第10小節目:『七夕祭り』
日曜日。
朝からなんとなく心が落ち着かなかった。
こんなことなら、MPCを持って帰ってくればよかった。あの夢のハコさえあれば、いくらでも没頭出来て、こんなにそわそわする必要なかったのに。
「どうせ明日も来るんだから置いていけば?」なんて東条がいうから……と逆恨みをしながら、CDウォークマンでフジファブリックの3rdアルバム『TEENAGER』を聴きながら家の最寄駅から秘密基地の最寄駅へと向かう。
4曲目の『若者のすべて』が流れている。
真夏のピークはまだ来てもいないはずなのに、暑すぎるな、今日は。
約束の18時の少し前、秘密基地に到着する。
「お邪魔します」
と声をかけるものの、鍵は開いているのに、誰もいない。
「東条ー?」
「……あれ、小泉!? もう来ちゃった!?」
姿の見えない東条の声が聞こえる。どうやらカウンター奥の扉の向こうにいるらしい。
「ちょっと待っててね! ……えっと、これ、で、よし!」
そして、
「じゃーん! ……なんつって」
扉が開き、カウンターの奥から東条が姿を見せる。
自分で派手な音を鳴らして登場した割に、
「えーっと……なんかいざ見せるとなると緊張するね」
と、もじもじしている。
「あのー、黙ってられるとちょっと……。これ、どうかな……? っていやごめんやっぱ今のナシ、感想聞かれても困るよね」
「あー、いや、その……」
たしかに感想を聞かれて困ってしまった。
私服なんだろうとは思っていた。
朝、自分自身が出かける服に迷った時に、そういえば今日はお互い制服じゃないことに気づいたから。
しかし、彼女が着ていたのはただの私服ではなかった。
いつもと違う東条は、いつにも増して——その後に続く言葉を言っていいか分からず、息と一緒に呑み込む。
本当に困った。率直な感想を述べてしまっては、クラスメイトの男子として、大変に気持ち悪いことになる。
どうにかこうにか絞り出した声は。
「浴衣……だな」
「まじか!?」
東条が目を剥く。
「こんなにタメて、それ!? 感想ってか、事実なんだけど!」
「いや、なんというか……」
「……お?」
相変わらず二の句が継げずに頬をかくおれを見て、東条は目を見開く。
「その反応はもしかして……良い方のやつ?」
「あー……多分」
「そっかそっか……あははー」
おれが感想を言えない理由をなんとなく察してくれたらしい。
一転して照れたように前髪をくしくしとし始める東条。その指先がなんだかほんのり赤い。
「そりゃどーも……。て、ていうか。べ、別にあれだよ? その、浮かれてるとか気合いが入ってるとかそういうわけじゃなくて、ほら、お祭りだからさ、下駄の音とか録りたいかなって思って!」
東条は、空気を掻き回すように、カラカラと下駄を鳴らしてみせる。
「うん、分かってるよ。わざわざありがとう、音のために」
おれが応じると、
「いや、これは分かってないな……」
と返ってくる。どういう意味?
「家から持ってきたのか? 重かったんじゃないの?」
「ううん、去年の七夕祭りで着たあとクリーニングに出しといたのがここにあったの」
「なるほど」
また少し胸の奥で疑問符が浮かんだ気がしたが、また黙殺した。
「それじゃ、行こうか」
「その前に詩をもう一回読ませてもらってもいいか。あー……その、何の音を録るか決めて、とりこぼしがないように」
「あ、そだね。ほい」
* * *
『七夕祭り』
笹の葉がさらさらと
レコードに針を落としたように
祭囃子と下駄が鳴り
その上に無数の囁き
たった1組の二人の悲恋を
何千組の二人が口実に使う
おおげさに言ってみたものの
おおげさな話じゃないのかもね
人混みは天の川
手を繋いでいたわけじゃない
向こう岸には焼きそば
こちら岸にはわたあめ
つられた匂いが違っただけで
二人はもう会えないみたい
おおげさに言ってみたものの
おおげさな話じゃないのかもね
短冊に願い事
なるべく高い位置につけたくて
「欲張りだ」と笑われ
本当の理由は
願いが星に近づくためじゃなくて
読まれたら叶わなくなるから
おおげさに言ってみたものの
おおげさな話じゃないのかもね
* * *
「これもやっぱり甘酸っぱいわね……」
「なんでオネエ口調だし」
