春香との最後
亮太とエリナが付き合い始めて、二週間。
二人は亮太の部屋で、格闘ゲームをしている。
「やった! また私の勝ち!」
エリナがガッツポーズをする。
亮太はコントローラーを放り出し、ベッドへ仰向けに倒れた。
「強すぎるだろ……」
エリナが笑いながら、亮太の上へ乗ってくる。
「どうする? リベンジする?」
「もうやめとく」
亮太が苦笑した、その時。
テーブルに置かれたスマホが光る。
亮太は手を伸ばし、メッセージを確認した。
「どうしたの?」
エリナが尋ねる。
「春香から」
「会ってほしいって」
亮太はスマホの画面を見せた。
エリナの表情が少し曇る。
「どうするの?」
「うーん……」
亮太はしばらく画面を見つめた。
「会って、本当に終わりにする」
エリナの方を見る。
エリナは、こくんと頷いた。
◇
亮太は待ち合わせ場所にいた。
そこに、春香が現れる。
「久しぶり」
「うん。久しぶり」
以前とは、雰囲気が違う。
落ち着いた色の服。
薄い化粧。
声にも、いつもの強さはなかった。
少なくとも、別れた日の春香とは別人に見える。
「どこか入る?」
春香が尋ねる。
亮太は周囲を見渡した。
「せっかくだし、歩きながら話さない?」
春香は小さく頷く。
二人は並んで歩き始めた。
「あのあとね。結構大変だったんだ」
最初に話し始めたのは春香だった。
「亮太と別れたって亜美たちに言ったら、なぜか私の方が怒られてさ」
「そうか……」
「お姉ちゃんからも、お父さんたちはもう私に家を継がせる気はないって言われた」
「そこまで?」
亮太は少し驚く。
「うん。しばらく家を出て、自分で生活しなさいって」
春香は小さく息を吐いた。
「それと、亮太に好きな人ができたなら、ちゃんと身を引きなさいって言われた」
二人の間に、短い沈黙が落ちる。
以前の春香なら、姉や亜美への文句を並べていただろう。
けれど今日は、何も言わなかった。
「そ、それでね……」
春香の足が止まる。
亮太も立ち止まった。
「私のところに……帰ってきてくれないかな」
春香は下を向いたまま言う。
亮太は静かに、その顔を見つめる。
「春香」
「ごめん。もう大事な人がいるんだ」
「戻れないよ」
春香は下唇をかんだ。
「ははは。そうだよね」
昔のように、無理やり笑い出す。
「大事な彼女がいるんだもんね」
「自分だけ幸せなら、それでいいよね」
亮太は表情を変えない。
「春香、それは違うよ」
春香が顔を上げる。
「春香と付き合ってた時は、君のことを大事な人だと思ってた」
「だから、ほかの人から誘われても全部断った」
「今も同じだよ」
春香は黙ったまま、再び下を向く。
そして再び歩き始めた。
「どうして、私にはちゃんとした恋人ができないのかな……」
ぽつりと呟いた。
亮太は少し考えてから、静かに答える。
「春香はまだ、自分に合う人に出会えてないだけだよ」
春香が顔を上げた。
「俺だって、最初の恋愛はひどかった」
「その後も、傷つけられたし、俺も誰かを傷つけた」
亮太は少しだけ笑う。
「みんな、そうやって何度も失敗して」
「やっと本当に一緒にいたいと思える人に出会えるんじゃないかな」
春香は黙って聞いている。
「だから、真之介や俺とのことも、全部が無駄だったとは思わないで」
「これから出会う人を大事にしてあげれば」
「きっと春香のことを本当に大切にしてくれる人が見つかる」
亮太は春香をまっすぐ見た。
春香はしばらく何も言わない。
やがて、小さく頷いた。
気づけば、駅からずいぶん離れたところまで歩いている。
春香と、これほど歩調を合わせて歩いたのは初めてかもしれない。
近くの公園では、桜が満開になっていた。
二人は公園へ入り、並んでベンチへ座る。
春香がバッグから、小さな箱を取り出した。
「これ……」
亮太が受け取り、箱を開ける。
中に入っていたのは、春香の誕生日に贈ったネックレスだった。
「さすがにこれは、受け取っちゃまずかったかなって」
春香は俯く。
「今の彼女にでもあげて」
亮太は驚いて春香を見る。
ネックレスを箱へ戻すと、春香の手を取り、その上へ置いた。
春香が不思議そうに顔を上げる。
「これは、春香のために貯金して買ったものだから」
「春香のものでいいんだよ」
春香の目から涙がこぼれた。
「どうして……」
声が震える。
「どうして亮太は、そんなに優しいの……」
亮太は何も答えられない。
少し寂しそうに目を伏せた。
桜の花びらが、二人の間へ静かに舞い落ちる。
しばらくして、春香が立ち上がった。
「駅に戻ろうか」
亮太も立ち上がろうとする。
「ここからは、一人で帰るよ」
春香が笑う。
誰かによく見られるためでも、何かをごまかすためでもない。
亮太が初めて見る、春香の自然な笑顔だった。
「分かった」
「じゃあね、亮太」
「うん。元気で」
春香は一度も振り返らず、駅の方へ歩いていく。
亮太も、その背中を追いかけなかった。




