第3小節目:Hush
「じゃ、これ」
二人でアイスを食べたあと、店を出たところで、おれは合鍵を差し出す。
「……なに、これ?」
と、東条が訝しそうな顔で見てくる。
「え、ここの鍵だけど」
「うん、だからなんでそれをあたしに差し出してんのって聞いてる」
「返すからだけど……?」
「……なんで?」
「なんでって……今日は先に来るって話だったから預かったけど、今後も持ってたらおれがいつでも来放題になっちゃうだろ?」
おれが至極当然だと思っていることをいうと、東条が顔をしかめたまま顎に手を当てて、首をかしげる。首をかしげるっていうか、体を90度横に曲げている。
「…………たしかに!」
ややあって、回路が繋がった!とばかりに目を見開いた。
「いや、そうだよね。普通は用事が済んだら鍵は返すよね……! ごめん、なんかあげた気でいた」
「別に謝らなくても良いけど……でも、警戒心っていうか、危機意識っていうか、そういうの持った方がいいんじゃないか?」
「警戒心って……小泉に対して?」
「おれっていうか、世の中の人に対して……?」
「別にみんなに鍵渡してるわけじゃないし。ていうか小泉にしか渡してないし」
「まじで屁理屈じゃない?」
あと、なんでちょっと不機嫌そうに口をとがらせてるんだ。
「……あのさ」
「ん?」
「あたし、数えてないけど、多分詩を1000くらいは書いてんのね」
「1000……!? あのノートにはそんなに……」
「……あれ、21冊目」
「え、めっちゃすごいじゃん……!」
「そんな顔で普通に感心しないでよ、嬉しくなるから……! 引くとかしてよ……!」
「引かないよ、誰にでも出来ることじゃないし」
「いや、だからそういうのを……!」
東条は口をへの字にしてから首を横に強く振る。
「まあ今はいい! それで! さっき冗談っぽく言ったけど! あたし、その……1曲じゃなくて、もっとたくさん曲にしたいもの、あるんだけど!」
「うん……なんか怒られてる?」
「怒ってない! あたし、今めっちゃ勇気出してて、清水の舞台から飛び降りるつもりで話してるから語気が強いの!」
そうなのか。すごく自己認識がしっかりしていらっしゃる。
「なんの勇気?」
「だから……」
東条は目をぎゅっと閉じて、
「もっと一緒に曲作りしてもらいたいって、小泉に言う勇気!」
と声で張る。
「ああ、そういう……!」
「…………どうかな?」
一転しおらしくなる東条。
「いいよ」
「え?」
「え? って。いいよ。おれもやってみたい」
「快諾じゃん!?」
そんなツッコミあるか?
「なんだよ、嫌なのかよ……?」
「いや、もっと、なんていうか……『なんのために?』とか『なんでおれが?』とか『報酬は?』とか言われると思ったから……」
「報酬って。おれ別にプロとかじゃないし」
「そうかもだけど……小泉にメリットなくない……?」
「メリットとかいる?」
「でもでも、あたしは書き溜めた詩があるし、そもそも詩なんて誰でも書けるけど、作曲は誰でもできないじゃん……? とはいえあたし、支払えるものとかないし……」
「おれ、詩書けないよ」
「書けるよ! 国語が出来るんだから!」
「文字が書けて文章が書けるだけで、詩は書けないって。ドレミファソラシド知ってたら作曲出来るわけじゃないだろ」
「そ、そか……!」
くしくしと前髪を毛繕いする東条。
「で、でも! メリットっていうとアレだけど! 目的ってか目標ってか……。ほら、ダンス部だとコンクールあったり、そうじゃなくても普段からSNSのいいね数とか」
「ああ……、そういうのが何かあるのか?」
「いや……ないじゃん? でも、なんのためにやるんだよって感じ……じゃないの?」
「……いや、別に」
「え、ほんと?」
「うん」
おれは話が進まないので、一応持論を述べておく。
