にしなで!結構長旅だったじゃない?もう心配で・・・予定通りだった?」
「まぁ、想定外の事も起きはしたが、目的は達成出来たな」
「そうなのね、でも2人とも怪我無く無事で帰って来てくれて嬉しいわ!」
怪我無くの部分は否定すると色々問題が発生するので、こちらもカレンさん同様内緒にしておこう。
今ここにいる私達が無傷で元気で有る事が事実で、それが真実で良いのだ。
「夕食はどうする?ここで取る?上で?」
「長旅の疲れもあるからな・・・上でゆっくり食べるよ。内容はお任せで・・・後から、取りに来る」
「はいはーい!任せておいて!とびきり美味しいの用意しておくわ!」
「あぁ。あと、先にこれを渡しておく。例の仲介料の酒だ、店に置いてあった中で出来の良い物を見繕って貰った。熟成期間も丁度飲み頃らしいぞ」
ヴィクターさんは、マリーさんとの約束のお酒をテーブルに・・・1、2、3・・・4、5・・・5本程並べる。瓶の形や大きさも様々で、飲み比べも楽しめる、そんな気心も感じる。
今まで手渡したお土産を考えると、あの酒屋さんで結構な量のお土産を買っていたみたいだ。
「こんなにも?!頂いちゃって良いのかしら?!」
「受け取ってくれ、気持ちとしては足りないが・・・」
「ふふふっ、じゃあ遠慮無く受け取っておくわ!ありがとう」
夕日が差し込む店内で、マリーさんのパッっと花が咲くような笑顔が眩しい。
「あぁ、楽しんでくれ。後、テアドル殿から伝言だ"長い間世話になった、また手紙を送る"だそうだ」
「無事に長旅を終えられたのね・・・もうずっと、常連さんだったから・・・感慨深いわね。わざわざありがとう」
「いや、構わないさ。さてと、1度部屋に上がって休んだ後に、また来る」
「マリーさん、また後ほどっ」
「はーい!ゆっくり休んでからで良いからねー!」
鼻歌交じりに開店準備へと戻るマリーさんと別れて、久しぶりの我が家・・・もとい、ヴィクターさんのお部屋に帰って来る。
「はーーー・・・ただいまー・・・」
部屋に向かって無意識に呟いたのだが、気が抜けたのかドッと疲れが押し寄せる。
疲れを意識した瞬間、急激な眠気と、体の怠さが如実に表れ始める。
ステータスに掛かっているバフも、流石に肉体の限界には抗えないのだろう。
「長旅良く頑張ったな。先にシャワーを使うと良い」
「あ、ありがとうございます・・・」
今にもシャットダウンしてしまいそうな体を、ゆっくりと動かしてシャワールームに入る。
今日はもう水でも良いかと思いながら、ゆるゆると上着を脱ぎ始めた。
「おい、ちょっと待て。今、魔力を流す」
「あ・・・ありがとうございます」
「ゆっくりで良いからな」
「はいー・・・」
ヴィクターさんも疲れている筈なのに、この一手がありがたい・・・
装備を全て外し、シャワーのノブを捻る。
ドルガニルを出発して以来の温かいシャワーが肌に沁みる。
「こんなに長い旅行は初めてだったな・・・修学旅行でも2泊3日だったし、学生時代だってこんな・・・・・・疲れたけど、ちょっとだけ楽しかった、かも」
さっきまで押し寄せていた眠気が、今度は疲労で気分がハイになって、アドレナリンでも出ているのだろうか?
