第7小節目:Julia
帰り道のいろんな音の録音が出来て秘密基地に戻ると、おれは早速ピアノの前に座る。
……が、すぐには浮かばない。ちょっとこれまで2曲が上手くいきすぎてたな。
「東条、さっきの録音送ってもらってもいいか?」
「もちろん! エアドロでいい?」
「エアドロ?」
「あ、そうだ忘れてたこの人、ヘンクツヘリクツアナログ小泉だった」
「今回ヘリクツ関係ないだろ」
ていうかその名付けシステム、そのうち寿限無みたいになるぞ。
「スマホ出してみて。エアドロってのは、こうやんの」
東条はおれのスマホに自分のスマホの上の方をこつん、としてくる。すると、
「おおおおお……!?」
なんか画面がドゥルンってなってブオーンってなってデータが取り込まれた。
操作してみると、もう聞ける状態になっている。
「なるほど、スマホって便利だな……」
「いやー、小泉と話してるとやっぱりおじいちゃん思い出すなあ。こうして色々教えてあげたものだよ」
「おじいちゃん、スマホ持ってたのか?」
「うん。ガラケーでもいいんだけどガラケー見つける方がめんどくさいんだってさ。あれ、これ最近誰かも言ってたな?」
意味ありげにおれを見ながら、東条はカウンターの裏、キッチン側に入った。
「小泉ってさ、コーヒーとか飲む人?」
「うんうん超飲む、え、そうだよなやっぱりコーヒー入れる設備があるよな喫茶店だもんなそれ飾りじゃないよな」
「なになにどうしたの超前のめりなんだけど!」
「コーヒー超好きなんだよ……!」
「そうなんだ……! え、ていうか、いつの間にあたしの隣にいんの!?」
実はコーヒー飲めたりすんのかなっていうのはずっと気になっていたことだったので、つい身体ごと食いついてしまった。
「ご、ごめん……!」
「別にごめんくないけど、なんか面白いね。あるよー、コーヒーメーカー。コーヒーミルもある。ほら」
「うわっ……! すげえ、カリタのナイスカットGじゃん……! いいもの使ってるわ……」
「ナイスカット……? 何その名前」
「ミルの名前。名前はともかく、とにかく良いミルなんだ」
「ふーん」
東条はミルの上に手を置いて、懐かしむように微笑む。
「いやあ、ほんと、おじいちゃんを小泉に会わせてあげたかったな。多分実の孫みたいに可愛がってくれたよ。あたししかそういうおじいちゃんの蘊蓄とかって聞いてあげる人いなかったから。あたし聞いてもよくわかってあげられなかったし」
「おれも話してみたかったわ。……このコーヒーメーカー使っていいのか?」
「焦るな焦るな、あたしもコーヒーメーカーも逃げないよ」
別に東条は逃げてもいいんだけど。……とは思ったが、実際に今逃げられたらちょっとショックかもしれないな。
「小泉が使っていいってか、まあもちろんいいんだけど、小泉の作曲のお供にあたしが淹れてあげようかなーって思って。あたし結構ここでコーヒー飲んでるんだよね」
「おいおい最高だな……」
「あたしが?」
「ここでコーヒーを飲むというシチュエーションが。このスピーカーでレコードを聴きながらコーヒーを飲む……。素晴らしい……。そんなの夢みたいな状況だな」
「あはは、それがジャズ喫茶ってものなんだと思うけど。ま、小泉が直してくれるまでスピーカーは鳴らなかったけどねー」
かちゃかちゃ、と東条が棚からコーヒー豆の入った容器を取り出す。なんか妙に絵になるな。
「あー……でも、そっか」
「ん?」
「コーヒーカップ。あたしは自分の持ってきてるけど、小泉の分がないわ」
カップは一気に売っちゃったらしいんだよね、と東条は眉を下げる。
「そっか。じゃあコンビニで紙コップでも買ってくるか」
「うーん、紙コップだと美味しさ目減りしない?」
「目減り……」
