↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結】ご報告いたします。妃殿下が現場で神がかっております  作者: 楽歩


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
9/35

9.王子に「お母様」と名乗る令嬢

「大丈夫でしたか!?」


 世話係長が慌てた様子で駆け込んできた。どうやら誰かが呼びに行ったらしい。


「ええ、大丈夫」


 私は腕の中の王子を見下ろした。



「ただ、王子様が驚いてしまったようなので……少しベランダで風に当たってもよろしいかしら?」


「もちろんです。ただ、手すりには近づかれませんようお願いいたします」


「ええ、分かりましたわ」


 王子を抱いたままベランダへ出る。夕方の風が心地よく頬を撫でた。



「アリシア」


 小声で呼ぶ。すると隣室のベランダから、アリシアがそっと姿を現した。


「はい、こちらに」


 私が口を開く前に、アリシアは深々と頭を下げる。



「言いたいことは分かっております。すぐに調べて参りますので、少々お待ちください」


 話が早い。


「お願いね」


「お任せください」


 アリシアの姿が消える。腕の中では、涙で頬を濡らした王子がようやく落ち着きを取り戻し始めていた。



「驚いたわね。お母様は一人だけなのに」


 私は柔らかな頬をそっと指先で撫でる。


「あー」


 まるで返事をするような声が返ってくる。思わず頬が緩んだ。



「世の中には変わった人もいるの。だから騙されては駄目よ?」


「あー!」


 真剣な顔で聞いている、ように見える。ふふ、可愛いわ。




「あ、そうだわ。フェニ!」


 私は空へ向かって呼びかける。すると、どこからともなく飛んできた。王子の目がまん丸になる。小さな頭が左右に動き、飛び回るフェニを一生懸命追いかけていた。


「あう!」


「王子、フェニよ。綺麗でしょう?」


 先ほどまで泣いていたのが嘘のようだ。王子は嬉しそうに手を伸ばす。どうやら動くものが好きらしい。フェニが旋回するたびに声を上げ、飽きることなく見つめていた。


 機嫌はすっかり直ったようだ。


「ふふ、さあ、湯浴みでもしてさっぱりしましょうね」


 王子を抱き直し、私は部屋へ戻った。その後は世話係へ引き継ぐ。本当は今日、添い寝にも挑戦してみようと密かに張り切っていたのだけれど。



「……それどころではなくなってしまったわね」


 エリスの件もある。警備の見直しもしなければならない。母親というのは、子どもを可愛がるだけでは務まらないらしい。


 私は小さくため息をつきながら、それでも穏やかな寝顔の王子を見て微笑んだ。




「王太子妃殿下。私です」


 自室に戻るとアリシアの声が扉の向こうから聞こえた。


「入って。どうだった?」


「調べて参りました」


 入室したアリシアは一礼すると、すぐに報告を始めた。



「公爵家の紹介で王宮に入った者たちが数名、手引きをしていたようです。門番もその一人だと」


「手引き?」


「エリス様は『父である公爵の付き添い』という名目で、先月から週に二度ほど王宮へ出入りしております」


「週に二度も……」


 思わず眉をひそめる。――暇なのかしら。そんな感想が真っ先に浮かんだ。


 そもそも公爵は出仕していないのだから、週に二度も王宮へ来ることなどない。その付き添いという理由にしても、あまりにも安直すぎる。にもかかわらず、それがまかり通っていたというのなら、問題はエリスだけではない。



「門番が通した後の役割分担です。まず文官が王子宮まで案内し、宮に入りましたら世話係が部屋まで誘導していたようです」


「あの方、目立つでしょう? こっそり忍び込むなんて無理よね」


「はい。ですが、隠れていたわけではありません。堂々と王宮へ入り、堂々と王子宮まで向かっていたようです」


 告げられる事実に、私は言葉を失った。これは、許しがたい。


 王宮の警備とは、何のためにあるのだろう。特に王子宮は、王族の中でも幼い王子を守るため、より厳重に管理されなければいけないはず。


 それなのに、これほど簡単に部外者が出入りできていたとなれば、管理がずさんだったというだけでは済まされない。



「……それで、今まで誰も問題にしなかったの?」


「エリス様が公爵令嬢であることを理由に、深く確認することを避けていた者が多かったようです」


「身元が確かなことと、王子宮へ自由に出入りさせていいことは別でしょう」


 思わず声が低くなる。



「ええ。その点も含め、今回関与した者たちについては改めて調査しております」


 王子に何かあってからでは遅い。


「王族を守るべき者が、その立場を利用されることを許したのですもの。二度と同じことが起こらないよう、責任の所在を明確にして、相応の罰を与えてなくてはいけないわ」


「承知しております」


 エリス様が悪い。それは間違いない。


 けれど、王宮という場所に、何人もの人間が手を貸さなければ侵入できないはずの場所へ、何度も入り込めていたこともまた事実なのだ。


 誰か一人を罰して終わりにしてしまえば、きっとまた同じことが起こる。


 今度は、もっと取り返しのつかない形で。

 



