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【完結】ご報告いたします。妃殿下が現場で神がかっております  作者: 楽歩


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21.妃殿下は少しだけ改良がしたい

「君には、これから薬草を採ってきてもらうことになるけど、いいかな?」


「はい。お任せください」


 


「薬草採取以外で手が空いた時は……そうだな、掃除をお願いしよう。ただ、うっかり先輩たちが必要としている物まで片づけられてしまうと困るから、作業台の上には勝手に触れないようにね」


 確かに、どれが必要でどれがいらないものかの判断は難しそうだ。



「それと、興味があるなら邪魔にならない範囲で仕事を見学しても構わないよ」


「分かりました」


 キリルさんの言葉に頷く。


 調薬院での私の主な仕事は薬草の採取と、手が空いた時の簡単な手伝い。


 まずは任されたことをきちんとこなさなければならない。けれど、指定された薬草はすでに先ほど採取して届けたばかりだったわ。


 あら……思ったよりも早く終わってしまった。




「さて……」


 私は周囲を見渡した。せっかくキリルさんから許可をいただいたのだ。


 ならば、先輩方がどのように薬を作っているのか、勉強させてもらおう。




「少し見学させていただいてもよろしいでしょうか?」


 そう声をかけても返事は思っていた通りなかった。


 私は調薬師たちの作業を邪魔しないよう、少し離れた場所からその様子を眺めることにした。



 調薬院の中では、それぞれが黙々と薬の調合を進めている。


 すり鉢で薬草をすり潰す者、秤で分量を量る者、火加減を見ながら煎じる者。


 薬草の青々とした香りと、乾燥させた薬の独特な匂いが部屋いっぱいに漂っていた。


 これは胃薬ね。こちらは傷薬……。調合されていく薬を見ているだけでも勉強になる。


 ふと、見た調薬師の手元では、傷薬に仕上げの薬草を加えようとしていた。思わず足が止まる。


 もし、そこにヘシア草を少量加えれば、薬効の浸透がさらに良くなるはず。傷の治りも、今より早くなる可能性がある。




「その薬草ではなく――」


 口から出かかった言葉を、私は慌てて飲み込んだ。


 いえ、駄目よ。


 オスカーに、目立ちすぎないようにと言われたのだったわ。


 求められてもいないのに口を出すのも失礼だし。私は小さく息をつき、余計なことは言わずに静かに見学を続けることにした。



 見学を終え、調薬院の中を歩いていると、使われていない調合台が目に入った。


 薬瓶や器具はきれいに整理されているものの、誰も使っている様子はない。私はキリルさんに声をかけた。



「キリルさん、この調合台は使われていないのですか?」


「ああ、そこは長期研修に出ている先輩の調合台なんだ。今は空いているよ」


 それなら……。




「もしよろしければ、少し使わせていただくことはできますか?」


 キリルさんは少し驚いたように目を瞬かせた。




「ティナは調合ができるのかな?」


「はい。学院で基礎は習いましたので」


「そうだったんだね」


 彼は納得したように頷く。




「ただ、人が口にする薬や飲み薬を作るとなると許可が必要だし、経験も求められる。調合する物によっては院長から許可が下りるかな? 何がしたいんだい?」


「洗剤の改良をしてみたいのですが、いかがでしょうか?」


「洗剤の改良?」


 キリルさんは少し考え込んだが、すぐに笑顔を見せた。



「ああ、それなら問題ないと思うよ。薬ではないし、調薬院でも日用品の研究はしているからね。僕から院長に許可をもらえるよう話しておくよ」


「本当ですか? ありがとうございます」


 やったわ! もっとも、許可をもらわなければならない相手は、院長だけではない。


 オスカーの許可も必要ね。勝手な行動をして、また、もう職業体験は終わりって言われたらいやだもの。



     ◇




「お父様、今よろしいでしょうか」


 執務室の扉が控えめに叩かれ、娘が姿を現した。




「ああ、構わない」


 初日だというのに、もう報告に来たのか。私は手を止め、娘へ視線を向ける。


 何か問題でも起きたのだろうか。


 職業体験は始まったばかりだ。わざわざ執務中に訪ねてくるということは、何か判断を仰ぐ必要があるのだろう。


 だが、娘の表情からは何も読み取れない。


 妙に大人しい。静かな娘ほど警戒しなければならないことを、私は長年の経験で嫌というほど学んでいた。




「どうした?」


「妃殿下が調薬院で、洗剤の改良をしたいとおっしゃっているのですが、許可をいただけますか」


「……洗剤の改良?」


 思わず聞き返した。調薬院で調合の様子を見学して、自分でも何か作ってみたくなったのだろう。


 だが、薬ではなく洗剤とは予想外だった。


 薬を作るとなれば、安全性や責任の問題から簡単には許可できない。


 しかし、洗剤であれば……。しかも、一から新しいものを作るのではなく、既存の洗剤の改良。それならば、大きな問題はないだろう。




「そうだな。洗剤であれば問題ない。許可すると伝えてくれ」


「かしこまりました。妃殿下も、きっと喜ばれます」


「……それだけか?」



 念のため、確認する。アリシアは不思議そうに首を傾げた。


「はい、それだけですわ」



 そう言って一礼すると、アリシアは、静かに執務室を後にした。


 閉まった扉を見つめながら、私は息をつく。


 もっと無茶な相談が来るものと覚悟していたが、この程度ならむしろ可愛らしい願いだった。


 ……どうやら今日は、私の取り越し苦労だったようだな。


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