神父という存在
ヨハネも覚悟はしていた、自分がアイサイム伯爵領に戻れない事も、女性の行方不明事件が田舎の神父の手に負えない事も。
そして、王太子の提案に乗るしか無い事も。
神学校を優秀な成績で卒業し、誰よりも大きな魔力があっても、平民という壁で、地方巡りの神父とされた苦い過去。
そこで、のし上がれるなどと思えないだけなのだ。
いくら王太子の後ろ楯でも、枢機卿を羨望されても無理だと思っている。
自分に魔力があることを考えると、父親は貴族なのだろうが、母亡き今、知るすべはない。
被るように渡されたフードのコートで顔を隠して、ヨハネは馬車を降りた。
王都の外れの別邸を見た時も、豪華さに驚いたが、そこは比べ物にならない程の豪勢で大きな城だった。
「王宮です」
アーレンゼルが、ヨハネの横に立ち、王宮内を案内するように歩く。
前後を護衛の兵士が歩くが、見るからに制服が違う。近衛と呼ばれる兵士だろうか、とヨハネは思うが、まさか自分の警護に付いているなどとは思ってもいない。
王太子に謁見するのだろう、としか分からない。
王宮の中など知らない、自分がこんな所を歩くなど夢にも思っていなかった。
決して豪華ではないが、重厚な造りの扉が開かれると、やはり王太子が正面の机の奥に座っていた。
「いささか早急で悪かったな」
ベルンストは、立ち上がるとソファーに座るように勧めようとして先客があったと気づく。
「そっくり!」
声をあげて驚いているのはメリーアンジュだ。
ヨハネは、アーレンゼルと顔のよく似た美女は、身内だろうかと察しながら部屋に入った。
ヨハネが王太子に挨拶をする間もなく、アーレンゼルが前に出た。
「ベルンスト、危ないじゃないか。アンジュを出歩かせるな!」
兄は心配だよ、とメリーアンジュに駆け寄る。
アーレンゼルの心配事など無視して、メリーアンジュはベルンストの手を引っ張りヨハネの横に立たせる。
ヨハネは驚き過ぎて声も出せず、立ち尽くしている。
「ね、瓜二つ。
こんなにそっくりなんて双子のようね。
髪の色も同じ、目の色が違うだけね。
もちろん、私にはベルンストの見分けがつきましてよ」
ニッコリ微笑むメリーアンジュに、ヨハネは免疫なく頬を染める。
「アンジュ、何故ここにいる?」
この間、危険に合ったばかりなのに、とアーレンゼルが詰め寄る。
心配性の兄に怒られ慣れているメリーアンジュは、得意技を使う。
「お兄様、寂しかったのですもの」
寂しいのではなく、退屈だったのだが、アーレンゼルを懐柔にかかる。
「私だってアンジュに会えないのは寂しいが、少しの危険も排除したい」
「ごめんなさい」
心がこもっていないメリーアンジュの謝罪である。
「今日は仕方ない。これから我慢すればいい」
アーレンゼル、妹に甘過ぎる。
「ヨハネ神父、妹を紹介しよう。
メリーアンジュだ、王太子の婚約者でもある」
アーレンゼルに紹介されたメリーアンジュがヨハネにカーテシーをする。
「メリーアンジュ・エリア・マドラスですわ。」
慌てたのはヨハネだ。
「姫様、私などに恐れ多い。もったいないです」
「これから枢機卿になってもらうのだ。もっと慣れてもらわねば困るな」
ベルンストの言葉に、ヨハネの動きが止まる。
緩やかに振り返ったヨハネに、ベルンストが言葉をつなぐ。
「いや、教皇になるのだったな」
「まあ、素敵ね」
メリーアンジュは決まったように笑顔を向ける。
「いえ、姫様、私には無謀な話と」
首を振りながら、ヨハネが否定する。
「キルフェ王国が後ろ盾になるというのに、枢機卿で止まるなどありえませんわ。
どうせなら教皇を狙ってくださいね」
ツーンと顔をあげてメリーアンジュが言い放つ。
「え!?」
どうしてこんな話になったのか、とヨハネは思うが驚くしかない。
「能力がありながら、貴族でないというだけで神父殿は辛酸を舐めてきたはずだ。
そして、教会も清廉だけではないという事を知っているのでしょう?
神父殿しか、教会を変えることはできないと、我々は思っています」
そっと、アーレンゼルがヨハネに囁く。
「我が妹は、女神なのですよ」
誰も逆らえません。




