29.眠れる剣、目覚める時
訓練場へ移動すると、瞬く間に人だかりができた。
「それでは、私が審判を務めます」
アリシアが、双方を見回した。
「模擬戦ですので、命を奪う攻撃は禁止。剣は木刀で。勝敗は戦闘不能、または降参をもって決します。よろしいですね?」
「ああ」
「はい」
私は静かに木剣を構えた。勘はすぐに取り戻せるかしら。
「始め!」
アリシアの合図が聞こえた。
中隊長が反応するより早く、その懐へ潜り込む。
「ぐっ!」
腹部へ二撃。体勢が崩れたところへ背中を打ちつける。
「勝者――ティナ」
アリシアが淡々と告げたが、歓声は上がらない。
中隊長はぴくりともしない。たったあれだけでだけて、気を失ったのかしら。
木剣を軽く肩へ担ぎ、周囲を見渡した。
「納得できないのであれば、かかってきなさい! まとめて相手をしよう」
「生意気な!」
「怪我しても文句を言うなよ!」
バレリー隊長と対峙していた騎士や先ほど中隊長の部屋にいた側近の騎士たちが前へ出る。四人か。少ないわね。
「では、一度にどうぞ」
その言葉に騎士たちは一斉に飛び出した。四方八方から振るわれる木剣。だが、問題はない。
攻撃をかわし、相手の剣を受け流す。だいぶ勘が戻ってきたわ。
相手の手首や肩、脚を正確に打ち抜く。
「ぐっ!」
「しまっ――」
「速い!」
世界樹の警備で人手不足なんだもの。怪我をさせるわけにはいかないわ。
最後の一人の木剣を軽く弾き飛ばした。
カラン――。乾いた音が訓練場に響く。
私は倒れた騎士たちを見回し、小さく息を吐いた。
「た、助けてくれ……」
「腰が……腰が動かん……」
騎士たちは顔をしかめながら、一向に立つ気配がない。
一撃しか当てていないのに大袈裟な。できる限り手加減をし、しばらく動けなくなる程度に抑えたはずだった。
バレリー隊長が苦笑する。
「中隊長と側近たちは……訓練にはほとんど参加しておりませんでしたから」
「え?」
「指揮を理由に、ご自分では剣を振るわれませんでした」
なるほど。
「騎士団長が来たぞ!」
訓練場の入口がざわつく。騎士団長が数名の側近を連れて足早にやって来た。
倒れた騎士たちと、中隊長の姿を見て眉を上げる。
「……これは、何事だ」
アリシアが一歩前へ出て、優雅に一礼した。
「ご説明いたします」
アリシアは中隊長が第六小隊へ雑務を押し付けていたこと、女性騎士を「力不足」と決めつけて訓練の機会すら奪っていたこと、そして模擬戦に至るまでを順を追って説明した。
騎士団長は最後まで黙って聞いていた。そして静かに目を閉じる。
「……そうか。ここは、女の騎士たちの怪我が少ないと聞いていたのだが、そういうことだったのか」
短く呟く。なるほど、だから私たちがここに配置されたのね。
「いや、細かく報告させなかった私にも責任がある」
訓練場が静まり返る。騎士団長は倒れている中隊長を見下ろした。
「これは見過ごせんな」
そしてアリシアへ向き直る。
「アリシア、正式な処分が決まるまでの間、第六小隊を含むこの中隊の中隊長代理をお願いしたい」
周囲がざわついた。
「実力も統率力も十分だ。異論がある者はいるか?」
アリシアが手を挙げる。
「はい、異論があります。代理は、ティナでお願いしたく思います」
「何、ティナか?」
「ご説明した通り、ここで実力を示したのは、ティナです。私は、ティナの配下で構いません」
アリシアったら。呆れていると、バレリー隊長が、声を上げる。
「私もティナが適任かと。騎士団は実力主義、誰も異論はないかと思います」
「そうか、では決まりだ」
え? いいの? 騎士団長は私へ近づく。
「よろしく頼む」
「一時的しかいませんが、お任せください」
その言葉に、騎士団長は満足そうに頷いた。そして振り返る。
「中隊、前へ!」
バレリー隊長を先頭に、女性騎士たちが整列する。
続いて、先ほどまで周りで見ていた騎士たちも列へ加わっていく。騎士団長は高らかに告げた。
「本日より、正式な中隊長が決定するまでの間、ティナを中隊長代理とする!」
最初に片膝をついたのは、バレリー隊長だった。
「第六小隊長バレリー。中隊長代理ティナ殿に忠誠を誓います」
その姿に続くように、第六小隊の女性騎士たちも次々と跪く。
「忠誠を誓います!」
さらに意外なことに、第六小隊以外の騎士たちまで前へ進み出た。
「俺たちもです」
「ご指導ください!」
一人、また一人と膝をつく。その様子に騎士団長は目を見開いた。騎士の一人が苦笑しながら口を開く。
「実は以前から、中隊長と側近たちのやり方には皆うんざりしていたのです」
「中隊長や側近の方々は『指揮官は体力を温存するのも仕事だ』と言って、訓練場にほとんど姿を見せませんでした」
「雑務は第六小隊へ押し付ける。私たちの功績は自分たちのものにする。それが当たり前になっていました」
口々に不満があふれ出す。今まで我慢していたものが、一気に堰を切ったようだった。
「だから今日の模擬戦を見て、胸がすっとしました」
「正直、あそこまで圧倒するとは思っていませんでしたが……」
「見事でした!」
あちこちから笑い声まで上がる。騎士団長はゆっくりと倒れている中隊長たちへ視線を向ける。
「足が……つった……」
「腰が痛い……」
情けない声が次々と聞こえてくる。私は首を傾げた。
「……そこまで強く打った覚えはないのですが」
騎士団長は深くため息をついた。
「訓練不足で自分の身も守れなかったということか」
「その通りです」
医務官が到着し、中隊長たちを診察しながら報告する。
「骨折はありません。しかし、しばらくは安静が必要でしょう」
「大変だわ、アリシア……ますます人手不足になってしまったわ。オスカー、怒るかしら」
「そうですね。黙っていましょう」
私たちの内緒話のそばで、訓練場には苦笑が広がっていた。
「全く……自業自得とはいえ、困ったものだ」
騎士団長も額に手を当て、小さく笑った。