「それにしても、週に二度も来て、何をしていたのかしら」


「調べたところ、乳母や世話係の交代時間の隙を狙い、王子殿下を抱き上げていたようです」


「何ですって?」


「下の世話係たちは知っていたようですが、口止めされていました」


「口止め?」


「逆らえば職を失うと脅されていたようです」


 今日私を脅したときと同じね。思わずため息が漏れる。まったく。公爵令嬢の権力をそんなことに使うなんて。



「でも、王子は全然懐いていなかったわ。短い時間とはいえ、何が目的だったのかしら」


 今日の様子を思い出す。抱き上げられた瞬間から大泣きだった。アリシアは少し考えるように視線を伏せた。


「王子殿下に懐いていただくことかと」


「懐く?」


「『お母様ですよ』と話しかけていていましたよね」


「……」


 思い出した瞬間、再び腹が立った。勝手に抱き上げるだけでも許し難いのに。母親を名乗るなんて。




「つまり、母の座を狙っていたということ?」


 私が低い声で尋ねると、アリシアは首を横に振った。


「いえ。狙っていたのは王太子妃の座でしょう」


 その言葉に、私は目を瞬かせた。


「ご存じないかもしれませんが、エリス様はかつて王太子殿下の筆頭婚約者候補でした」


「ああ……」


 思い出した。結婚式の日。祝福の声に混じって感じた、ひどく鋭い視線。会場の隅に立っていた金髪の令嬢がエリスだったわね。


 その後も直接近づいてくることはなかった。けれど、夜会や式典のたびに視線だけは感じていた。まるで獲物を見失わない猛禽のように。




「そういうことだったのね……」


 ギルバートを諦めきれなかった、だとしても――。


 私は机の上で指を組む。




「つまり、留学中にギルバートが婚約者として私を選んだことが気に入らないのね。だからといって、私の息子を利用していい理由にはならないわ」


 静かに呟いた声には、自分でも驚くほど怒りが滲んでいた。私が拳を握りしめると、アリシアは静かに頷いた。


「おそらく、考えが浅はかではありますが、『王子に懐かれている自分こそ、王太子殿下の隣に相応しい』と示したかったのではないでしょうか」


 アリシアは、わずかに呆れを滲ませながら言う。



「随分と長期的な計画ね」


「全くです」


 王子に取り入り、その母親のような立場になる。『では、王太子妃に』となるわけがないのに。アリシアも同じ感想だったらしい。二人してため息をついた。



「それにしても、今日に限って、なぜ私がいる時に入ってきたのかしら」


 私はふと疑問を口にした。今までは乳母や世話係がいない時間を狙っていたはずだ。それなのに今日は堂々と姿を現した。



「ティナ様を高位貴族ではないと判断したのではないでしょうか。王太子妃殿下の縁故で入ったとしても、働くくらいなら爵位は低い娘、とでも思ったのでしょう」


「なるほど」


「もしくは、『王太子妃の親戚が乳母として職業体験をしている』という噂も耳にし、何かしらが刺激されたのかもしれません」


 アリシアは肩をすくめる。



「むしろ私の口から『王太子妃』にこの件が漏れるとは思わなかったのかしら」


「さあ、愚かな令嬢の考えなど、私にはさっぱり分かりません」


 アリシアの声に棘が混じった。その言い方に思わず笑いそうになる。




「そういえば、私を辞めさせるようなことを言っていたわよね」


 私は昼間のやり取りを思い出した。『明日ここにいないのはあなたの方ですからね』あの捨て台詞。



「どうするつもりだったのかしら?」


「私も不思議に思いました。そもそも、こっそり王子宮に通っているのに、誰を頼って辞めさせるするつもりだったのでしょう。悔し紛れの捨て台詞ではありませんか?」


「父親も無理でしょうね」


 それならそれでいい。だが――。私は表情を引き締めた。王子の寝室へ続く廊下を我が物顔で歩くき、王子を抱き上げる令嬢。誰も止めない世話係たち。思い返すだけで背筋が冷える。



「もしあれが本当に捨て台詞ではなかったら? 明日、何かしてくる可能性もあるわよね」


 エリスが今日の屈辱を黙って飲み込む人間とは思えない。



「その可能性は否定できません。どうなさいますか?」


 私は少し考えてから答えた。


「ギルバートには相談する。でも、明日、エリスを締め出したりしないわ」


 アリシアが目を細める。



「泳がせるのですね」


「ええ。真正面から受けて立つわ」


 何を考え、誰が協力し、どこまで入り込んでいるのか。今ここで蓋をするより、全部明るみにした方がいい。



「分かりました。死角になる場所へ暗部を配置します。世話係長にも極力近くで待機してもらいましょう。準備は滞りなく行いますので、お任せを」


「お願いね」


 これで王子の安全は確保できる。


 あとは――。明日、あの令嬢が何をしてくるのか。何をしてきても、負ける気はないけど。私は窓の外の夜空を見上げながら、静かに目を細めた。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。