No.57 戦闘以外の恐怖については、バフ未対応らしい
No.57 戦闘以外の恐怖については、バフ未対応らしい
"ヒヒイロカネ"
カイルさんが呟いた言葉、それは聞き慣れない物だった。だが、カイルさんにとっては何かの起点となったのだろう。
「何故だい?何故、父さんは君にこれを造った?これが、どれ程の物かなんて知りもしないだろう・・・?」
「生涯で、これを元に何かを造る日なんて来ないだろうと言っていたのに・・・」
「新人の・・・君が手にしていて良い物じゃ無い・・・」
「どうやって、父さんを懐柔した・・・?いや、父さんがそんな事で受容する筈も無い・・・」
「それとも、何・・・君がヒヒイロカネを使うに足りる存在だって事か?」
「そうか、そうだ・・・父さんの事だ。考え合っての事だ・・・そうだよね・・・?」
「フーーーーー・・・いや、分かったよ。俺も君をヒヒイロカネを持つに相応しいんだと、認めよう。・・・一時的にだけど」
私達を置き去りに、ひたすら自問自答し続けたカイルさんは、自分の中で何かの答えに辿り着いたのか、長い長い間を空け、苦々しそうに私に邪悪な笑顔を向ける。
いや、邪悪と呼ぶのが適切かは分からない。その眼差しに浮かぶのが"憎悪"なのか"嫉妬"なのか"羨望"なのか、はたまた、もっと深い感情から来る言葉には言い表す事の出来ない物なのか・・・
どれにしても、それを向けられた私にとって、居心地の良い類いの笑顔では決して無かった。
「何に引っかかったのかは分からないが、納得したのか?」
「うん、そうだね。一先ずは良しとするよ。取りあえずね」
含みがだだ漏れの言葉に、到底この場が収まった様には思えずヴィクターさんの陰から未だ出る気にはならない。
「あー・・・すまないな、カイルは前も言ったが、親父さん至上主義で・・・何だ、拗らせていると言えば近いか?」
「拗らせてるなんて言い方は適切じゃないよ。敬愛していると言って欲しいな」
「そう、ですか・・・」
「────ところで、さ。武器は分かったよ、うん。でも、防具も替わってるよね?前はギルドの制服だったでしょ?ドルガニルで買ったの?」
武器の話題から離れた事で、少し警戒感を解く。ヴィクターさんの後ろから、顔を半分だけ出し「はい」と返答する。
「ふぅん、結構良い装備だったよね?父さんの武器が眩しすぎて、ちゃんとは見れて無いけど・・・どこのお店?」
そうか、モーゼさんは武器専門の職人さんで、防具は必然的に外部の品だと言う事になる。
「―――・・・」
一瞬口を開き掛けて、閉じる。それは完全な勘で、何故そう感じたかは分からない。
カイルさんと会ったのはこれが2回目で、推し量る材料なんて何も無い。けれど、この防具の出所をこのまま話しても良いのだろうか・・・?と思ったのだ。
「どうしたの?店名忘れちゃった?」
「あ、いや・・・えっと・・・店名・・・」
店名は・・・覚えていない。でもこれを造っている人は分かる。
「あぁ、防具はリンダさんの所だ。お前が修行した所だそうだな」
「は?」
「あっ・・・」
「・・・師匠の造った防具だって・・・?」
嘘だ・・・そんなあっさり・・・。いや、それもそうか。ヴィクターさんはカイルさんの圧を感じていない。ただ質問に答えただけだ。悪意も他意も無い。
ただ、今の私から一言言わせて貰うなら・・・
「くっ・・・空気読んで下さいよぉー・・・!!」
デジャブである。武器の時と全く同じ圧が再び私に降りかかる。
「見せて?ねぇ、良いでしょ?防具もさ、隅々まで見るから。それ、脱いで?」
「無理無理無理!!!無理です!!!!!」
「何で?師匠の作品をじっくり眺めさせて欲しいだけだって。別に君に危害は加えない」
私の勘通りだ。
ヴィクターさんを挟んで、絶対に負けられない戦いが始まってしまう。
カイルさんはお父さんだけで無く、お師匠さんにも拗らせ・・・敬愛の念が負けず劣らず存在するのだ。
そこまでの一途な愛はもう賞賛に価する。だが、それを前提としても私が抵抗の手を緩める筈も無い。
身包み剥がされる訳にはいかないのだ。流石に!!!
「無理です無理です!!さすがに勘弁して下さいっ!!!」
「おい、カイル・・・止めておけ・・・」
────それから15分弱の格闘の末、2メートル四方のサークルが設けられ"その線から中には立ち入らない条件で、防具を眺める"と言う妥協案で決着が付いた。
石油ストーブの安全対策の様なサークルの真ん中に立ち、カイルさんが良いと言うまで。私の虚無の時間は続いた。
・ー・-・-・-・-・-・-・-・ー・ー
「うん、良いよ。ありがとう」
どのくらいそうしていただろう・・・気が遠くなる様な時間はようやく終わりを迎えた。
立ったまま、ひたすら耐え続けた私は「はぁーーーーーーーー・・・」と言う長いため息と共に脱力し、へたり込む。
「うぅ・・・もう、2度とやりたく無いです・・・」
「よく頑張ったな」
精神的疲労困憊である。こういう時にバフの効果は発動し無いのか?戦闘中ではないから
精神の数値は、通常の2000のままと言う訳か?
