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春香との最後

亮太とエリナが付き合い始めて、二週間。


二人は亮太の部屋で、格闘ゲームをしている。


「やった! また私の勝ち!」


エリナがガッツポーズをする。


亮太はコントローラーを放り出し、ベッドへ仰向けに倒れた。


「強すぎるだろ……」


エリナが笑いながら、亮太の上へ乗ってくる。


「どうする? リベンジする?」


「もうやめとく」


亮太が苦笑した、その時。


テーブルに置かれたスマホが光る。


亮太は手を伸ばし、メッセージを確認した。


「どうしたの?」


エリナが尋ねる。


「春香から」


「会ってほしいって」


亮太はスマホの画面を見せた。


エリナの表情が少し曇る。


「どうするの?」


「うーん……」


亮太はしばらく画面を見つめた。


「会って、本当に終わりにする」


エリナの方を見る。


エリナは、こくんと頷いた。



亮太は待ち合わせ場所にいた。


そこに、春香が現れる。


「久しぶり」


「うん。久しぶり」


以前とは、雰囲気が違う。


落ち着いた色の服。


薄い化粧。


声にも、いつもの強さはなかった。


少なくとも、別れた日の春香とは別人に見える。


「どこか入る?」


春香が尋ねる。


亮太は周囲を見渡した。


「せっかくだし、歩きながら話さない?」


春香は小さく頷く。


二人は並んで歩き始めた。


「あのあとね。結構大変だったんだ」


最初に話し始めたのは春香だった。


「亮太と別れたって亜美たちに言ったら、なぜか私の方が怒られてさ」


「そうか……」


「お姉ちゃんからも、お父さんたちはもう私に家を継がせる気はないって言われた」


「そこまで?」


亮太は少し驚く。


「うん。しばらく家を出て、自分で生活しなさいって」


春香は小さく息を吐いた。


「それと、亮太に好きな人ができたなら、ちゃんと身を引きなさいって言われた」


二人の間に、短い沈黙が落ちる。


以前の春香なら、姉や亜美への文句を並べていただろう。


けれど今日は、何も言わなかった。


「そ、それでね……」


春香の足が止まる。


亮太も立ち止まった。


「私のところに……帰ってきてくれないかな」


春香は下を向いたまま言う。


亮太は静かに、その顔を見つめる。


「春香」


「ごめん。もう大事な人がいるんだ」


「戻れないよ」


春香は下唇をかんだ。


「ははは。そうだよね」


昔のように、無理やり笑い出す。


「大事な彼女がいるんだもんね」


「自分だけ幸せなら、それでいいよね」


亮太は表情を変えない。


「春香、それは違うよ」


春香が顔を上げる。


「春香と付き合ってた時は、君のことを大事な人だと思ってた」


「だから、ほかの人から誘われても全部断った」


「今も同じだよ」


春香は黙ったまま、再び下を向く。


そして再び歩き始めた。


「どうして、私にはちゃんとした恋人ができないのかな……」


ぽつりと呟いた。


亮太は少し考えてから、静かに答える。


「春香はまだ、自分に合う人に出会えてないだけだよ」


春香が顔を上げた。


「俺だって、最初の恋愛はひどかった」


「その後も、傷つけられたし、俺も誰かを傷つけた」


亮太は少しだけ笑う。


「みんな、そうやって何度も失敗して」


「やっと本当に一緒にいたいと思える人に出会えるんじゃないかな」


春香は黙って聞いている。


「だから、真之介や俺とのことも、全部が無駄だったとは思わないで」


「これから出会う人を大事にしてあげれば」


「きっと春香のことを本当に大切にしてくれる人が見つかる」


亮太は春香をまっすぐ見た。


春香はしばらく何も言わない。


やがて、小さく頷いた。


気づけば、駅からずいぶん離れたところまで歩いている。


春香と、これほど歩調を合わせて歩いたのは初めてかもしれない。


近くの公園では、桜が満開になっていた。


二人は公園へ入り、並んでベンチへ座る。


春香がバッグから、小さな箱を取り出した。


「これ……」


亮太が受け取り、箱を開ける。


中に入っていたのは、春香の誕生日に贈ったネックレスだった。


「さすがにこれは、受け取っちゃまずかったかなって」


春香は俯く。


「今の彼女にでもあげて」


亮太は驚いて春香を見る。


ネックレスを箱へ戻すと、春香の手を取り、その上へ置いた。


春香が不思議そうに顔を上げる。


「これは、春香のために貯金して買ったものだから」


「春香のものでいいんだよ」


春香の目から涙がこぼれた。


「どうして……」


声が震える。


「どうして亮太は、そんなに優しいの……」


亮太は何も答えられない。


少し寂しそうに目を伏せた。


桜の花びらが、二人の間へ静かに舞い落ちる。


しばらくして、春香が立ち上がった。


「駅に戻ろうか」


亮太も立ち上がろうとする。


「ここからは、一人で帰るよ」


春香が笑う。


誰かによく見られるためでも、何かをごまかすためでもない。


亮太が初めて見る、春香の自然な笑顔だった。


「分かった」


「じゃあね、亮太」


「うん。元気で」


春香は一度も振り返らず、駅の方へ歩いていく。


亮太も、その背中を追いかけなかった。



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