第6小節目:平日
その日の放課後。図書室にて。
「小泉、ごめん待たせちゃって!」
「いや全然。もっと遅くてもよかった」
読んでいた『ムーミン谷の彗星』を閉じながら応じると、東条は顔を顰める。
「そこは『おれも今来たとこだよ』とかでいいんだけど」
「おれはずっとここにいたし。今来たのは東条だろ」
「相変わらずヘリクツ小泉だなあ……」
「おれは『ヘンクツ小泉』であって『ヘリクツ小泉』ではない」
ていうかおれはヘンクツ小泉でもない。
「はいはいヘンクツヘンクツ。てかムーミン読んでたの?」
「うん。最初の数十ページしか読めなかったけど。戻してくるわ」
「借りて帰れば?」
「いや、いい」
「てか小泉ってムーミン好きなの? あたしね、キャラで言うと——」
「しぃっ!」
司書の先生にピシッと睨まれる。
「「すみません……」」
おれと東条は肩をすくめ小声で答えてそそくさと図書室を出た。
「あたし、図書室なんか片手で数えるほどしか行ったことないなー。小泉は本が好きなんだね」
「いや、別に」
「えっ!? じゃあなんで図書室で待っててくれたの?」
「いや、逆に他にどこにいればいいの?」
朝「今日は一緒に帰ろ?」などと言ってきた割に、東条は今日も今日とて委員会だった。「今日はちょーっと書類にサインするだけだから待ってて!」とのこと。
しかし、放課後はいつもまっすぐ帰るようにしているので校内での時間の潰し方がわからない。
廊下をただ散歩するのも気が進まない。
なかば逃げ込むように図書室に入ると、当たり前だけどそこにはめちゃくちゃ本があって時間はいくらでも潰せそうだった。
「どこって……なんだろう、ラウンジとか?」
「全校生徒がたむろするところだろ、いやだよ」
「売店とか?」
「全校生徒が買い物するところだろ、いやだよ」
「あ、中庭のベンチとか? 今日天気いいし」
「全校生徒から見えるところだろ、いやだよ」
「全校生徒嫌いすぎじゃない!?」
「別にそういうわけじゃないけど……」
「そういうわけじゃなかったらなんだし……!」
なんか呆れられてるな……。
「で、委員会だっけ? 何委員なんだ?」
「学園祭実行委員」
「ぽいな……」
「陽キャっぽいって意味?」
「東条っぽいって意味」
「そう? どうして?」
「青春満喫するぞって感じが」
昨日、雨の中の奇行を見れば、学祭委員ぐらいは余裕でやるだろう。
「へへ、よく分かってんじゃん。去年も学祭委員だったんだけどね、去年の2年生かっこよかったからなー、今年はあたしが頑張るんだ」
「でも学園祭って9月だろ? もう準備始まってんの? 毎日やらないといけないほどに」
「そりゃそうだよ! だって、もうすぐ期末試験で、終わったら夏休みじゃん。明けたら結構すぐだよ」
「たしかに」
そういえば、うちのクラスは何をやるんだろう。もう決まってるんだろうか。……と隣を歩く東条に聞けば絶対に教えてくれるが、絶対に叱られる。「学園祭をなんだと思ってんの? 青春のメインイベントだよ?」とかなんとか。
「でも、今が一番楽しい時期だから、ちょっともどかしさもあるよね」
「何が?」
「音楽が!」
良い笑顔で東条がいう。今が一番楽しいかはわからんだろ、とは思う。この後まだ楽しくなるかもしれないし。
「それで、なんで先に秘密基地に行ってちゃダメだったんだ? 図書室で待ってても秘密基地で待ってても一緒じゃない?」
「ふっふっふ……その理由は、これ!」
音量の割にこっそり『私詩』を開いて渡してくる。(ダジャレじゃない。おれは東条でも東条祖父でもない)
開かれたページを読むと。
* * *
『おとなり』
革靴 革靴
歩く速度と同じテンポのキーホルダー
踏切 遮断機
ファミリーマートに入る時の自動ドア
冷蔵棚 冷凍棚
小銭がこすれて 買い食いのコロッケ
佐川 ヤマト
校庭に石灰で引いたみたいな飛行機雲
カラス コウモリ
二人分重くなって軋んだ公園の古いベンチ
あたしの声 あなたの声
あなたの声 あたしの声
夕焼け チャイム
二人分軽くなって軋んだ公園の古いベンチ
革靴 ……
あなたのせいで実感させられてる長い静寂
あなたのおかげで知ることの出来た長い静寂
* * *
「ほお……」
「どう? めちゃピッタリじゃない?」
おれが控えめに開いているノートをのぞきこんでくる。必然、近くなるのでおれは少し離れた。
「なるほどね……。つまり、帰り道にある『音のするもの』を羅列して、帰り道を表現した詩ってことか」
「うわ、無粋……また詩の内容説明してる……」
東条がジト目どころか引いている目でおれを見る。
いや、言われると思ったけど、認識が違ったら困るだろうが。
