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屋内バーベキュー

春香は、思っていた女とは違った。


明るく天真爛漫なのだと思っていた。


口が悪いのも、照れ隠しなのだと。


だが実際は、相手の気持ちを考えず、自分の都合だけで物事を決める女だった。


今日もそうだ。


「明日、屋内のバーベキュー施設に吉田さん家族と行くことになったから」


「は? 何それ聞いてないけど」


「旦那さんが急遽、休み取れたんだって」


「そうかもしれないけど、俺の予定は?」


「もうお店予約しちゃったから」


亮太の都合を聞く気は、最初からないらしい。



吉田夫妻は、亮太より一回り近く年上。


二歳の男の子も一緒に来ている。


先に買い出しをするため、四人はスーパーへ寄った。


亮太は、なるべく自分から吉田夫妻へ話しかける。


せっかく誘われたのだから、少しでも場に馴染みたい。


奥さんは買い出しの品を選び、旦那さんはカートを押している。


亮太は男の子を抱いたまま、その後をついて歩く。


一方、春香は少し離れた棚の前。


コーラについているフィギュアを、一つずつ真剣に確認していた。


亮太はその姿を見て、ため息をつく。


春香は、状況を見ることができない人だった。


バーベキュー施設に着き、肉を焼き始める。


最初のうちは普通に会話が続いていた。


吉田さんは穏やかな人で、奥さんも気遣いができる。


だが、春香がまた始めた。


「ちょっと亮太! 人にばっか焼かせてないで、あんたも手伝いなさいよ」


「いや、でも子ども見てないと。危ないし」


「ごめんね、うちの彼氏こういうこと出来なくて」


吉田夫妻が、困ったように笑う。


亮太は食欲もなくなり、話題を変えるため旦那さんへ声をかけた。


「吉田さんのお仕事って、たしか大手のシステム系でしたよね」


「いや、まあ。ブラックで有名な会社だけどね」


旦那さんが笑う。


「うちもなかなか酷くって」


春香が話へ割って入った。


「亮太の会社がさ、もっと有名なところなら良かったのにな」


二人とも春香を見る。


「どこなら良かったの?」


亮太は冷めた声で聞く。


「○○とかなら、皆に自慢できたのに」


その会社は、亮太の勤め先が仕事を請け負っている大企業だ。


「あそこは、そうとう良い大学出身じゃないと採用されないよ」


旦那さんがフォローを入れてくれる。


亮太は悔しかった。


確かに勤め先は、CMを打てるような有名企業ではない。


それでも技術者の質は高いと言われている。


亮太の仕事を何も知らない春香に、馬鹿にされる筋合いはない。


奥さんが息子を抱えて戻ってくる。


すると、春香の文句がまた始まった。


「ま、亮太は甲斐性がないっていうか、なんていうか」


――まだ言うか。


亮太は焼けかけた肉を見つめる。


春香だけが、まるで自分が場を盛り上げているかのように上機嫌だ。


亮太は皿と箸を置いた。


「ちょっといいかな」


思ったより大きな声が出る。


全員が亮太を見た。


「いつまで、その話する気?」


短い沈黙。


春香は黙る。



食事が終わり、片づけを始める。


流し場で、春香と並んで食器を洗っていた時だった。


「ねえ」


春香が口を開く。


「さっきさ、大きい声出したけど」


「うん」


亮太は不機嫌な声で返す。


「空気悪くなるから、そういうのやめてくれない?」


亮太は黙った。


空気を悪くしたのは、どう考えても春香の方だ。


だが春香の中では、声を上げた亮太だけが悪者になっている。


驚きと呆れで、何も言い返せなかった。



帰りは、吉田夫妻の車で駅まで送ってもらう。


後部座席では、男の子がチャイルドシートに座っていた。


亮太と春香は、その両側。


男の子がぐずり始めたため、亮太は春香に、おまけのフィギュアを渡してやるよう頼む。


春香は黒い袋に入ったまま渡した。


困惑する男の子から袋を受け取り、亮太が中身を取り出す。


すると男の子は嬉しそうに遊び始めた。


春香は本気で不思議そうな顔をしている。


――もしかして、人の気持ちが本気で分からないのか?


亮太は春香を見る。


本当に分かっていないらしい。


駅に着くと、亮太は吉田夫妻へ頭を下げた。


「今日はありがとうございました」


「こちらこそ。またぜひ」



家に帰ると、亮太はベッドへ腰を下ろす。


今日もまた、ひどい一日だ。


なぜ楽しいはずの休日が、こんな形で潰れるんだろう。


だが正直、亮太にも負い目はある。


仕事が忙しく、春香にあまり構ってやれていないのは事実。


二人きりの時は、まだ上手くいっていると思う。


その時、スマホが鳴った。


春香からだ。


「もしもし。どうしたの?」


「亮太のこと、吉田さんに頼んでおいたから」


「何を?」


「面接」


亮太は目を丸くする。


「は?」


「吉田さんの会社。大企業だし、お給料もいいらしいよ」


「いや、転職する気ないよ」


「でも今の会社、給料安いんでしょ?」


「そういう問題じゃない。それに、ブラックで有名な会社だし」


「大企業じゃん」


「簡単に言うけどさ、もっと会えなくなるよ」


「私は別に平気だけど」


春香は笑いながら言う。


「その分、春香ちゃんにプレゼントできるでしょ」


亮太は黙る。


そして気づいた時には、壁を思いきり殴っていた。


自分でも、そんなことをしたのが信じられない。


電話の向こうで、春香が何か言っている。


だが、もう耳には入らなかった。


――やばい。本当に無理かもしれない。


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