さすがジャズ喫茶の孫娘というべきか、意外とこだわるところをこだわっているらしい。
「よし、今から買いに行こう!」
「え、今から?」
もう5時半だ。
「うん。だってどうせ買うなら早い方が良くない? 死ぬまでの日割りが安くなるっていうか」
「いや明日うちから持ってくればいいだろ」
「家の人になんて言うの? 『四季人、マグカップなんてどこに持ってくの?』って言われるよ? 『うるせーなババア、どこでもいいだろ!』とかいうの?」
高校生男子みんなそんな話し方じゃねえよ。でも、まあ……
「たしかに、一理あるな……」
「でしょ? さあさあ善は急げだよ、買いに行こう」
「どこに?」
「サカイのヨーカドー一択でしょ!」
ということで、武蔵境のイトーヨーカドーにやってきた。うちの高校の人たちは武蔵境のことをサカイと呼ぶんだよなあ。大阪の人になんか言われそうだなっていつも思う。
食器コーナーを東条と歩く。
「どれがいい?」
「コーヒーが飲めればなんでも」
「なんでもが一番困りますね」
お母さんかよ。
「あ、そういえば……おっ、あった!」
「ん?」
「これ、小泉によくない?」
「……っ!」
東条はスナフキンの描かれたマグカップを指さす。
「なんでだ……?」
「え、なんとなくだけど……ほら、今日図書室でムーミン読んでたし」
「いや、そうじゃなくて……なんでおれがスナフキンが大好きだって知ってんの?」
「スナフキンが大好きなんだ!? 別に知らないよ、たまたまだよ!」
「いいんだよなあ……スナフキン……」
彼の魅力をどう表現したら良いだろうか。
ミニマリストで、偏屈なところが最高なのだ。偏屈っていいよな。
「これにするわ、ありがとう……!」
「なんか素直に感謝されると照れるんだが……。あっ、でも……!」
「ん?」
「ごめん、あたしから提案しておいて、まじあたしのミスすぎてごめんなんだが——」
「なんだよ」
「——あたしのマグカップ、ムーミンなんだよね……お揃いみたいになるね?」
「じゃあやめとくかあ……」
おれはマグカップを棚に戻す。
「すごい残念そうだね!? え、泣いてる!?」
さすがに泣いてない。
「いいよいいよ、それにしようよ。別にあたしたち以外が見るわけじゃないし」
「それもそうだな。これにしよう」
「切り替え早っ。めっちゃ好きなんだねスナフキン? なんかそういう推し?みたいなのなさそうなのに」
「推しとかではないけど、好きなものは好きだ」
「たしかに。コーヒーメーカー詳しかったし、音楽詳しいし……。意外と好きなものは多いのか。博愛主義?」
「それ全然意味が違うな」
などと話していると。
「りおんちゃん?」
振り返ると、うちの高校の制服を着た女子がいた。
「あ、樹里亜」
ジュリア、と呼ばれたピンクベージュのハーフツインの女子は、甘い声で、
「わぁなんか話すの久しぶりぃー!」
と、東条の手を握る。
「久しぶり、樹里亜なにしてんの?」
「ちょっと次のバスに乗ってる人を待ってひまつぶしぃ……ってごめん、デート中だったぁ? ……どなた?」
おれのほうを見てこてりと首をかしげる樹里亜さん。
「デートじゃないけど、この人は同じクラスの小泉四季人くん。こっちはダンス部の樹里亜。4組」
「しきとくん、はじめまして! じゅりあですぅ」
「どうも」
声に違わぬ甘い微笑みで、にこ、としてくれたのも束の間、
「ねぇねぇリオンちゃん、その、しきとくん?と同棲してるのぉ?」
と東条に耳打ちする。聞こえてるけど。
「同棲……? なんでそうなんの?」
「え、マグカップ一緒に選んでるからだけどぉ……。じゅりあ、変なこといってないよね?」
「たしかに……」
「ちょっとややこしくなるから小泉が同意しないで」
