友達との親睦会
春香と付き合って、数日。
「もう少ししたらさ、仕事も落ち着くから」
ある夜、亮太は電話越しに言う。
「ほんと? じゃあ、いろんなとこに遊びに行こうよ」
春香の声が明るくなる。
「遊園地とか、温泉とか、旅行とか。あとキャンプも行きたい」
「キャンプ? まだ十一月だよ」
「いいじゃん。楽しそうだし」
春香は、予定を立てるのが好きらしい。
どこへ行きたい。
何を食べたい。
写真を撮りたい。
そんな話を、いつも楽しそうにする。
「遊びに行くのもいいんだけどさ」
亮太は少し声を落とす。
「二人で泊まるとか、どうかな」
電話の向こうで、春香が少し黙った。
付き合ってすぐにキスはした。
けれど、その先にはまだ進んでいない。
「それなんだけど……」
春香が申し訳なさそうに口を開く。
「初めてのエッチは、ちゃんと記念にしたいの」
「記念?」
「うん。流れでするのは嫌っていうか、ちゃんと特別な日にしたいの」
「そうなんだ」
「だから、誕生日まで待ってくれないかな?」
「誕生日っていつ?」
「三月」
あと三か月半。
……待てなくはないか。
「長い?」
「まあ、少し」
「ごめんね。でも、大事にしたいの」
そう言われると、亮太はそれ以上何も言えない。
前の彼女とは、自分の気持ちばかり押しつけて失敗した。
今度は、相手の気持ちをちゃんと考えたい。
「分かった。それまで待つよ」
「ありがとう!」
春香の声が一気に明るくなる。
さっきまでの申し訳なさは、もう消えていた。
「そうだ。来週なんだけどさ」
春香が急に話題を変える。
「亜美と、亜美の彼氏と、四人で飲みに行かない?」
「ああ、亜美ちゃんね。いいよ」
「やった。楽しみ」
春香は嬉しそうに笑う。
亮太は少し拍子抜けした。
けれど、春香が嬉しそうなら、それでいい。
この頃の亮太は、まだそう思えていた。
◇
翌週。
約束通り、亜美たちカップルと食事をすることになった。
亜美の彼氏、智也くんは穏やかそうな人だ。
席につき、注文を終えると、春香が亮太を紹介する。
「こっち、亮太」
「亮太です。よろしく」
智也くんは笑って頭を下げる。
亜美と智也は、気を遣うように亮太へ話を振ってくれた。
住んでいる場所。
仕事のこと。
休みの日の過ごし方。
他愛もない会話だが、二人の印象は悪くない。
むしろ、いい人たちだと思った。
「いや、でも春香ちゃんに彼氏ができるとはね」
智也くんが笑いながら言う。
「本当だよ。いつも私たちのことばっかり聞くから」
「今日は、春香のこと聞かせてもらうからね」
亜美も、いたずらっぽく春香を見る。
春香はすぐに口を挟んだ。
「いやいや、二人とも勘違いしてるから」
「勘違い?」
「私は彼氏ができても何も変わらないから」
二人が笑う。
亮太もつられて笑った。
きっと、恥ずかしいのだろう。
そう思い、酒を一口飲む。
「私は友達優先なんで。そこは勘違いしないでね、亜美」
「またまた。仲良しなんでしょ」
亜美が軽くからかう。
その瞬間、春香は笑いながら言った。
「いや、そんなんじゃないし。だいたい亮太、大したことないから」
亮太は一瞬、何を言われたのか分からない。
亜美と智也くんも、少し戸惑っている。
だが、春香は止まらなかった。
「車も持ってないから送り迎えもできないし」
「今日だって、私より後から待ち合わせ場所に来るし」
「こんなんだったら、まだフリーの方が気楽って感じ」
急に何を言っているのだろう。
二人でいる時に、こんなことを言われたことはない。
「車は、仕事が落ち着いたら買おうと思ってるよ」
春香は少しむくれたような顔をする。
「あと待ち合わせは、時間には間に合ってたよ。僕が一番遠かったし」
「はいはい、言い訳。言い訳」
「は?」
「男のくせに言い訳すんなよ」
春香は冗談のような顔で言う。
亜美と智也くんは、気まずそうに笑っていた。
――これって、何のつもりだ?
身内を下げて笑いを取る人はいる。
「うちの夫なんて」と謙遜するようなものなのだろうか。
亮太には、どんな顔をすればいいのか分からない。
その後も、春香は亮太への文句を続ける。
仕事を理由にして連絡を返すのが遅い。
いつも似たような服を着ている。
ぜんぜんデートプランを考えてこない。
どれも理由があることなのに、春香は亮太の説明を聞こうとしない。
しかも、場を盛り上げてるかのように上機嫌で悪口を言う。
亮太がまともに話せたのは、春香がトイレに行っている間だけだった。
「亮太くん、大丈夫?」
亜美が聞いてくる。
「え?」
「いや、春香、ちょっと今日きついなと思って」
「……そうだね」
亮太は苦笑いする。
智也くんも、少し困ったように口を開いた。
「俺なら、ちょっと嫌かも」
「なんか、変な空気になってごめんね」
亮太は春香の代わりに謝る。
店を出る頃には、怒りで何も話す気になれなかった。
駅まで歩き、亜美と智也くんに頭を下げる。
「今日はありがとう」
「こちらこそ。また飲もうよ」
二人には笑顔で挨拶をした。
しかし春香には、目すら合わせずその場を離れる。
電車に揺られている間も、春香の態度が頭から離れない。
今まで付き合った人たちから言われた悪口を全部足しても、今日一回分の方が多かったと思う。
家に着く頃には、怒りより疲れの方が大きくなっていた。
◇
少し気持ちが落ち着いたところで、春香に電話をかける。
「もしもし。もう着いたの?」
いつもの声だ。
「あのさ。さっきの、何だったの?」
「え、何が?」
「なんで二人の前で、俺の文句ばかり言ってたの?」
少し間が空く。
「あー。あんなの冗談じゃん。盛り上げただけだよ」
「みんな引いてたけど」
「亜美たちに、彼氏ができて浮かれてるって思われたくないじゃん」
「だから俺を下げたの?」
「私はそういうキャラなの。サバサバしてるっていうか、彼氏ができたからってベタベタする女じゃないし」
春香は悪びれる様子もない。
「まあ、分かってよ」
――なんて痛い女だ。
そう言いかけて、やめる。
「今日はいいよ。でも、今度から普通にして」
「うんうん、分かった」
その軽い返事に、胸の奥が冷えた。
「……じゃあ、また」
「うん。おやすみ」
電話を切る。
結局、春香から謝罪はなかった。
二人きりの時は普通なのに、人前では自分の方が上だと見せつけるように亮太を下げる。
付き合って数日。
亮太は、早くも後悔し始めていた。




