33.歓喜の剣、迫る影
訓練場の中央で、私は目の前の騎士団長と向かい合っていた。魔法の使用も許可された、純粋な実戦形式の手合わせのため、互いに剣を持っている。
近くの枝にとまっている神獣フェリが、小さく鳴く。すると、私たちを包み込むように淡い光が広がり、透明な防御壁が訓練場を覆った。
「これで、多少派手に戦っても衝撃が外へ漏れることはありません」
「なるほど。ありがたい」
騎士団長は防御壁を見上げ、それから楽しそうに笑った。
「これなら、遠慮なくやれそうだな」
その目には、少年のような輝きが浮かんでいる。どうやら本当に楽しみにしていたらしい。
「では、お二人とも準備はよろしいですか?」
審判役を務めるアリシアが、私たちの間に立った。
「ええ」
「ああ」
私は剣を構える。正面に立つ騎士団長も、ゆっくりと剣を持ち上げた。
「それでは――始め!」
私は一気に踏み込み、騎士団長も真正面から迎え撃つ。
――ガキィン!
剣と剣が激しくぶつかり合った。
「……っ!」
重い。受け止めた瞬間、これまで感じたことのないほどの衝撃が腕を駆け抜けた。手首から肘、肩にまで痺れが走り、思わず足元へ力を込める。
さすがは騎士団長。
力が強いだけではない。踏み込み、体重移動、剣へ力を乗せるタイミング、そのすべてが洗練されている。
「ははっ!」
目の前で騎士団長が楽しそうに笑った。
「なるほど! これは気を引き締めなければならない!」
「それは、こちらの台詞です!」
私は剣を滑らせ、騎士団長の刃を外へ弾いた。騎士団長がさらに一歩踏み込む。猛烈な一撃が振り下ろされた。
「……くっ!」
私は咄嗟に身体を捻る。
直前まで私が立っていた場所を剣が凄まじい勢いで通り過ぎていった。直後、遅れて風圧が押し寄せ、髪が大きく煽られた。
地面へ叩きつけられた剣が砂を巻き上げる。
――速い。
もし、ほんの少しでも反応が遅れていたら。頬をかすめる程度では済まなかっただろう。
私は距離を取りながら、口元をわずかに上げた。胸が高鳴っている。怖いのではない。嬉しいのだ。これほどの騎士と、本気で戦えることが。
「では、私も遠慮なく参ります!」
私は地面を蹴り、一気に間合いを詰める。だが、騎士団長もただ待っているわけではなかった。剣を振り抜く。刃の軌道に沿って風が渦巻いた。鋭い風の刃が、私へ向かって放たれる。
私は足を止めず、咄嗟に魔力を展開した。目の前に風の壁が生まれる。
風圧に押し返された騎士団長の剣先が、ほんのわずかに逸れる。
けれど、そのわずかな隙で十分だった。地面を強く蹴り、風の流れに乗るように身体を滑らせた。
身体を捻り、一撃を放つ。騎士団長は即座に剣を構え、真正面から受け止めた。
「素晴らしい。魔法と剣を、これほど自然につなげるとは!」
「騎士団長こそ!」
私は力を込めながら答える。刃と刃が噛み合い、甲高い金属音が訓練場へ何度も響き渡った。
防護壁のおかげで、外へ音は漏れていない。けれど壁の向こうにいる騎士たちの様子は見える。
歓声を上げている者もいる。声は届かないが、彼らの表情だけで十分伝わってくる。私は視線を戻した。
今は目の前の相手だけに集中しなくては。
「まだまだ、参りますぞ!」
騎士団長が楽しそうに笑う。私は剣で受け、流し、時には風魔法で軌道を変える。
しかし、騎士団長も魔力を纏わせた剣で、風の流れごと断ち切る。
互いの力がぶつかり合うたび、足元の砂が舞い上がる。
呼吸が少しずつ乱れていく。額に汗が浮かぶ。それでも、どちらも止まらなかった。むしろ、剣を交えるほどに楽しくなってくる。
「ふふっ……あははは!」
楽しい。こんなにも心が躍る戦いは、いつ以来だろう。
「わははは!」
騎士団長も豪快に笑った。
「実に楽しい! こんな手合わせは久しぶりですぞ!」
激しい衝撃が腕を伝う。それでも、もっと戦いたいと思ってしまう。この時間が、永遠に続けばいい。
そんなことさえ思うほどだった。そして、再び二人同時に地面を蹴った。
「お二人とも、そこまでです!」
アリシアの鋭い声が響いた。
「……え?」
思わず動きを止める。騎士団長も剣を下ろした。
「どうした?」
アリシアは答えず、周囲を見回している。先ほどまでの笑顔は消えていた。
「……何か、おかしいですわ」
「何?」
「少々お待ちください」
アリシアが目を閉じる。意識を集中させ、周囲へ魔力を広げていく。そして――。
「……やはり」
小さく呟いた。何か異変かしら。
「フェリ」
私が呼ぶと、肩の上のフェリが鳴いた。防御壁がゆっくりと消えていく。途端に、外からざわめきが押し寄せてきた。
先ほどまで聞こえなかった騎士たちの声が、一気に耳へ入ってくる。
「途中でやめたぞ。何かあったのか?」
「手合わせは終わりなのか?」
騎士団長が周囲を見回す。アリシアは騎士団長と私へ近づき、声を落とした。
「どうやら、侵入者です」
「……何?」
「私の感知魔法に反応がありました」
その声は小さい。だが、緊張を孕んでいた。
「まだ正確な人数までは分かりませんが、すでに王宮に入り込んだ模様です」
騎士団長の表情から、先ほどまでの楽しげな笑みが消える。
世界樹、その存在を狙う者に違いない。
「……行きましょう」
私は静かに言った。騎士団長が頷く。
「せっかくの楽しい時間を邪魔してくれたんだ。侵入者には、それ相応の覚悟してもらわないとな」
「ふふっ。そうですね」
剣を握り直す。楽しい時間は終わった。
今度は、騎士として戦う時だ。私は騎士団長と並んで、アリシアが案内する方へ向かって駆け出した。




