↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
3/11

第3小節目:Hush

「じゃ、これ」


 二人でアイスを食べたあと、店を出たところで、おれは合鍵を差し出す。


「……なに、これ?」


 と、東条《とうじょう》が訝《いぶか》しそうな顔で見てくる。


「え、ここの鍵だけど」


「うん、だからなんでそれをあたしに差し出してんのって聞いてる」


「返すからだけど……?」


「……なんで?」


「なんでって……今日は先に来るって話だったから預かったけど、今後も持ってたらおれがいつでも来放題になっちゃうだろ?」


 おれが至極当然だと思っていることをいうと、東条が顔をしかめたまま顎に手を当てて、首をかしげる。首をかしげるっていうか、体を90度横に曲げている。


「…………たしかに!」


 ややあって、回路が繋がった!とばかりに目を見開いた。


「いや、そうだよね。普通は用事が済んだら鍵は返すよね……! ごめん、なんかあげた気でいた」


「別に謝らなくても良いけど……でも、警戒心っていうか、危機意識っていうか、そういうの持った方がいいんじゃないか?」


「警戒心って……小泉に対して?」


「おれっていうか、世の中の人に対して……?」


「別にみんなに鍵渡してるわけじゃないし。ていうか小泉にしか渡してないし」


「まじで屁理屈じゃない?」


 あと、なんでちょっと不機嫌そうに口をとがらせてるんだ。


「……あのさ」


「ん?」


「あたし、数えてないけど、多分詩を1000くらいは書いてんのね」


「1000……!? あのノートにはそんなに……」


「……あれ、21冊目」


「え、めっちゃすごいじゃん……!」


「そんな顔で普通に感心しないでよ、嬉しくなるから……! 引くとかしてよ……!」


「引かないよ、誰にでも出来ることじゃないし」


「いや、だからそういうのを……!」


 東条は口をへの字にしてから首を横に強く振る。


「まあ今はいい! それで! さっき冗談っぽく言ったけど! あたし、その……1曲じゃなくて、もっとたくさん曲にしたいもの、あるんだけど!」


「うん……なんか怒られてる?」


「怒ってない! あたし、今めっちゃ勇気出してて、清水《きよみず》の舞台から飛び降りるつもりで話してるから語気が強いの!」


 そうなのか。すごく自己認識がしっかりしていらっしゃる。


「なんの勇気?」


「だから……」


 東条は目をぎゅっと閉じて、


「もっと一緒に曲作りしてもらいたいって、小泉に言う勇気!」


 と声で張る。


「ああ、そういう……!」


「…………どうかな?」


 一転しおらしくなる東条。


「いいよ」


「え?」


「え? って。いいよ。おれもやってみたい」


「快諾じゃん!?」


 そんなツッコミあるか?