「それで、この詩に出てくる音を録りながら帰ろうってことか?」
「そういうこと! 最初はあたし一人で録って帰って驚かせようかと思ったんだけど、どうせ小泉のことだから普段の帰り道もヘッドホンしてて聞いてないだろうから。知らない音ばっかりでしょ?」
「知らないってことはないと思うけど……。でも、録ってきた音聞かせてくれたらいいんじゃない?」
「あーまたこの人は曲作りをなめてるわ……!」
やれやれ、と東条は外国人みたいに肩をすくめる。
「その音を録った時の——」
「——匂いとか感触とか温度とか……そういうのを曲にするんだよな」
おれが彼女のセリフを引き取ると、
「わかってきたじゃん!」
と背中を叩かれる。
「とある詩人の受け売りだけどな」
「いきなりあたしを偉人みたいにしないで! 嬉しくなるから!」
「よし、じゃあ順番に録っていくか」
「うん! まずは革靴の音……」
ということで、東条とおれは、スマホのマイクをそれぞれのものに当てて録音していく。
二人で歩いて、革靴の音。
東条がカバンにつけていたキーホルダーにスマホを向けながら少し大袈裟に歩く。
遮断機がカンカンと降りて、電車が車内で聞くよりもずっと大きな音を立てて通り過ぎるのを録音する。
ファミマの例の入店の音は使えるか分からないが録音しておいて、飲み物の棚やアイスの棚を開けて飲み物と一緒に小銭でコロッケを買う。
「小泉、食べる?」
「なんか咀嚼音録られるのいやだな……言い出しっぺの東条が食べなよ」
「ええー……なんか咀嚼音とか言われるとアレだけど……まあ、そうだよね。ASMRだね。需要あんのか……?」
「需要とかはないだろ、自分で使うんだから」
「たしかに」
おれがスマホを口元に向けると、東条は、はむ、とコロッケを口にする。
唇にコロッケの衣と油がついて、それをぺろ、と舐めとる桃色の舌。
……なんだか見てはいけないものを見た気がして、目をそらす。
妙な空気がたしかに流れて、
「えーっと……のどごし、爽やかだね!」
東条が取り繕うようにそんなことを言った。
「……別に、食レポは求めてないんだけど」
「あははー、ごめんごめん。マイク向けられたからなんとなく」
「あと、コロッケののどごしが爽やかなわけがないだろ」
それはライオンキングでシンバが虫食った後にいうやつだ。
「あ! 佐川! 小泉!」
「おお」
どっちかというと佐川と小泉は逆だと思うが、そうもいってられない。慌てて追いかけてそのトラックの音を録る。
そして、昨日、雨音を録ったのと同じ公園までやっとやってきた。
「ここのベンチが軋むのか?」
「そうそう。二人で座るとね」
「へえ」
なんだか心のどこかに疑問符が浮かんだ気がするが、首を振ってもう一度沈める。
「よし、座るよ! せーのっ」
……みし。
「録れた!」
「いや、音小さすぎないか?」
「聞いてみよう」
東条が再生する。
『よし、座るよ! せーのっ』
東条がスマホに耳元に持ってきてくれるので、おれも耳を寄せる。
『…………みし』
「…………どう?」
目だけこちらに向けて聞いてくる。
「もう少し録っておくか……」
ということで、そのあと何回も立ったり座ったりして録音する。
その様を、公園の脇の道を通り過ぎる犬の散歩をしているおばさんに訝しげに見られる。
「あはは、たしかにあたしたち謎ムーブしてるわ」
「いや本当に……」
昨日今日と同じ公園で奇行をしていたら、高校に通報されちゃうよ。
「これで全部録れたか?」
「いや、もう一つ、えーと……あ」
東条は時計台を指差して、その指をそのまま自分の唇の前にあてる。
時計台は16:59。
2秒くらいして、『ゆうやけこやけ』が流れる。
「タイミング神じゃない? これでOK!」
「よし、じゃあ戻るか」
「うん! ねえねえ、小泉」
「ん?」
「なんかさ……今日全然気まずくなかったね」
東条はニコっとする。
「いきなり何だよ?」
「だってつい今週じゃん? 二人で帰ってあんなに気まずかったの」
「ああ、それなら……」
おれはふと思い立ち、参考になる話をしてやることにする。
「今日は『録音』っていう作業があったからじゃないか? 盛り上がらない飲み会にはお好み焼きとかもんじゃ焼きとか作業があるものがいいってラジオでも言ってた」
「小泉って……」
「うん?」
博識だね、とか言われるかなとおもって微笑んで次の言葉を待ち構えていると。
「まじで無粋だね……」
東条さん、ドン引きのご様子だった。
「なんだよ……」
「だーかーら!」
東条はおれの肩をこづく。
「あたしは楽しかったって言ってんの! ばーか」




