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エピローグ

半年後。


亮太は、久しぶりに真之介と飲んでいた。


場所は、新宿の安い居酒屋。


亮太が焼き鳥を次々と口へ運ぶ向かいで、真之介はもずくを静かにすすっている。


「もう、顎は治ったの?」


亮太が尋ねる。


「うん。治ったんだけどさ」


真之介は顎をさする。


「なんか、噛み合わせが悪いんだよね」


「最近、女の子の方は?」


「それが、全然モテないんだよ」


「太ったせいかな」


真之介が笑う。


亮太はビールを飲みながら、その笑顔を見た。


あの日、志乃の彼氏に殴られてから、真之介の顎はわずかに歪んでいる。


普通にしていれば、ほとんど分からない。


けれど笑うと、片方の口元だけが不自然に引きつる。


昔のような人懐っこさはない。


どこか気味の悪い笑顔になっていた。


真之介自身は、それに気づいていないらしい。


「なんでだろうな」


亮太は何食わぬ顔で言う。


真之介も本気で首を傾げた。


「まあ、そろそろ彼女を大事にしろよ」


「そうだね。そうするよ」


そう言って真之介は、またその不気味な笑顔を亮太へ向ける。



さらに半年後。


「誕生日おめでとう」


亮太の部屋で、二人はグラスを合わせた。


今日はエリナの誕生日。


二人が付き合い始めてから、ちょうど一年になる。


「もう一年経つんだね」


亮太が言う。


「こんなに安心して付き合える人、亮太くんが初めて」


エリナはケーキを食べながら笑った。


「本当に?」


「うん。今までの人といる時は、ずっと心配してたから」


フォークでケーキを小さく切り分ける。


「でも亮太くんの前なら、自然なままでいられる」


「そっか」


亮太は嬉しそうに笑う。


「俺も、エリナにはずっとそばにいてほしいなって思う」


ちらりとエリナを見る。


エリナはフォークをくわえたまま、恥ずかしそうに目をそらした。



深夜。


エリナは亮太のベッドへ横になり、そのまま眠ってしまった。


亮太は隣に座り、寝顔をじっと見つめる。


顔の前で手を振ってみた。


反応はない。


亮太はそっとポケットへ手を入れ、小さな指輪の箱を取り出す。


エリナの左手を持ち上げ、薬指へゆっくり指輪を通していく。


ぎゅっ。


途中で止まった。


――あれ?


もう少し力を入れる。


ぎゅぎゅっ。


――なんだよ。サイズ、違うんじゃないか?


エリナの顔を見る。


目は閉じたまま。


亮太は慎重に、さらに指輪を押し込む。


すぽん。


ようやく薬指に収まった。


「よし。これで起きた時に指輪に気づくはずだ」


亮太が満足そうに呟く。


その時。


目を閉じているエリナの肩が、小刻みに震えていることに気づいた。


「……もしかして、起きてる?」


エリナはたまらず吹き出す。


目を開け、満面の笑みを浮かべた。


「やるなら、もっとスマートに決めてよ」


そう言って、薬指の指輪を嬉しそうに見つめる。


亮太は何度か口を開き、ようやく覚悟を決めた。


「俺と……」


エリナは言葉を最後まで聞かず、亮太に抱き着く。


「一緒に幸せになろう」


亮太が小さな声で言う。


エリナはその胸の中で、何度も頷いた。


その時だった。


テーブルに置かれたスマホが鳴る。


「こんな時間に誰だろう?」


時計は午前一時を過ぎていた。


亮太が画面を見る。


春香からの着信。


亮太とエリナは顔を見合わせる。


「……出てあげて」


エリナが言った。


亮太は頷き、電話に出る。


「もしもし」


「もしもし亮太?」


亮太はスピーカーへ切り替えた。


エリナは亮太の腕に抱き着く。


「どうしたの、こんな時間に」


『あ、あのね。新しい彼氏ができたんだけど』


「うん」


『その彼氏の家から、追い出されちゃって』


「どういうこと? もう夜中の一時だよ」


『なんか、怒らせちゃったみたいでさ』


亮太とエリナが顔を見合わせる。


「何て言ったの?」


『えーと……』


少し間が空く。


『エッチが早くて、時短でいいって』


『私は褒めたつもりなんだけど』


亮太とエリナは同時に額へ手を当てた。


「それは怒るよ」


『亜美にもお姉ちゃんにも電話したんだけど、誰も出なくて』


「そうか。とりあえず、タクシーで帰りな」


『うん。なんか、ごめんね』


春香の声が少し小さくなる。


『久しぶりに、亮太の優しい声を聞きたくなっちゃってさ』


「あのね、春香」


『何?』


「今、彼女にプロポーズしてOKもらえたんだ」


電話の向こうから、何も聞こえなくなる。


春香がどんな顔をしているのか、亮太には分からない。


長い沈黙のあと、細い声が返ってきた。


『……そっか』


「うん」


『おめでとう』


弱々しい声。


けれど、その言葉だけはちゃんと届いた。


亮太はエリナを見る。


エリナも、そっと微笑む。


「ありがとう、春香」


エリナもスピーカーへ顔を近づける。


「ありがとうございます」


短い沈黙。


『お幸せに』


『じゃあね』


通話が切れた。



春香はスマホを下ろす。


夜の冷たい空気の中、一人で道路脇に立っていた。


その時、背後に誰かの気配を感じる。


春香は振り返った。


暗い道を見渡す。


しかし、そこには誰もいなかった。


『誰も追いかけない』



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