「やってみたいから、やる。それでよくないか?」
「そっか、そう、なんだ……!」
東条は目を見開いて、
「そう、だよね! 別に悪いことじゃないよね!」
嬉しそうにおれの肩をバシバシ叩く。痛い。
「じゃあ、やっぱり鍵預けとくね! 好きな時に来て、好きなだけレコードも聴いていいし、ピアノも弾いてくれたら嬉しい」
「……わかった」
鍵を持って差し出した手をおろすように軽く上から抑えられて、一瞬ドキッとしてしまう。
「か、勘違いしないでよね!? あたしの部屋ってわけじゃないし、別に、その……共同制作者? 相棒? として渡してるだけなんだからね!?」
「してないよ」
してないけど、そんなツンデレ調で言われたらそうなのかと思うだろ。
「あ、そうだ!」
動揺しているおれを放って、東条はカバンからスマホを取り出す。
「ねえ、そしたら、LINE教えてよ!」
「やってない」
「うっ……!」
東条は鼻白んだようにまた前髪を触る。
「そ、そっか! えーと、じゃあ、インスタとかXとか、なんでもいいんだけど……」
「どれもやってない」
「あー……ごめん」
そして、肩を落とす。腕がだらんと垂れた。
「なんで東条が謝るんだ?」
「いや、なんか調子乗って距離詰めすぎたんだなーって……。いやー、あはは、SNSやってないって、女子が断る常套句なイメージはあったけど、そうだよね、男子だって使うよね……」
「あ、そうじゃなくて。まじでやってないんだって」
「えー、ほんと……?」
「うん。ほら」
おれはスマホを見せる。
「え、まじじゃん……! 何このツルツルのホーム画面……アプリなさすぎじゃない? なんで? ガラケーでよくない?」
「別にガラケーでいいけど、今時ガラケーの方が買うの大変なんだよ」
「親御さんとの連絡とかどうしてんの?」
親御さん。
「ショートメッセージ」
「ああ……」
東条はこちらに手を出す。
「貸して。LINE入れてもいい?」
「なんで……?」
「あたしが連絡とりづらいから!」
「ショートメッセージじゃだめなのか?」
「迷惑メールに埋もれて小泉からの連絡に気づかなかったらやだもん」
「そういうもんなのか……。ま、別にこだわりがあるわけじゃないからいいけど」
「いや、こだわりなくてこのホーム画面だとしたらやばいけどね!?」
「たしかに」
「やばい自覚はあるんだ……」
「まあ、とにかく東条だけならいいよ」
「な、何いきなり」
「一人だけなら通知がごちゃごちゃすることもないだろうし。おれ、返事しないけど」
「してくれないの!?」
「うん、最低限しか。おれから送ることもないし」
「ヘンクツだなあ……ま、いいや」
東条がスムーズにおれのスマホにLINEを入れてくれた。
「今日何時に行くとか行けないとか、連絡するから。事務連絡だけは可能なら返して」
「約束しかねます。……善処はするよ」
ふ、と東条は笑う。おれの返事が面白かったらしい。
「そういうとこ、逆に誠実だよね」
「逆とかじゃなくて普通に誠実だけど」
ガタゴト。
帰りの電車で、おれはそういえば、と思い出す。
さっき録ったボイスメモを共有してなかった。
LINEを開いて、それを送る。
【ヘンクツ小泉】さっき録ったやつ
送ってから気が付く。あいつ、おれの名前変な風に登録してんじゃねえか……。
【東条莉音】ありがとう!
さすが陽キャというべきか、ものの数秒で返事が返ってくる。
【東条莉音】っていや、LINE送ってくれてる!? さっきの話なんだったの!?
文字越しでも、どんな表情してるか分かるな。
スマホ画面を黒くすると、画面の中に、少し微笑んだヘンクツ野郎がいた。
おれはスマホをそのままポケットにしまう。
翌朝のこと。
「いや、なんであの流れで何も返事しないの!?」
「いや、しないって言ったじゃん……」