この2週間の出来事が頭を巡り、不思議とふふっと笑いが溢れる。
この世界の方が、前世の社畜時代よりも過酷のはずなのに、今の方が楽しいと感じている。
「この世界に来られて良かったなぁ・・・」
切っ掛け不明で、何がどう転んでここに来たのかは見当も付かないが、私としてはかなり伸び伸びと過ごせている。
やらなければいけない課題は山積みだが、全く苦に感じていないし、それすらもきっと楽しみなのだ。そんな事を思いながら、数日分の汚れを落とし、部屋着に着替える。
「お先に使わせて頂いて、ありがとうございました」
「あぁ、交代だな。ソファーでゆっくりしていると良い」
ヴィクターさんと入れ替わりで、腰を下ろすとソファーに全身を柔らかく包み込まれ、体の力が緩む。
家に無事帰って来た事と、シャワーで体が温まった所にトドメのこれに、私の意識は数秒で落ちた。
・ー・-・-・-・-・-・-・-・ー・-・-・
最初に意識を取り戻したのは、聴覚だった。カタン・・・と言うテーブルの木の鳴る音。
次いで近くに人の気配。そうだ、私は疲れてソファーで寝てしまって、だからこの気配はヴィクターさんの物だ。
意識がぼんやりとしたまま、ゆっくりと目を少しだけ開けると、部屋の明かりに照らされたヴィクターさんが視界に入る。
リビングテーブルの椅子に腰掛け、何かを掌に包み額に翳す。それはまるで、神に祈るかの様な所作。
その姿が余りに情景的で、ふとこの世界は何か信仰の対象があるのだろうか、と思った。
そういえば、シルビアの広場にある神聖そうな建物がもしかしたら教会で。その信仰が国民に広く浸透していたりするのだろうか。
前世では余りそう言った事に頓着しておらず、宗教的信仰心は輪郭としてでしか認識していない。
なので、初詣で参拝するし、クリスマスはケーキを食べるし、バレンタインはチョコを買う。そんな曖昧で大雑把な、実に日本人的な距離感だ。
ただ、何かを祈るヴィクターさんのその姿は、照明に彩られとても美しく見えた。
暫くボゥっと眺めていると、目を開けたヴィクターさんと視線がかち合う。
「目が覚めていたか」
握りしめた物は革ケースに包まれたペンダントの様になっており、そのまま服に仕舞い込まれる。ロザリオ的な物だったのだろうか?だが追求するのも失礼だな・・・と思いそこ迄に留めた。
「はい、すみません」
「いや、疲れが限界だったのだろう。どうだ?夕食は摂れそうか?」
起き上がると、体に掛かるブランケットが目に入った。本格的に寝入っていたからヴィクターさんが掛けてくれていたのだろう。
「お腹は空いているので、頂きます。・・・ブランケットありがとうございます。私どのくらい寝ていましたか?」
髪はすっかり乾いているし、数時間は経っていると感じる。
「ざっと2時間くらいか、夕食を取って来るからそのまま待っていろ」
私の返事を待たず、早々に部屋から出て行ったヴィクターさんは、ものの数分で夕食を抱えて戻って来る。
「あ、ありがとうございます。・・・お早いですね」
「マリーが保温装置で温めてくれていた」
保温装置・・・コンビニのホットスナックコーナー的な機械と言う認識で良いだろうか?いや、恐らく機械と言うより魔導装置になるのだろう。
「美味しそう・・・」
マリーさんのお店の料理も久しぶりである。テーブルに並べられた料理を2人で食べながら、静かに会話をする。
「明日は、朝ゆっくりしても良いぞ。連日忙しかったからな」
「えっ・・・いえいえ、いつも通りで大丈夫です。折角生活リズムが整って来て、こう・・・人間らしさ?を噛み締めているので」
「・・・そうか?なら良いが・・・いつも通りだな、分かった」
折角の提案を無碍にするのは忍びないが、決まった時間に起きて、決まった時間に寝る。それが正しく出来る環境は貴重なのだとこの歳にして思い知った。
───最も、私の言ったニュアンスでは半分も伝わって無い気がしたが、明日もいつも通りのスケジュールと言う事で了承して貰えたので、これで良いのだ。
「明日は頑張って昇級しますね」
「あぁ、ミスリルの件で寄り道させてしまったが、暫くは昇級の為の依頼をこなして行こう」
「はい、よろしくお願いします」
穏やかでゆったりとした時間を過ごし、明日に備えて眠りに就く。
どんな出来事が待っているのだろう、そう期待に胸を膨らませながら────
.




