12.間違った運命
国王陛下の視線の先には、ヴァロワ公爵と、その娘であるエリス様、二人が立っていた。公爵は顔面を蒼白にしていた。額には汗が浮かび、両手はわずかに震えている。その隣で、エリス様は俯いていた。
謁見の間に、重苦しい沈黙が落ちる。やがて、陛下が口を開いた。
「ヴァロワ公爵」
「は、はい……」
呼びかけられただけで、公爵の肩が大きく跳ねた。
「そなたの娘、エリス嬢の指示で、王子の食事に毒が混入された」
「へ、陛下……!。 何かの間違いです。娘は、そのようなことを――」
陛下の声は静かだった。声を荒らげているわけでもない。その視線を受けた瞬間、公爵の顔からさらに血の気が引いていく。
「では、そなたは、娘が指示していないと断言できるのだな?」
陛下がそう問いかけると、ヴァロワ公爵は一瞬、言葉を失った。けれど、すぐに顔を上げる。
「もちろんでございます! 娘は、王子殿下を害するような真似など、決して――」
「では、これを見よ」
陛下が手を差し出す。その手に握られていたのは、報告書だった。近衛兵がすぐさま歩み寄り、陛下から報告書を受け取る。それを恭しく両手で捧げ持ったまま、ヴァロワ公爵の前まで運んでいった。
公爵は、差し出された報告書を見つめた。宰相の声が、静かに謁見の間へ響く。
「毒の入手経路。毒を厨房へ持ち込んだ者。食事に混入した者。そして、その者へ指示を出した者。すべて確認済みでございます」
エリスの肩が、びくりと大きく震えた。
「誰かの偽造です! 私は貶められたのです!」
必死に否定する声が、謁見の間に響き渡る。
「毒を購入した者が、なぜエリス嬢から金銭を受け取っていたのでしょう? なぜ厨房へ入るための手配をした者が、そして毒を混入した者が、エリス嬢からの指示書を受けていたのでしょう?」
宰相は、ほんのわずかに目を細めた。一つひとつの言葉が、逃げ道を塞いでいく。エリスの顔から、血の気が引いた。
「違います!」
エリスが叫んだ。さっきまで俯いていた彼女が、弾かれたように顔を上げる。
「私は、王子殿下を殺そうとしたわけではありません! だってあの薬では死にませんもの。あっ……」
――謁見の間に、沈黙が落ちた。エリス自身が、何を口にしたのか理解したのだろう。その顔から、みるみるうちに血の気が引いていく。公爵が、ゆっくりと娘を見る。
「エリス……お前は、今、何と言った?」
その声には、戸惑いと、信じたくないという感情が滲んでいた。
「お、お父様……本当に、殺すつもりなどありませんでした! 私はただ――」
エリスは、縋るように父親へ向き直った。しかし、陛下の声が、彼女の言葉を遮った。
「ただ、何だ?」
「私は……少し苦しんでもらって……本当に、あの薬では死なないのです! 現に私は生きております」
少し苦しませる? 王子の命を脅かすものを食事に混ぜておきながら、それを「少し苦しませる」と言える、その感覚が信じられない。自分でも身をもって苦しいことを知ったはずなのに。
エリスの顔には、苛立ちと焦りが浮かんでいる。
「ただ、あの乳母を……あの生意気な乳母を、王子殿下のそばから離そうとしただけなのです。 私の邪魔をするから!」
謁見の間に、再び静寂が落ちた。私は、彼女を見つめて、問いかける。
「邪魔? あなた、王子の母になりたかったそうね。その計画を乳母が邪魔したということかしら」
「そうよ!」
彼女は叫んだ。もう、取り繕うつもりもないのだろう。公爵は青ざめ震えるばかりで娘を止める気力もないようだ。
「本当は、私が王太子妃になるはずだったの。私が最有力候補って、皆そう言って……。なのに、あなたが留学中王太子殿下を惑わすから……その場所は私のものだったのよ!」
エリスの声が、謁見の間に響き渡る。
「だから、私は正しく戻そうとしたの! 今からだって遅くないわ。私が王子殿下の母になり、王太子殿下を支えるの! それが私の運命。間違ってしまった運命を、元に戻そうとしただけよ!」
彼女の瞳には、狂気じみた確信が宿っていた。エリスは、縋るように王太子殿下を見つめた。
ただ静かに聞いていた、殿下が口を開く。
「私には、理解できない。私の運命は、最初から彼女だけだ」
エリスの表情が大きく歪んだ。王太子殿下は、もう彼女を見ていなかった。その視線は、ゆっくりと私へ向けられる。その目に映っているのは、私だけだった。エリスがその場に崩れ落ちる。
「もうよい。薬だろうが毒だろうが関係ない。王子を害する目的で食事に混入させた。その事実だけで、そなたの言い分など聞く価値もない。苦しませようと考えただけで、重罪だ」
陛下は、ゆっくりと公爵へ視線を向けた。
「エリスは、公爵の付き添い口実で、頻繁に王宮へ出入りしていた。そなたは、知らなかったのか?」
「……いいえ」
公爵の顔から、さらに血の気が引いていく。公爵は知っていたのだろう。娘が王宮へ通っていることも、王子殿下のそばへ近づこうとしていたことも。それでも、止めなかった。
「ヴァロワ公爵家の爵位を剥奪し、領地も没収する。また、領地は王家が預かるものとする。そして――」
陛下が、淡々と告げた。その先を聞く前から、公爵の身体がわずかに揺れた。
「ヴァロワ公爵家の一族に、王都からの追放を命じる。今後、王宮への出入りも一族全員に禁ずる」
「陛下……!」
「異論は認めぬ」
公爵は、力なく頭を垂れた。もう、反論することも、娘を庇うこともできなかった。
「エリス。そなたは毒ではないと言ったな。薬なのだろう? ならば、エリスへの罰も決めた」
陛下の口元に、わずかに冷たい笑みが浮かんだ。
「毎日、その薬とやらを飲むがよい」
「ひっ……」
エリス嬢の喉から、かすかな声が漏れる。
「なに、少し苦しむだけなのだろう? 死ぬことはないのだろう? 薬であれば、身体に良い効果もあるかもしれぬな。もしかしたら、罰にはならないかもしれない。私は何と甘いことだろう」
陛下は、先ほどエリス自身が口にした言葉を、そのまま返した。
「そ、そんな……いや……」
エリスは、呆然と項垂れた。自分が欲しがったものとは、あまりにもかけ離れた結末ね。




