第11小節目:ここから、ここから
「いつから、なんだ?」
東条と公園のベンチに腰掛けた。二人分の重さで軋むベンチ。
「んーとね、去年の12月あたりかなあ……」
「そうか……結構経つんだな」
「だねー」
きっかけはあったのか、とおれが尋ねる前に東条は続けてくれる。
「ダンス部って、2年生の11月に引退するんだよね。結構早いの。11月にダンスの大会があって、それに出て終わるんだよ。去年の2年生が引退して、あたしたちに代替わりしたんだけどさ。その頃、ちょっとね」
「ケンカ、とか?」
「ケンカっていうか、仲違いっていうか……音楽性の違いで解散、みたいな?」
「バンドじゃないだろ」
こんな時でも東条は冗談を交えることを忘れない。彼女の気遣いが少し、胸に滲みる感じがした。
「価値観の違い、かな。迫田奈美恵って知ってる? ダンス部の現部長。金髪で、いつも怒ってるような無表情してる人。あ、実は優しいんだけどね?」
「いや、知らないな」
とまで言って、
『それにしても、今日なみちぃいなくてよかったぁ……いたら、怒って大変だったよ』
思い出す。
「もしかして、なみちぃのことか?」
「え、なみちぃは知ってんの?」
「いや、なみちぃも知らないけど……ただ、樹里亜さんがいってたから」
「あー、たしかに言ってたかも。あたしは普通に奈美恵って呼んでるんだけど」
樹里亜さんと会った時のことを東条も思い出したらしい。
「まあ、とにかく、そういう子がいてね。あたしも大の仲良しだったんだけど」
「そこに価値観の違いが生まれたのか」
「そういうこと。奈美恵が部長に就任した時に、所信表明みたいなのあって。「今年は入選すらしなかったから、来年の目標は優勝しよう」って言ってたの。そこまでは別になんとも思ってなかったし、『がんばるぞー、おー』でよかったんだけど」
「練習量が多くなりすぎたとか?」
「お。よくわかるね?」
「まあ、似たようなことはどこの部活でもあるよな」
おれも中学の吹奏楽部時代にそういうことがあった。大会直前よりも大会直後の方が熱が入りやすいのもあるあるだろう。
「なんていうかさ、そういうのもたしかに青春だよね。甲子園とか、インターハイとか、コンクールとか。別にそうだと思うんだけど……。ただ、ほら、あたし、平日の青春がしたくてダンス部入ったのね?」
「平日の青春」
少し変わった表現だったけど、妙にしっくりきた。
初めて、一緒に帰った日、
『……能天気な陽キャがやりたかったんだよね』
と彼女が言っていたのを思い出す。
「元々、毎週水曜日が部活休みで。その日に奈美恵とこのベンチで語り合ったり、樹里亜とかともヨーカドーの地下のフードコート行ったり。そういうのが結構大事な時間だったりしたんだよ。だから、『せめて休部日は残さない?』って提案したんだけど、言われちゃったんだよね」
その先は簡単に想像できる。
「『え、それで優勝できるの? 莉音にとってダンス部って何? みんなで楽しくやってればそれでいいの? 向上心がないだけじゃん、楽したいだけじゃん』って。『でも、結果がすべてじゃないじゃん? そこまでの活動が全部部活動じゃん』みたいなこと言ったら——」
東条は苦笑いで頬をかく。
「——『いや、結果が出なかったら、なんの意味もないでしょ』って。怒ってたっていうか、若干引かれてたかも」
「……そうか」
「なんか、その頃から、詩が書けなくなっちゃって。この、誰に見せるわけでもない、なんなら自分しか読むつもりのない詩に、何の意味もないよなあって。でも、あたしにとっては詩が書けなくなるのは心をもがれるようなことだったから、……それで辞めちゃったんだよね」
「なるほど」
「でもさ、詩を書くのが大事だから辞めるとか意味分かんないじゃん?」
「意味は分かるだろ」
「いやいや、それが、詩だと意味分かられないんだよ。ダンスの大会に集中するために詩を書くのを辞めるならみんなきっと分かるんだけど、詩を書くためにダンス部辞めるのはまじで意味分かんないと思うよ」
