28.騎士団で見つけた理不尽
「アリシア、あなたも一緒だなんて嬉しいわ」
「私も楽しみですわ、妃殿下」
アリシアは微笑みながら、すぐに小さく咳払いをした。
「……でも、ここからは学院時代の同級生で、妃殿下の親戚という設定なのですから、『ティナ』とお呼びしてはいけません」
「もちろんよ。ふふ、学生時代を思い出すわね。敬語も不要よ」
もともと「ティナ」もアリシアだけが使う私の愛称だった。
「じゃあ、ティナ。行きましょう」
二人で顔を見合わせて笑い合い、騎士団の詰所へ向かった。扉をノックすると、中から力強い声が返ってくる。
「入れ」
部屋へ入ると、騎士団長と騎士が待っていた。
「本日より職業体験で参りました。こちらはティナです」
「騎士団長、よろしくお願いいたします」
「ああ、よく来てくれた。よろしく頼む、アリシア様、ティナ様」
騎士団長が丁寧に頭を下げると、アリシアは苦笑しながら首を横に振った。
「一時的とはいえ、本日から私たちは騎士団の一員です。どうか敬称は不要にしてください」
「そうか。では遠慮なく。二人を歓迎する」
騎士団長は頷くと、一人の騎士を手で示す。
「アリシアとティナは、第六小隊へ配属する。こちらが第六小隊長のバレリーだ」
前へ進み出たのは、背筋を真っすぐ伸ばした凛々しい女性騎士だった。確か、第六小隊は女性騎士だけで編成されている部隊だったわね。
胸の高鳴りを抑えながら、私はバレリー隊長へ一礼した。
「では、案内する。付いてきなさい」
騎士団の建物を抜け、女性騎士たちが集まる区画へ案内される。
「みんな、集まりなさい」
バレリー隊長の一声で、騎士たちが集まってきた。
「今日から加わるアリシアとティナよ。一週間という短い間だけれど、仲良くしてあげて」
「よろしくね!」
「困ったことがあったら何でも聞いて」
温かい雰囲気にほっと胸をなで下ろしたところで、バレリー隊長が手を叩いた。
「それじゃあ、早速だけど私たちの仕事を説明するわ」
仕事と聞いて、私は姿勢を正す。
「第六小隊は第二中隊所属。私たちの主な仕事は、中隊に所属する騎士たちの洗濯、武器の手入れ、そして食事の配膳よ」
「……え?」
思わず聞き返してしまった。
「バレリー隊長、そういう仕事は、洗濯係や使用人の方が担当されるのではないのですか?」
王宮には専門の部署があるはずだ。けれど、バレリー隊長は静かに首を横へ振った。
「洗濯係が洗うのは、一日に一度。でも、騎士は何度も訓練をするでしょう? 汗をかく量も多いし、すぐに汚れるから、とても間に合わないの。それに武器も同じよ。鍛冶師が修理してくれるのは刃こぼれや破損した時だけ。普段の手入れや錆びないように磨くのは、自分たちでやらなくちゃいけないの」
自分の分だけならわかる、でも先ほど「中隊に所属する騎士たちの」と言ったわ。
「では、その合間に訓練をされているのですか?」
そう尋ねると、その場の空気が少しだけ重くなった。周りの女性騎士たちは顔を見合わせた。やがてバレリー隊長が、小さく息を吐く。
「訓練の時間は……ほとんど取れないわ」
騎士なのに? どういうことかしら。
「他の中隊は違うの。でも、第二中隊だけは事情が少し違うのよ」
「事情、ですか?」
「第二中隊長は伯爵家のご出身。私たちは子爵家以下の出身者ばかりだから、逆らえないの」
その言葉だけで、何となく察してしまう。中隊長がこの小隊を軽視しているのだろう。
「他の中隊では女性騎士も普通に訓練へ参加しているわ」
バレリーさんは悔しそうに拳を握り締めた。
「『女が戦えば中隊全体の実力が下がる』『力も弱いのだから雑用でもしていろ』……そう言われているの」
「――なんですって?」
思わず声が大きくなった。訓練をする機会すら与えられず、洗濯や配膳ばかり任される。
それで実力が伸びないと言われるなんて、あまりにも理不尽だった。ふつふつと怒りが込み上げてくる。
「アリシア」
私は小さく声をかける。
「ええ、ティナ。行きましょう。バレリー隊長、少し場を離れます」
「えっ、ちょっと、二人とも!」
慌てたバレリーさんが私たちの後を追いかけてくる。向かった先は、第二中隊長の執務室だった。コンコン、と扉を叩く。
「失礼します」
「入れ」
中へ入ると、机に向かって書類へ目を通していた中隊長が顔を上げた。
「なんだ、君たちは……。あっ、アリシア様ではありませんか。なぜ、このようなむさくるしい場所へ?」
