No.99 おいでませ王都
No.99 おいでませ王都
「・・・見えて来たな、王都だ」
前方、遙か向こう。暗い夜の世界にぼんやりと空を照らす光が見えた。
建物と言った人工物はまだはっきりとは見えないが、目的地がもう目と鼻の先になり、気持ちがはやる。
「あれが王都―――!」
夜中に出発し、朝・昼・夕と3度の短い休憩を挟み、これが王都までの最後の飛行となっていた。
長時間に渡る旅も、終わりが近付いて来ている。
────この最後の飛行の前、夕方の休憩時にニコラスさんの手帳を検閲させて貰った。
中には大量の文字の書き込みと、私とおぼしき人の背に翼の生える姿が描かれていたのだが、完全に背面の翼をメインにした図解で。
長時間にわたり、観察され続けた私の翼。ニコラスさんの図解は、翼の細部までよく描き込まれ、逆に後ろから見るとこう言う構造になっているのか・・・と、感心した。
一通り確認し、この図解で私と判断できる要素は殆ど無く、これならば後世に残ったとしても問題無さそうだと判断し「見せて頂き、有り難うございました」と静かに手帳を返却する。
私の手帳を確認したいと言う、手前勝手な申し出だったにも関わらず、「こちらこそ、素晴らしい物を見せて頂き、有り難うございました」とお礼を言われてしまい、申し訳なくなってしまった。
ニコラスさんからすれば、学者としての人生を集約させる為の大事な手帳で、そこに書き込まれた長年積み重ねた価値に比べれば、私の羞恥心などちっぽけな物だと深く反省した。
そんな最後の休憩を経てようやく目前に迫る王都。視認できたら早い物で・・・ぐんぐんその距離は縮まり、より明るさを増した街並みが、もう目と鼻の先だ。
「アル!メグミの通行申請をするから、俺達は王都の入り口で降りる。ここで一旦別れよう」
「そう言えばそうだね!このまま王都に入ったら、メグミだけ粉々になる所だった」
「粉々っ!?」
不穏な単語が聞こえて思わず反応してしまうが、私の不安を余所に2人の会話は続く。
「・・・・・・恐らくメグミなら防護壁に当たっても無事だろうが、この時間だ。余計な騒ぎを起こしたく無い。謁見は2日後だったな」
「ああ!2日後の昼を告げる鐘が鳴る前には、王城へ来ておいてくれ。王宮側への説明は再度しておく!」
「了解だ、また後日」
「メグミも明日1日、王都でゆっくり休んでくれ!ウル様の事も引き続き、宜しくお願いしたい」
「は、はい!また明後日!」
もう日付が変わるので殆ど明日に近いが、謁見までの時間を有意義に使いたい。
王城へ向けて飛び続けるアルシュさんを見送った後、ヴィクターさんが指示を出すと、王都入り口の門に向けてルベルさんは緩やかに下降する。
ゆっくりと門の前に降り立つワイバーンに、門番は驚く様子も無い。
その身に、王宮近衛騎士団の紋章が描かれた防具を着けているからだろうか、門番はむしろ姿勢を正し、ワイバーンから降り立つ私達を待っている様だった。
「夜分に悪いな、楽にしてくれ。殿下一行は王城に向かわれて、俺と冒険者一人だけだ」
ヴィクターさんが門へ近付き、敬礼姿勢を取る門番に声を掛ける。
「お務めご苦労様です!ジルニード・ヴィクター第四師団隊副団長!!大変ご無沙汰しております!!」
「必要ない、今は一介の冒険者だ。上から聞いていると思うが、訳あって暫く王都に滞在する。こっちは冒険者のメグミ。王都へ入るのは初めてで、通行申請並びに滞在申請をしたい。滞在期間はそうだな・・・多めに取って2週間で頼む」
「はっ!承知致しました!身分証を身に付けた状態で、こちらの魔導板に触れて頂けますでしょうか!」
壁に埋め込まれた魔導板を示され、左手をゆっくり沿わせる。
以前は手首にはめていた身分証は、ガントレットの関係で今は二の腕に付けてるのだが、魔導板に反応して光を発する。
すると今度は魔導板が光り、まるで双方で情報の共有をしているかの様。
「完了しました!どうぞ、お手を離されて下さい」
「次は俺だな、同様に2週間で」
「あ、いえ!ジルニード・ヴィクター第四師団副団長は、不要と聞いております!」
「・・・不要?何故だ・・・?身分証登録内容は以前と変わっているぞ?」