詩については率直な感想を伝えたところ、ジト目が返ってきた。
「おれの心の中の乙女が呼応した」
「あはは、なにそれ」
東条は笑ってくれる。
「で、何を録ろっか? 笹の葉の音、人混みの声、雑踏……焼きそばを焼く鉄板?」
「まあ、場面場面で録っておきたい音があればテキトーに」
「とりこぼさないようにみたいな話はどこに行ったの!?」
本当は詩をもう一回読みたかっただけだ。だってそのノートにしか書いてないんだもん。
「そういえば今日はこれ持ってきたんだ」
おれはハンディレコーダーを取り出す。
「これって、音を録音するためのやつ?」
「『頭痛が痛い』みたいになってるけど、そういうことだ。スマホより音質よく録れるかもって」
「…………また買ったの? 一昨日高いもの買ったばっかじゃん」
嗜めるような声音で言われる。なんでちょっと怒られてんの、おれ。
「元々持ってたんだよ……中学の時に使ってたやつ」
「中学の時に、ねえ……ふうん……」
「なんだよ?」
「……なんだろう」
東条は顔を顰めて首を傾げた。
いや、おれが聞いてるんだけど。
「んー……? ま、いいや。じゃあ、今度こそ行こっか!」
店を出て、一本大きな通りに移動すると、そこがお祭りのメインストリートになっていた。
出店が立ち並ぶ。
夕暮れ時もあいまって、だいぶ人が増えている。
「この通りにこんなに人がいるの初めてみた」
「そうなんだよ、普段どこに隠れてるの?って感じだよね」
さっき話したような音を一つずつ録りながら歩いていると、
「あ、小泉、あれ」
と東条がいつもの小さな公園に聳え立つ大きな笹を指さす。
かたわらに仮設テントがあり、【短冊に願い事を書こう!】というようなポスターが貼ってあった。
商店街の企画らしい。
「ああ、これが詩の中の……」
「そうそう、あたしたちも短冊書こうよ」
「え、いやだよ……デジタルタトゥーじゃん……」
「短冊って由緒正しい超アナログな文化なんだけど」
「ていうかあれって子供用だろ?」
「あたしたち、未成年じゃん」
「そういう問題?」
「よし、ヘンクツヘリクツ自認オトナ小泉はほっとこう」
東条は呆れたように言いながらテントにたたっと駆け寄る。自認オトナはだいぶ悪口だろ。それと、下駄なんだから足元気をつけてくださいね。
二枚の短冊とサインペンを持って東条が戻ってくる。
「はい、書こう。あっちのテーブル使って良いってさ」
「わかったよ……」
ま、願うだけタダか。お賽銭もいらないらしいしな。
「んー何にしよっかなあ……先に名前書いちゃおう」
東条は自分の名前を短冊に記した。
「東条って良い字書くよな」
「何、いきなり褒めないでよ!? 嬉しくなるから!」
振り返る浴衣の東条。
「ていうか願い事ないなら短冊書かなくてよかったのでは?」
「……ヘンクツヘリクツ自認オトナ正論ハラスメント小泉」
「正論ハラスメントって。あとおれの名前、寿限無みたいになってる」
「あはは、たしかに」
少し笑ってから、東条は微笑みを浮かべたまま、
「……願いごとなら、あるよ」
ぽそり、とつぶやいた。
「……見ない方がよければどっか行ってるけど」
「おー、気遣い小泉じゃん……! ううん、でも、大丈夫」
東条はそういうと、短冊に願い事を書きつける。
その願い事を見て、
「東条……!」
おれは息を呑む。
……違和感は、あった。
こうして曲を作るってなった時に、彼女はいつも『私詩』からしか詩を出そうとしなかった。
別に不満があったわけじゃない。
ただ、『小泉が作ってくれた曲にあたしが詩をつける』と言ってもおかしくないのに、それを彼女がしなかった理由については少し気になっていた。
「いやー、そうなんだよね」
……しなかったのではない、出来なかったのだ。
そもそもあの日見た『ありのまま』……つまり、最新の詩が書かれていたのは——
『これ、去年の日付書いてある。中二の時に言われたんだろ? 去年は高一じゃん』
『すごい細かいところまで見てるね!?』
——去年だったじゃないか。
東条は申し訳なさそうに眉をハの字にして振り返る。
「小泉にあんなに曲作ってもらってて、こんなの本当に情けないんだけど」
その短冊に書かれていた願い事とは。
『また新しい詩が書けるようになりますように』