「なんだよ、嫌なのかよ……?」


「いや、もっと、なんていうか……『なんのために?』とか『なんでおれが?』とか『報酬は?』とか言われると思ったから……」


「報酬って。おれ別にプロとかじゃないし」


「そうかもだけど……小泉にメリットなくない……?」


「メリットとかいる?」


「でもでも、あたしは書き溜めた詩があるし、そもそも詩なんて誰でも書けるけど、作曲は誰でもできないじゃん……? とはいえあたし、支払えるものとかないし……」


「おれ、詩書けないよ」


「書けるよ! 国語が出来るんだから!」


「文字が書けて文章が書けるだけで、詩は書けないって。ドレミファソラシド知ってたら作曲出来るわけじゃないだろ」


「そ、そか……!」


 くしくしと前髪を毛繕《けづくろ》いする東条。


「で、でも! メリットっていうとアレだけど! 目的ってか目標ってか……。ほら、ダンス部だとコンクールあったり、そうじゃなくても普段からSNSのいいね数とか」


「ああ……、そういうのが何かあるのか?」


「いや……ないじゃん? でも、なんのためにやるんだよって感じ……じゃないの?」


「……いや、別に」


「え、ほんと?」


「うん」


 おれは話が進まないので、一応持論を述べておく。


「やってみたいから、やる。それでよくないか?」


「そっか、そう、なんだ……!」


 東条は目を見開いて、


「そう、だよね! 別に悪いことじゃないよね!」


 嬉しそうにおれの肩をバシバシ叩く。痛い。


「じゃあ、やっぱり鍵預けとくね! 好きな時に来て、好きなだけレコードも聴いていいし、ピアノも弾いてくれたら嬉しい」


「……わかった」


 鍵を持って差し出した手をおろすように軽く上から抑えられて、一瞬ドキッとしてしまう。


「か、勘違いしないでよね!? あたしの部屋ってわけじゃないし、別に、その……共同制作者? 相棒? として渡してるだけなんだからね!?」


「してないよ」


 してないけど、そんなツンデレ調で言われたらそうなのかと思うだろ。


「あ、そうだ!」


 動揺しているおれを放って、東条はカバンからスマホを取り出す。


「ねえ、そしたら、LINE教えてよ!」


「やってない」


「うっ……!」


 東条は鼻白《はなじら》んだようにまた前髪を触る。


「そ、そっか! えーと、じゃあ、インスタとかXとか、なんでもいいんだけど……」


「どれもやってない」


「あー……ごめん」


 そして、肩を落とす。腕がだらんと垂れた。


「なんで東条が謝るんだ?」


「いや、なんか調子乗って距離詰めすぎたんだなーって……。いやー、あはは、SNSやってないって、女子が断る常套句《じょうとうく》なイメージはあったけど、そうだよね、男子だって使うよね……」


「あ、そうじゃなくて。まじでやってないんだって」


「えー、ほんと……?」


「うん。ほら」


 おれはスマホを見せる。


「え、まじじゃん……! 何このツルツルのホーム画面……アプリなさすぎじゃない? なんで? ガラケーでよくない?」


「別にガラケーでいいけど、今時ガラケーの方が買うの大変なんだよ」


「親御さんとの連絡とかどうしてんの?」


 親御さん。


「ショートメッセージ」


「ああ……」


 東条はこちらに手を出す。


「貸して。LINE入れてもいい?」


「なんで……?」


「あたしが連絡とりづらいから!」


「ショートメッセージじゃだめなのか?」


「迷惑メールに埋もれて小泉からの連絡に気づかなかったらやだもん」


「そういうもんなのか……。ま、別にこだわりがあるわけじゃないからいいけど」


「いや、こだわりなくてこのホーム画面だとしたらやばいけどね!?」


「たしかに」


「やばい自覚はあるんだ……」


「まあ、とにかく東条だけならいいよ」


「な、何いきなり」


「一人だけなら通知がごちゃごちゃすることもないだろうし。おれ、返事しないけど」


「してくれないの!?」


「うん、最低限しか。おれから送ることもないし」


「ヘンクツだなあ……ま、いいや」


 東条がスムーズにおれのスマホにLINEを入れてくれた。


「今日何時に行くとか行けないとか、連絡するから。事務連絡だけは可能なら返して」


「約束しかねます。……善処はするよ」


 ふ、と東条は笑う。おれの返事が面白かったらしい。


「そういうとこ、逆に誠実だよね」


「逆とかじゃなくて普通に誠実だけど」




 ガタゴト。


 帰りの電車で、おれはそういえば、と思い出す。


 さっき録ったボイスメモを共有してなかった。


 LINEを開いて、それを送る。


【ヘンクツ小泉】さっき録ったやつ


 送ってから気が付く。あいつ、おれの名前変な風に登録してんじゃねえか……。


【東条莉音】ありがとう!


 さすが陽キャというべきか、ものの数秒で返事が返ってくる。


【東条莉音】っていや、LINE送ってくれてる!? さっきの話なんだったの!?


 文字越しでも、どんな表情してるか分かるな。


 スマホ画面を黒くすると、画面の中に、少し微笑んだヘンクツ野郎がいた。


 おれはスマホをそのままポケットにしまう。



 翌朝のこと。


「いや、なんであの流れで何も返事しないの!?」


「いや、しないって言ったじゃん……」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。