30.説明不足にもほどがある
執務室に戻ると補佐官が一枚の封筒を持ってきた。
「宰相様。先ほどアリシア様がこちらを届けに参りました」
「報告書か」
封筒を手に取り、椅子へ腰を下ろす。中から紙を取り出し見ると、簡潔にこう書かれていた。
『本日、妃殿下は第六小隊へ配属。その後、中隊長代理となられました』
「……は?」
思わず声が漏れた。もう一度読むが、見間違いではなかった。
「中隊長代理?」
意味が分からん。初日だったはずだ。なぜ、中隊長代理にまでなっているのだ。
「説明が足りん……」
額を押さえながら紙を裏返す。すると追伸が書かれていた。
『追伸。騎士団では洗濯係の人数が不足しており、騎士が自ら洗濯をしております。洗濯回数を増やせるよう、人員の増員をご検討ください。』
「……追伸の方が長いではないか」
報告書を見つめながら、大きくため息をつく。どちらも理解できない。私は静かに立ち上がった。
「今の時間なら、騎士団長はまだ執務室にいるな」
直接聞いた方が早い。私は、騎士団本部へ向かった。
◇
コンコン。
「騎士団長、いるか」
「宰相様!」
扉を開けると、騎士団長が立ち上がった。
「ちょうど私から伺おうと思っておりました。申し訳ありません」
「いや、構わん。楽にしてくれ」
向かいへ腰を下ろす。
「まず聞こう。アリシアたちは迷惑を掛けていなかっただろうか」
「迷惑など、とんでもございません」
騎士団長は即座に首を横へ振った。
「むしろ、大変助かっております」
「そうか。それなら安心した」
一つ胸を撫で下ろす。
「それで……今日、小隊と中隊で何か騒ぎがあったそうだな」
「お聞きになられましたか」
騎士団長は苦笑する。
「ちょうど、その報告書を書きあげたところです」
「ならば、その報告はこのまま聞こう」
「承知しました」
騎士団長は姿勢を正した。
「実は、第六小隊が所属していた中隊の長が、女性騎士たちを不当に扱っておりました」
「……何だと」
「雑務ばかりを押し付け、訓練も満足に受けさせていなかったのです」
私は眉をひそめる。
「そのような話は初耳だ」
「私にも責任があります。報告の簡略化を推奨した結果、気付くことができませんでした」
騎士団長は苦々しい表情を浮かべた。やはり、報告は、詳細に聞くべきだな。
「その状況に気付かれたアリシア様とティナが、中隊長へ理由を尋ねられたのです」
「そして試合になった、と」
「ええ」
「アリシアも戦ったのか?」
「いえ。アリシア様は審判役です」
私は小さく頷く。
「では、ティナ一人だったのか?」
「正確には、第六小隊長のバレリーも参加しております」
ああ……何となく見えてきた。騎士団長も苦笑した。
「私が駆け付けた時には、すでに決着はついており、中隊長を初め、数名の騎士が地に伏せておりました」
数名?
「全て、ティナが相手をしたとか。一瞬の出来事だったと聞いております」
「……そうか」
「その場にいた騎士たちは口を揃えて申しておりました。『舞を見ているような美しい剣技だった』と。しかし、その一撃一撃の威力は圧倒的で、誰一人として手も足も出なかったそうです」
私は思わず苦笑した。騎士団長は少し言いづらそうに咳払いをした。
「中隊長と側近たちは訓練不足だったようで……受け身も満足に取れず、しばらく休養が必要との診断でした」
アリシアめ。わざと書かなかったな。人手不足を解消しに行って、さらに人手を不足させてどうする。
いや、実力不足なのもが世界樹の警備に行って何かあるよりましか?
「それで、この『中隊長代理』というのは?」
私は報告書を指差した。
「ああ、それですか」
騎士団長は頭をかいた。
「中隊長は処分が決まるまで職務を外します。しかし、新しい中隊長をすぐ任命するわけにもまいりません」
「だから代理か」
「はい。当初はアリシア様へ任せようと思っていたのですが……」
「何かあったのか」
「アリシア様がティナを推薦し、さらに模擬戦を見ていた小隊長や騎士たちも異論がなかったものでして」
アリシア……。
「宰相様。私の判断で任命してしまいましたが、問題ございませんでしょうか?」
私はしばらく考えた後、小さく笑った。
「騎士団長の判断に任せよう。我が娘がそう言ったのであれば、何かの責任が生じた場合、私が責任を取ろう。気にするな。そうだ、アリシアから、洗濯係の増員をお願いしたいと連絡があってな。明日から人選を始める。待っていてくれ」
私がそう告げると、騎士団長は安堵したように表情を緩めた。
「それは助かります。では、こちら、まとめた報告書です」
「ああ、いただこう」
私は報告書を受け取り、騎士団長の執務室を後にした。廊下を歩きながら、書類へ目を落とす。
なるほど。第六小隊の女騎士たちは、本来の訓練だけでなく、中隊全体の洗濯や配膳、雑務まで押し付けられていたのか。
そのせいで訓練時間は削られ、実力を示す機会すら失っていた。
「……女性だから、か。二人が怒るはずだ」
妃殿下とアリシアが最も嫌う理不尽だ。
だから、中隊長へ勝負を挑んだ。
私も騎士団全体を把握しているつもりだった。しかし、実際には末端で起きていた問題を見落としていた。
これは中隊長一人の責任ではないし、必要なのは、業務の見直しだ。
騎士は本来の任務である訓練と警備に専念させる。それが組織としてあるべき姿だ。
「……これを機に、王宮全体の人員配置も見直す必要があるな」
私は報告書を閉じ、小さく頷いた。世界樹が現れたことで仕事は山積みになった。
だが同時に、長年見えなかった歪みを正す機会でもある。
「女性を敵に回す恐ろしさを知らんとは、愚か者め」
まして相手は妃殿下とアリシアだ。
勝てるはずがないだろう。私は身をもって知っている。




