屋内バーベキュー
春香は、思っていた女とは違った。
明るく天真爛漫なのだと思っていた。
口が悪いのも、照れ隠しなのだと。
だが実際は、相手の気持ちを考えず、自分の都合だけで物事を決める女だった。
今日もそうだ。
「明日、屋内のバーベキュー施設に吉田さん家族と行くことになったから」
「は? 何それ聞いてないけど」
「旦那さんが急遽、休み取れたんだって」
「そうかもしれないけど、俺の予定は?」
「もうお店予約しちゃったから」
亮太の都合を聞く気は、最初からないらしい。
◇
吉田夫妻は、亮太より一回り近く年上。
二歳の男の子も一緒に来ている。
先に買い出しをするため、四人はスーパーへ寄った。
亮太は、なるべく自分から吉田夫妻へ話しかける。
せっかく誘われたのだから、少しでも場に馴染みたい。
奥さんは買い出しの品を選び、旦那さんはカートを押している。
亮太は男の子を抱いたまま、その後をついて歩く。
一方、春香は少し離れた棚の前。
コーラについているフィギュアを、一つずつ真剣に確認していた。
亮太はその姿を見て、ため息をつく。
春香は、状況を見ることができない人だった。
バーベキュー施設に着き、肉を焼き始める。
最初のうちは普通に会話が続いていた。
吉田さんは穏やかな人で、奥さんも気遣いができる。
だが、春香がまた始めた。
「ちょっと亮太! 人にばっか焼かせてないで、あんたも手伝いなさいよ」
「いや、でも子ども見てないと。危ないし」
「ごめんね、うちの彼氏こういうこと出来なくて」
吉田夫妻が、困ったように笑う。
亮太は食欲もなくなり、話題を変えるため旦那さんへ声をかけた。
「吉田さんのお仕事って、たしか大手のシステム系でしたよね」
「いや、まあ。ブラックで有名な会社だけどね」
旦那さんが笑う。
「うちもなかなか酷くって」
春香が話へ割って入った。
「亮太の会社がさ、もっと有名なところなら良かったのにな」
二人とも春香を見る。
「どこなら良かったの?」
亮太は冷めた声で聞く。
「○○とかなら、皆に自慢できたのに」
その会社は、亮太の勤め先が仕事を請け負っている大企業だ。
「あそこは、そうとう良い大学出身じゃないと採用されないよ」
旦那さんがフォローを入れてくれる。
亮太は悔しかった。
確かに勤め先は、CMを打てるような有名企業ではない。
それでも技術者の質は高いと言われている。
亮太の仕事を何も知らない春香に、馬鹿にされる筋合いはない。
奥さんが息子を抱えて戻ってくる。
すると、春香の文句がまた始まった。
「ま、亮太は甲斐性がないっていうか、なんていうか」
――まだ言うか。
亮太は焼けかけた肉を見つめる。
春香だけが、まるで自分が場を盛り上げているかのように上機嫌だ。
亮太は皿と箸を置いた。
「ちょっといいかな」
思ったより大きな声が出る。
全員が亮太を見た。
「いつまで、その話する気?」
短い沈黙。
春香は黙る。
◇
食事が終わり、片づけを始める。
流し場で、春香と並んで食器を洗っていた時だった。
「ねえ」
春香が口を開く。
「さっきさ、大きい声出したけど」
「うん」
亮太は不機嫌な声で返す。
「空気悪くなるから、そういうのやめてくれない?」
亮太は黙った。
空気を悪くしたのは、どう考えても春香の方だ。
だが春香の中では、声を上げた亮太だけが悪者になっている。
驚きと呆れで、何も言い返せなかった。
◇
帰りは、吉田夫妻の車で駅まで送ってもらう。
後部座席では、男の子がチャイルドシートに座っていた。
亮太と春香は、その両側。
男の子がぐずり始めたため、亮太は春香に、おまけのフィギュアを渡してやるよう頼む。
春香は黒い袋に入ったまま渡した。
困惑する男の子から袋を受け取り、亮太が中身を取り出す。
すると男の子は嬉しそうに遊び始めた。
春香は本気で不思議そうな顔をしている。
――もしかして、人の気持ちが本気で分からないのか?
亮太は春香を見る。
本当に分かっていないらしい。
駅に着くと、亮太は吉田夫妻へ頭を下げた。
「今日はありがとうございました」
「こちらこそ。またぜひ」
◇
家に帰ると、亮太はベッドへ腰を下ろす。
今日もまた、ひどい一日だ。
なぜ楽しいはずの休日が、こんな形で潰れるんだろう。
だが正直、亮太にも負い目はある。
仕事が忙しく、春香にあまり構ってやれていないのは事実。
二人きりの時は、まだ上手くいっていると思う。
その時、スマホが鳴った。
春香からだ。
「もしもし。どうしたの?」
「亮太のこと、吉田さんに頼んでおいたから」
「何を?」
「面接」
亮太は目を丸くする。
「は?」
「吉田さんの会社。大企業だし、お給料もいいらしいよ」
「いや、転職する気ないよ」
「でも今の会社、給料安いんでしょ?」
「そういう問題じゃない。それに、ブラックで有名な会社だし」
「大企業じゃん」
「簡単に言うけどさ、もっと会えなくなるよ」
「私は別に平気だけど」
春香は笑いながら言う。
「その分、春香ちゃんにプレゼントできるでしょ」
亮太は黙る。
そして気づいた時には、壁を思いきり殴っていた。
自分でも、そんなことをしたのが信じられない。
電話の向こうで、春香が何か言っている。
だが、もう耳には入らなかった。
――やばい。本当に無理かもしれない。




