春香の実家と姉
駅からタクシーに乗り、春香の家へ向かう。
到着してすぐ、亮太はその家を見て唖然とした。
「で、でかい……」
大きな門をくぐると、広い庭。
庭の真ん中には、人工的な小川まで流れている。
亮太は圧倒されながら、春香の後ろをついていった。
「春香の家って、金持ちだったんだな」
「お爺ちゃんが、ちょっと偉い人でね」
「偉い人?」
政治家か何かだろうか。
そんなことを考えていると、春香は何でもないことのように言った。
「まあ、私が婿養子もらって、この家を継ぐつもりだけどね」
「そうか。頑張ってな」
亮太は無意識にそう返していた。
自宅のドアを開ける。
すると、奥からスリッパの音が聞こえてきた。
誰もいないと思っていた亮太は少し焦る。
玄関に現れたのは、一人の女性。
「こんばんは。春香の姉の香澄です。ゆっくりしていってね」
「あ、あの。亮太です。お邪魔します」
亮太は必要以上に大きな声で挨拶してしまった。
春香の姉、香澄さん。
落ち着いていて、立っているだけで大人っぽく見える。
子どものように振る舞う春香とは、まるで違う。
亮太は少し緊張しながら、大きな家の中へ入る。
春香はリビングとトイレの場所だけ教えると、そそくさとどこかへ行ってしまった。
普通、初めて彼氏を家に呼んだ時くらい、もう少し気を遣うものではないだろうか。
そう思っていると、香澄がキッチンの方から声をかけてくる。
「夕飯作るから、よかったら食べていってね」
「ありがとうございます」
香澄は春香とは真逆だ。
美人で気が利くし、話し方も優しい。
きっと、かなりモテるのだろう。
亮太はそう思った。
春香はウォークインクローゼットへこもり、戻ってこない。
亮太は手持ち無沙汰だったので、自然と香澄の手伝いをすることになった。
皿を出す。
箸を並べる。
簡単な野菜を洗う。
香澄はそのたびに、「ありがとう」と言ってくれる。
その一言だけで、少し救われる気がした。
食事の準備ができた頃、春香がようやくキッチンへやってくる。
「ごはん、まだ?」
ぶっきらぼうな声。
その瞬間、香澄の表情が変わる。
「春香、あんた何してたの?」
「え?」
「お客さんの亮太くんが手伝ってくれてるのよ」
亮太は驚いて香澄を見る。
「普通、あんたが手伝うところでしょ!」
「別にいいじゃん」
「よくない」
香澄の声は厳しい。
「そういうところ直さないと、振られても仕方ないわよ」
春香はばつが悪そうに黙った。
亮太は胸の奥が軽くなるのを感じる。
自分がずっと言いたかったことを、香澄が代わりに言ってくれた気がした。
さすが姉だ。
春香のこういうところを、よく分かっている。
食事が終わると、春香はまたウォークインクローゼットへ戻ってしまう。
その間、亮太は香澄と話をしていた。
「ごめんね。春香、あんな感じで」
香澄が申し訳なさそうに言う。
「いえ」
「春香って、ちゃんと彼氏ができたことないのよ」
「そうなんですか」
「うん。昔から、王子様みたいな人と結婚するって言っててね」
香澄は少し困ったように笑った。
「見た目とか、分かりやすい肩書きとか、そういうものばかり見ちゃうの」
亮太は少し納得する。
だから、自分にはあまり関心がないのかもしれない。
「いや、僕も頑張ってるんですけど、なかなか」
亮太は苦笑した。
香澄はそんな亮太を見て、少しだけ表情を和らげる。
「長い目で見てあげてね。お願い」
そう言って、亮太の目を見た。
亮太は一瞬、言葉に詰まる。
まずい。
こんなふうに優しくされたら、春香より香澄さんの方がよく見えてしまう。
「恋人とかいないんですか?」
思わず聞いていた。
「うーん。実はプロポーズされてるんだけど……迷っててね」
やはり、相当モテる。
亮太はそう思った。
春香が、女は男から尽くされて当たり前だと思っているのは、
香澄が大切にされる姿だけを見て、その理由までは考えなかったからかもしれない。
「二人はどこで出会ったの?」
香澄が尋ねる。
「真之介って言う共通の友人がいまして、その紹介です」
「おっ、何々? 真之介の話?」
突然、春香がウォークインクローゼットから出てきた。
「出会ったころの話してたんだよ」
「真之介、私のこと可愛いっていってなかった?」
「言ってなかったよ」
亮太は即答する。
結局、その日は何も起こらずに帰ることになった。
玄関では、香澄が見送ってくれる。
「また来てね」
そう言って、手を振った。
春香がその場にいたかどうかは、よく覚えていない。
帰り道。
亮太の頭に残っていたのは、香澄の優しい声だった。
スマホが震える。
春香からのメッセージ。
『今度、ジュエリーショップに行きたい』
亮太は軽く舌打ちをした。
クリスマスまで、あと二週間。