「……なんだよ、それ」
本当は分かっていた。
優先すべき立派な活動と、無駄だとされる活動がたしかに存在する。
東条の詩も、コンクールに出すならもしかしたら立派な活動の方に入るのかもしれない。
でも、しかし、だ。
「だからって、東条に向上心がないなんてこと、ないだろ。楽したいだけでもない」
「そう?」
「ああ。音を録るために何回も椅子に座り直したり、ずぶ濡れになったり……詩を全部暗記したり、それに……」
おれはそっと、
「昨日と今日、ずっとMPCの練習してたんだろ?」
「……なんで?」
東条の指先をさす。
「指、赤くなってる」
そのために彼女は『どうせ明日も来るんだから置いていけば?』と言ったのだ。
「そう、だけど……。別に楽しくてやってることだし」
「楽しくったって、努力は努力だろ」
「そう、だよね……」
東条はもう一度大きなため息と共に口にする。
「そう、なんだよなあああ……!」
仰いだ空には星が出始めていた。
その横顔を見て、おれは言う。
「おれに何かできることあるか?」
「……え?」
「東条がまた詩を書けるために、おれが出来ること」
「それは……どうして?」
「どうして、とは?」
「どうしてはどうしてだよ……!」
東条は慌てたように言葉を継ぐ。
「あたしにそんなことしてくれる義理っていうか、メリットがないじゃん……!」
「いや、普通にもったいないからだけど」
おれがそう返すと、
「……は?」
なぜか時が止まる。
「もったいない? 何が?」
「せっかくMPC買ったのにもったいないだろ」
なんだか話が通じないのでじれったくなり、おれもまくしたてる。
「言っただろ? 死ぬまでの日割り計算で買ったって。つまり、死ぬまで使う前提で買ったんだ。なのに、今ある詩だけ曲にして終わりじゃ、計算が狂う」
「…………何それ!」
東条は目を丸くした後に、破顔する。
「あはは! まじで何それ、ひどい理屈なんだけど……! あはは……」
「それに、好きなんだ」
「……!」
「東条の——」
「え、小泉、待っ——!」
「——東条の詩が好きなんだ」
「うん、危なかった!」
東条はセーフ!の動作をしてから。
「告られんのかと思ったわ、やめてよいきなり」
「そっちが勝手にそう思っただけだろ……」
こっちこそやめてほしいわ。
「ん? ……いや、ていうか告白じゃないだけで、今言われたのも結構際どいな。普通に嬉しいし、やばいな……あたし自己肯定感低いんだから、あんまりやめてよね、そういうの……女子校出身だし……」
そして前髪をくしくししはじめる東条。
「女子校関係なくない?」
「関係あるし」
そういって、東条は勢いよく立ち上がる。
「よし、しめっぽいのおしまい! さっき録った音を取り込んでさっそく秘密基地で合わせてみよう!」
「はいよ」
おれも立ち上がり、歩き出した。
「ていうかさ、小泉」
——せっかく歩き出したのに、はたと立ち止まる東条。
「なんだよ?」
「さっきの発言について。死ぬまでの日割り云々の」
「ん? それが?」
『言っただろ? 死ぬまでの日割り計算で買ったって。つまり、死ぬまで使う前提で買ったんだ。なのに、今ある詩だけ曲にして終わりじゃ、計算が狂う』
「……あれ、死ぬまで続ける前提じゃん。あたしたち」
「いや……」
おれは顔を顰める。
「やめなければ終わらないんだから、そりゃそうだろ」
「……!」
おれが言うと、また東条は目を見開く。
「小泉って……」
また無粋とか言われるか?と思ったが
「最高だね!」
彼女はそう叫んでおれの肩を叩く。
ぱしん、と音が鳴って夜空に響いた。
「……今の音、録っておけばよかったな」
「うーんそれはちょっとキモいかも!」
東条は笑って2、3歩前に進んで、振り返る。
「同じこと思っちゃってたあたしも含めて!」