アリシアは気にした様子もなく、一歩前へ出る。
「聞いていないのですか? 本日より世界樹周辺の警備強化に伴う人員不足解消のため、私たちはこちらで協力することになりました。こちらはティナです」
「ティナと申します。本日よりよろしくお願いいたします」
「ああ、そうでした。今日からでしたな。わざわざ挨拶などよろしかったですのに」
アリシアは早速、本題へ入る。
「ところで、第六小隊の仕事内容についてお聞きしたいことがあります」
「何でしょう?」
「私が認識している小隊の任務とは異なっているようですが」
中隊長は特に悪びれる様子もなく肩をすくめた。
「ああ、そのことですか。彼女たちは力不足ですからな。我が第二中隊の洗濯や武器の手入れ、配膳などの雑務を担当してもらっています」
何の疑問も抱いていない口調だった。
「危険な任務に就かせるより、その方が安全でしょう。怪我をする心配もありませんし、女性にはちょうど良い仕事ですよ。ですので、アリシア様達も安心してお過ごしください」
私は思わず拳を握り締める。訓練をさせずに雑務だけを任せ、その上で「力不足」と決めつける。それでは強くなれるはずがない。隣を見ると、アリシアも静かな笑みを浮かべていた。
「中隊長様、少しよろしいでしょうか」
私が一歩前へ出ると、中隊長は面白そうにこちらを見た。
「ティナだったかな。何だ?」
「先ほど、第六小隊の皆さんは力不足だから雑務を任せている、とおっしゃいました」
「ああ、その通りだ」
「それは、実際に力試しをされた結果なのでしょうか?」
部屋の空気が一瞬静まり返る。次の瞬間――。
「ぶっ!」
「ははははっ!」
執務室にいた側近らしい騎士たちが一斉に笑い出した。
「何を言い出すかと思えば」
「女と力比べだって?」
皆、面白い冗談でも聞いたように肩を震わせている。嫌な笑い方だわ。中隊長も口元を歪め、呆れたように肩をすくめた。
「そんなことをするまでもないだろう。我々、男に力で敵うわけがない」
それが常識であるかのように言い切る。私は表情を変えず、静かに問い返した。
「では試してもいない、と?」
「必要ない」
中隊長は椅子へ深く腰掛け直し、やれやれと首を振る。
「火を見るより明らかなことを、わざわざ確かめる必要はいないだろう」
小さくため息が出た私に気付いたのか、アリシアが一歩前へ出る。
「ならば、お試しになりますか? 私がお相手いたしましょう」
アリシアの声が静まり返った部屋に、響く。中隊長は目を丸くしたあと、大きく笑い出す。
「はははっ。アリシア様、ご冗談を。幼い頃から訓練を積まれていることは存じております。その実力も疑ってはおりません。そうですな、アリシア様は小隊ではなく、この中隊で働くということでどうでしょう」
そう言うと、中隊長は第六小隊へ視線を向けた。
「しかし、お試しか。そうだな、一度実力の差を分からせても良いか……バレリー。君が我々の誰かと相手をするか?」
突然名前を呼ばれたバレリー隊長は、びくりと肩を震わせた。
「……私、ですか」
「せっかくの機会だ。実力を見せてもらおうじゃないか」
周囲の騎士たちは面白そうに笑っている。けれど、その笑いは期待ではない。
"どうせ負ける"――そんな確信に満ちた笑みだった。バレリー隊長は小さく息を吸い、震える手をぎゅっと握り締める。
「……機会をいただけるのでしたら、お受けします」
その声は決して大きくはなかったが、逃げるつもりはないという意思が込められていた。私は一歩前へ出る。
「もしよろしければ、バレリー隊長と私の二人でお願いいたします」
「ほう? 二人で一人と戦うつもりか?」
「いいえ。そちらも二人でお願いいたします」
私は首を横に振る。
「ははっ!」
部屋中から笑いが起こる。
「一人対二人でも構わんというのに」
「ご配慮、ありがとうございます。もしよければ、二人のうち一人は、中隊長様にお願いしたく思います」
私は微笑みを返した。
「……私だと?」
先ほどまで余裕の笑みを浮かべていた中隊長の表情がわずかに引きつる。
「中隊長様は、第六小隊が力不足であると判断なさった方です。そのご本人に判断していただくのが、一番公平かと思いました」
「……いいだろう。では、今から始めよう。だが、生意気な口をきいたのだ、君が負けたら明日から来なくていい。分かったな!」
私は小さく微笑んで頷いた。