「詳しくは聞き及んでおりませんが、上より"休暇中につき、更新不要"と指示がありました!」
「────成る程・・・アルの言っていたのはこの事か・・・・・・いや、分かった。この件はこっちで解決する。すまなかったな、このまま王都へ入る。夜番ご苦労だった」
「はっ!ご帰還大変嬉しく思います!」
一介の冒険者と言っていたヴィクターさんだったが、最後は心なしか声色も堅く、明確な上下関係の上での部下を労う一言だった。
その変化に戸惑う中、巨大な門は開かれ私達は、無事王都へと到着した。
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背後で門が完全に閉まったのを確認してから、横に立つヴィクターさんに静かに話し掛ける。
「えっと・・・また少し、お伺いしたい事が出来てしまったのですが・・・」
「構わない。王都はかなり広く、ヴィクター家に着く迄それなりにかかる。その新たな疑問を解消するには、十分な時間だな」
私の問い掛けに、先程みたく堅い声が返って来るものかと身構えたが、普段通りの声に一瞬ほっとする。
「ありがとうございます。何から聞けば・・・あっ!!私が粉々になると言うのは・・・その、どう言った内容の話だったのでしょう?」
「あぁ、あれか。この王都だが王宮魔導師の魔法により、全体に防護壁が張られている。これが特殊で、王宮関係者は出入りに殆ど制限は無く、どの場所からでも王都に出入りする事が出来る」
「ショートカット・・・楽に出入りが出来て便利ですね・・・」
「だが、王宮関係では無い住民や観光目的の来客は、この防護壁を突破する事は出来ない。無理に入る為にこじ開けようとしたり、破壊を試みると防護壁に施された防衛魔法によって、粉々に粉砕される」
「粉砕・・・」
「今のメグミの様に正式な手続きを踏み、門から真っ当に入れば何の問題も無い。この国の中枢だからな、シルビアの防護壁よりも遙かに強固に造ってある。例えば、魔物の群れが攻撃を仕掛けて来たり・・・国に仇なす存在が現れたとしても、対応出来る様になっている」
王都を護る為の最高クラスの魔法防護壁。
危なかった・・・もし自分の翼で飛んでいたとしたら、あのままアルシュさん達と一緒に王都へ入ろうと試みて、魔法壁で粉々になる所だった・・・
「一応言っておくが、翼が生えて便利になったと思うが、シルビアにも似た様な防護壁は張られている。戻った際に不用意な動きはしない事だ」
「あっ・・・き、肝に銘じます・・・」
急がば回れ、最短距離が必ずしも1番早いと言う訳では無い。
話を聞きながら、一瞬でも"短い距離で帰宅出来るなら便利そう"と考えた私は、前世の社会に揉まれた事で、タイパ重視の生活に慣れ過ぎている。だがこの世界は、タイパの概念は無いに等しい。
つまり常に時間に追われる生き方では無く、自分でペースを作りあげる事で、丁寧で気ままな暮らしを手にするのも決して夢では無い。
今でも、前世に比べれば十分ゆったりとした日々送っている。だが、これはヴィクターさんが作ってくれる物に乗っかっているに過ぎない。
独り立ちした時に、私自身がそれを作り出せるくらいには、成長しておきたい。
「それで、本題は?防護壁よりも聞きたい事があるだろう?」
「!!」
そうだ、聞きたい本当の内容は別にある。先程の門での出来事だ。
話の流れを聞いていたので、内容は理解できている・・・以前、アルシュさんと紅茶を飲みながら聞いた件だろう。
「────ヴィクターさんは王都において、冒険者では無いのですね・・・」
「・・・・・・」
驚く程、昏い声が出た。一体自分は、何に引っ掛かっているのだろう・・・
王宮近衛騎士団を辞めたと言っていたヴィクターさん。休暇を出したつもりの国上層部。
その認識のズレは、聞いていたし何となく理解していた。それはヴィクターさんもそうだろう。
シルビアの広場で行われた、王宮近衛騎士団員とのやり取りでは間違いなく、冒険者ジルニード・ヴィクターの顔だった。
