潜入
黒髪で顔の半分はケロイドという男は、薄汚れた服装でとてもキルフェ王国軍参謀と同一人物とは思えなかった。
アイサイム伯爵令嬢ローラが潜伏している可能性の高いと報告されている教会に現れた。
「俺達のところにも軍が来て横暴するから、逃げてきたんだ」
ロイの他にも二人の男がいる。
両名とも平民の姿で、いかにも破落戸の態度である。
キールッヒ・モーレンシュワルツ、その姿がこの街で何度か目撃されている。
軍には病気療養の申請がされており、自身がユークレナ結社との関係で捜査されているとは、思ってもいないのだろう。
「畑にはジャガイモの花が満開なのに、踏み荒らしても抵抗もできない、あいつらも平民のくせに」
ロイに付き従うパスカルが言葉を発すると、教会の神父は応える。
「月明かりに荒らされた畑を見ると、さらに辛くなりますね」
軍だけでなく、教会にもユークレナ結社が入り込んでいると、ロイは頭の中で報告をまとめあげていく。
教会の別棟に案内された3人は、そこで恐るべきものを目にする。
そこで、畑管理の仕事をあたえられるのだが、栽培されているものに驚愕するのだった。
ロイもパスカルも、口には出さないが、高等将校として教育を受けている。
そこにあるのは、芥子の花、阿片の材料だ。
メリーアンジュの血で願いが叶うなどと、簡単に信じる訳がない。麻薬か関わっていたのだ。
阿片を使えば、弱い魔力でも思い通りに人を操れるのだろう。
これで、ユークレナ結社を潰す明白な口実と考えて、ロイは悟った。
ここは教会敷地内。
芥子栽培は、教会の指示と言いきられれるかもしれない。
教会内部でユークレナ結社と結びついている者の指示かもしれない。この神父のように、巨大な教会権力を狙っているのだろう。
ヨハネ神父が教会内でのしあがり、早急に不穏分子を叩き潰さねばならない。
メリーアンジュも国も乗っ取られてしまう。
それは、キルフェ王国だけではないだろう。
国に国境はあるが、宗教に国境はない。
この僻地の教会の重要性を考えると、やはりローラが潜伏しているのだろう。
地元住民は阿片で操られている可能性さえある。
「神父様、見たことのない植物ですが、これは何ですか?」
ロイのもう一人の部下、オーベルジュが知らない素振りで尋ねる。
「これは、この地方特産の植物で、種から油を取ります」
穏やかに答える神父の姿を見ると疑いを持たれることがないのだろう。
「この村は、俺らの村より活気あると思ってたんだ。
油の栽培か、なるほどな!」
田舎の破落戸を演じるオーベルジュが、上手く警戒心を削いでいく。
潜入に成功したロイから魔鳥で届けられた手紙を読んだベルンストとアーレンゼルは、決断するしかなかった。
アーレンゼルは馬に飛び乗り、ヨハネ神父を迎えに王都の外れの屋敷に急いだ。
王都に神父出向いたと知れたら、アイサイム伯爵は神父を隠してもしまう恐れがあるため、アイサイム伯爵領には返さなかったのだ。
弱い魔力でも阿片で、人身をあやつれるなら、大きな魔力のあるヨハネでも阿片で操られてしまえば、簡単に傀儡ができあがる。
メリーアンジュがムクレヘルムに召喚されてから、闇に隠れていた計画が浮かび上がってくる。
もし、召喚されたのがメリーアンジュでなかったのなら、事が起きるまで気がつかなかった可能性もある。
メリーアンジュは、どちらにも女神であるのだろう。
馬を駈りながら、アーレンゼルは考える。
与えられた部屋で、ヨハネは日課の祈りをおこなっていた。
町民に慕われているからこそ町から離れ難く、自分の魔力が大きく他人から魔力を受けないと確信しているからこそ、ベルンストの誘いに頷く事を簡単にはしなかったヨハネ。
だが、どんなに大きな魔力も麻薬を使われると、抵抗出来ないかもしれない。
「ヨハネ神父、もう時間がありません。
我々を理解していただいているとはいえ、十分な考察の時間を与えるべきですが、無理になりました」
こちらに、と言いながらアーレンゼルは騎乗できないヨハネに馬車を用意する。