全然、戦闘中と変わらないと思うのに・・・本当に、何なのだこのスキルは・・・気分屋過ぎやしないか?
「まあ、後は・・・ほら、君が今後装備を修理する時が来たら、堪能出来るから。今日はこれで良いよ」
背後で、とんでもない台詞が聞こえたが、聞こえないふりをする。絶対、装備を壊さない様にしよう。
「でも良かったよ。無事、剣を新調出来てさ。ジルにピッタリの剣だ」
「・・・分かるのか?」
「勿論。手にした瞬間魔力が剣に吸い上げられた。僕たち鍛冶師は癖で直ぐに遮断出来るけど・・・魔法と剣を使うジルの為の剣だね」
「ははっ・・・本当に良い物を造って貰えた。紹介ありがとうな」
精神的疲労を抱えた私は、冷静さを取り戻したカイルさんとヴィクターさんの会話を虚ろな目で眺めていた。
入店した時と同じ・・・まるで先程までの時間は無かったかのような空気。
「さて、そろそろ帰ろうと思う。目的は果たせたしな」
「!!!!」
その一言を待っていましたとばかりに、勢い良く立ち上がる。
早く、レオノラに帰ってご飯を食べてシャワーを浴びて、ベッドに飛び込みたい。
自分でも驚いたのだが、社畜時代には絶対思わなかった、人間としてのルーティーンが頭に浮かんだのだ。それも無意識に。
この世界に来て、日常の当たり前が私自身に染み込みつつあるのだ。
「待たせた、帰ろうか。じゃあな、カイル」
「うん、またね。───メグミちゃんも(・・・・・・・)またね」
「・・・・・・・・・はい、また・・・」
名前を呼ばれたが、あれは絶対私の名前を呼んでいない。防具に話しかけているのだ。
・・・しばらく、ここには近付かない様にしよう・・・。それが良い。精神衛生上良くない。
ヴィクターさんの友人に対して、大変失礼と分かってはいるが、怖い事には変わりないのだから。
「カイル、苦手か?」
店を出てから、直球な質問に心臓が飛び上がる。一瞬心の声が口から出ていたのかと思った。
「えっ・・・!?あーー・・・えっと・・・・・・・・・そう、です・・・ね。はい、すみません」
「いや、謝らなくて良い。元はと言えば俺の失言が原因だからな・・・」
「あ、いえ・・・」
「多少、クセはあるが悪い奴じゃ無い。それに腕は確かだ。直ぐにとは言わないが、先々少しでも苦手では無くなってくれると嬉しい」
"5年前にこの町に来て、出来た友人と呼べる数少ない存在だから"
続けざまにそう言われてしまうと、こちらも腹積もりを軟化せざるを得ない。
苦手ではあるし、精神衛生上問題はあるが。ヴィクターさんが言う様に、どうしようも無い悪人では決して無い。
直ぐには無理だと思うが、徐々に時間を掛けて馴らして(・・・・)行きたい。
「善処します」
「ありがとう、助かるよ」
ポーカフェイスの時が多いヴィクターさんが、時折フッと緩むように笑う表情は何度か見た事がある。
正直、不意にこれを食らうと若干心臓に悪い。急な表情変化に思考が着いて行かず動揺してしまうのだ。
大変今更ではあるが、ヴィクターさんはかなりの美形になるのでは無いだろうか?
初手に殺され掛けた事と、口数の少ない印象もあって余り考えるタイミングも無かったし、この世界においての顔の造形の善し悪しは私には分からない。
人間以外の知的生命体が存在する世界で、前世の価値基準はアテにならないと感じている。
だが、敢えてその前世の基準を引き合いに出すのなら、ヴィクターさんはかなりのイケメンだと思った。
・・・・・・思ったが、すぐに余計な思考だったなと猛省した。
ヴィクターさんはヴィクターさんで、私の師匠で、それ以上でもそれ以下でも無い。
そう言う雑念は失礼だし、邪魔だ。
「もう直ぐレオノラに着く。マリーが喜ぶぞ」
「そうですね!元気にただいまを言いましょう!お腹も空きましたし、今日のメニューも何でしょうね!」
今、この関係と心の距離が作る時間程、尊い物は無いのだから。
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この回で、メグミがヴィクターの事を、少しだけ意識します。
しかし、地に足をつけた生活を始めたばかりのメグミにとって、その一瞬の感情は正直ない所1番現状必要の無い物なので、優先順位が最下位。
メグミもそれなりに拗らせています。