けれど今、王都門前での流れを見た瞬間・・・"第四師団副団長"と言う肩書きを背負った、ジルニード・ヴィクターと言う存在を、声色一つで感じ取ってしまった。
そこにあったのは、ここまで一緒に冒険をして来たヴィクターさんとは、全く別の顔で────・・・。
「いえ、今の言葉は失言でした。聞かなかった事にして下さい」
「・・・・・・・・・何を気にしているかは分からないが、少なくとも俺は現状、冒険者だ。騎士団を退団した後、身分証も変えてある」
「はい・・・それは、存じています」
「あぁ、それとも・・・今の門番とのやり取りか?」
1番の図星を突かれ、大げさに肩を震わせてしまった。
「そう言う事か・・・あれは、彼らの為だ。恐らく、上からそう指示されていて、肩書きを背負ったままの俺がその場で、命令を訂正するのを避けたかった。実際の事実がどうであれ、上からの指示が今の彼らにとって、正しい状態としてあの場を収めた」
「彼らにとって正しい状態・・・ですか」
「陛下の意向で、随分とややこしくなっているが・・・今後、俺の所在が明らかになった時に、冒険者で部外者の俺が訂正を掛けた事で、団員間で余計な混乱を招く訳にはいかないからな」
つまり、ヴィクターさんの退団を認識しているのは上層部だけ。下には王様の意向を汲み"休暇"。
そんな中、ヴィクターさんが現れたら、当然副団長が戻って来ただけと言う認識になる。
上からの指示は依然"休暇"で、直属の上官では無いが、肩書きを持っている状態の相手から、命令の訂正をされる事への混乱。
また、退団が公になった時に、訂正をした者が副団長のジルニード・ヴィクターでは無く、冒険者のジルニード・ヴィクターで・・・言ってしまえば、知らぬ間に団員達は命令違反をしてしまっていた事になる。
「命令の変更、それは今の俺の仕事では無い、彼らの上官が為べき事だ」
「だから、あの時は"第四師団副団長"としての振る舞いをされた・・・」
「そう言う事だ。全く・・・5年も休暇などあり得ない状況が、今もまだ表面上で継続されているなんてな・・・」
「シルビアに来ていた団員の方は、途中で呼び方を変えていたのは、何か違いがあるのでしょうか?」
ギルドの前の広場で、ヴィクターさんと挨拶を交わしていた場面を思い出してみると、ヴィクターさんに訂正をされた後、敬称が"第四師団副団長"から"様"に変化した。
同じ王宮近衛騎士団で、反応が違うのは何故だろうか。
「・・・あぁ・・・あれか。あの団員達は以前から知っている・・・と言う話はしたな?正確には一時期、うちの第四師団で預かっていた。第三師団は基本王宮や王都内の警護に当たっている関係で、実戦訓練面で劣る。その為、経験値を補う必要があり、王都の外を担当している第四師団で実戦経験を積ませる期間を、別途設けてある。その時に、彼らの面倒を見ていた」
「厨房での研修みたいに、ですか?」
「そうだ。騎士団を去る際に気まぐれに、彼らに一言"この先も研鑽を積むように"と・・・まぁ、軽い別れの挨拶をした。退団した事を、直接俺から聞いているからな。逆に全く接点の無かった数多の団員からすれば、上からの指示が全てだ。呼称を正す行動は取らないだろうな」
「すみません・・・そう言う背景があったとは知らずに、踏み込みすぎた質問でした・・・」
「・・・?知らなければ、何処まで踏み込んで居るのか分からないのは、当然だろう?聞かれる分には構わない。それに答えるかどうかは、俺自身で判断している。答えたく無ければこちらで話を切り上げる、と言う事で良いだろう?」
本来、過去の詳しい経緯など、わざわざ弟子に話す義理も無いと言うのに。
「ありがとう、ございます」
ヴィクターさんの懐の広さを前に、私が思っているよりも自身の器の狭さに気が付いてしまった。
前世で目を背けがちだったり、気が付かなかった自分の嫌な部分に向き合う瞬間が、ここでは何度も訪れ、その度に情けなさを思い知る。
幸か不幸か、前世で許容量を圧迫していた"忙しさ"から解放された分、今度は自分の人間性部分と向き合う時間が出来た、と言う訳だ。
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