ジト目ではたかれる。それもたしかに。
「同棲とかじゃなくって、その……マグカップ選ぶっていうからついてきてみた、みたいな……」
「うん、そっかぁ。……うん、そうなるかぁ?」
樹里亜さん(名字を聞いてないので下の名前で呼ぶほかない)の頭上にハテナがたくさん浮かぶ。
「ていうか大丈夫なのぉ? りおんちゃん、男子ニガテじゃん」
「苦手ってほどでもないけど」
「いやいや、苦手だよぉ! 昔りおんちゃんのこと良いかもっていう男子と、なんかいいことあったらいいなって思ってカラオケで二人にしてみたらめちゃパニクってたじゃん。『あ、これいじめになっちゃう』と思ってそっこーじゅりあたち戻ったもん」
「あれは二人きりだったから……。女子校出身だから耐性ないだけ。二人きりじゃなければ、大丈夫。男性恐怖症とかじゃないし」
「いやぁ、だからぁ」
樹里亜さんはおれと東条を指で交互にさして。
「ふたりっきりじゃない? 今」
と言ってくる。
「二人きりっていうか……ねえ?」
「おれに同意を求められても」
っていうかなにに同意すればいいんだよ。
「まぁ、りおんちゃんが楽しく生きてくれていればじゅりあはいんだけどさぁ……。それにしても、今日なみちぃいなくてよかったぁ……いたら、怒って大変だったよ」
なみちぃ? また新キャラ出てきた。
「……別に、もう怒られもしないよきっと」
「そんなことないと思うけどぉ……。あ、もう暇つぶし終わりの時間! じゃぁ、またねぇ! お邪魔しましたぁ! 末長くぅ〜」
樹里亜さんは去っていった。去り際の挨拶、変すぎるだろ。
「なんか誤解されちゃったね。ごめんね」
マグカップを買って、武蔵境駅までの道すがら、東条は苦笑いする。
「いやおれはいいけど、東条はいいのか?」
「うーん? あたしアイドルじゃないからなあ。釈明する先もないっていうか」
頬をかく東条。一理あるが、でも……。
「ほら、好きな人に誤解されると、とかないのか?」
「だから、こないだもいったけど、そういうの今いないし」
「でも、今後出来るかもだろ? その時今日見られたことが邪魔になるかも」
「すごい先のリスクまで考えてるな!? ていうか……」
そこまで言って、東条は顔を顰める。
「あたしが小泉のこと邪魔って思うの? そんなことになったら針千本飲むよ」
「? 別にそんな約束してないけど」
「約束以前の問題でしょ。小泉に付きまとわれてるとかならわかるけど、あたしが誘ってんだから、あたしが邪魔だなんて、思うだけで最悪」
「そんなもんかねえ……」
相変わらず誠実というか真面目というか。
「ってか、そっちこそどうなの?」
「なにが」
「その……好きな人、とか?」
「いないよ、そんなの」
「ふーん……? ま、じゃあお互い別に気にする必要はないってことで」
「まあ、東条がいいならいいけど」
「あたしも、小泉がいいなら別にそれでいい。……じゃ、今日はこれで」
改札に入ったあたり、東条が片手をあげる。
おれは上り電車、東条は下り電車だ。
「明日、これに東条ブレンド淹れてあげるよ」
東条はヨーカドーの袋をかかげる。マグカップは東条が帰りに秘密基地に置いて帰ってくれるらしい。
「何それ美味そう」
「あはは、いろんなとこで買ってきた豆を同じ瓶に入れてるだけだよ。じゃ、またあした!」
「おう。……またあした」
おれは上り電車のホームに続くエスカレーターに乗る。
またあした、か。明日も行くなんてまだ言ってないのに。
でも、そんな勝手に決められた約束を、どこか楽しみにしているおれがいることに気が付く。
……いやいや、東条ブレンドだなんてなんか名前からして美味しそうなコーヒーにつられてるだけだ、と誰への言い訳かわからないが、頭を振っておいた。




