誕生日の復讐劇
春香の誕生日。
亮太は、春香を車に乗せて東京都内へ向かっていた。
「ねえ、今日はちゃんとしたところ予約してくれたの?」
助手席の春香が尋ねる。
「うん。着いてからのお楽しみ」
「まさかシティホテルじゃないよね? それだと私、気分乗らないから」
「きっと気に入るよ」
◇
一時間後。
二人が到着したのは、都内でも有名な高級ホテルだった。
車のキーを係員へ預け、チェックインを済ませる。
案内された部屋は、春香が望んでいたものそのもの。
テーブルにはシャンパン。
隣には『Happy Birthday』と書かれたメッセージカード。
広い部屋に豪華なアンティーク調の家具。
「うわあ。すごい」
春香の目が輝く。
夜はホテル内の高級レストラン。
食事の最後には、誕生日ケーキも用意されていた。
春香は上機嫌のまま部屋へ戻り、ふかふかのベッドへ腰を下ろす。
「やっと亮太も、できるようになったじゃん」
満足そうに足を組んだ。
「私に感謝しなさいよ」
「まだ、もう一つ残ってるよ」
亮太は春香の隣へ座り、小さな箱を差し出す。
「誕生日おめでとう」
春香はすぐにリボンをほどいた。
箱を開けた瞬間、大きな声を上げる。
「えっ! これ、欲しかったネックレスじゃん!」
クリスマスにねだられた、二十八万円のネックレス。
春香は亮太へ抱きついた。
「喜んでもらえてよかったよ」
「理想の誕生日になった?」
「うん。まあね」
春香はすぐに離れ、ネックレスの写真を何枚も撮り始める。
亮太は、その様子を黙って見ていた。
「ところでさ」
「なに?」
「誕生日になったら、エッチするって話、覚えてる?」
「ああ」
春香はネックレスを眺めながら、へらへら笑う。
「まあ、ここまでしてもらったなら、いいかな」
「でも次もしたいなら、同じくらいのところお願いね」
一瞬の間が空く。
亮太は、氷のように冷たい目で春香を見た。
「俺、お前とは死んでもやりたくないんだけど。いいかな?」
春香の指が止まる。
「は?」
「気持ち悪いから嫌なんだ」
「何言ってるの?」
亮太は椅子を持ってきて、春香の真正面へ座った。
「鈍い奴だな」
静かな声だ。
「大嫌いなお前と、セックスなんかしたくないって言ってるんだよ」
「は? 何、喧嘩売ってるの?」
春香が睨みつける。
亮太は表情を変えない。
「お前さ、自分が真之介の彼女だと思ってるんだろ?」
「……」
「言っとくけど、お前は真之介の遊び相手の一人だよ」
春香は何も言わない。
「騙されてんだよ」
「いい加減、気づいてるんじゃないの?」
「亮太に何が分かるのよ」
「分かるよ」
亮太は少し笑った。
「俺が、真之介と付き合うまでの“繋ぎ”だってことも知ってる」
春香が目をそらす。
「あのさ」
少しの沈黙のあと、春香が口を開いた。
「それでも私は彼女なんでしょ?」
「大切にしてあげたいとか、思わないの?」
「思ってたよ」
亮太は即答する。
「だから今日、お前が欲しがってたものを全部用意した」
部屋を見回す。
「高級ホテル」
「豪華なレストラン」
「シャンパン」
「二十八万円のネックレス」
春香は鼻で笑う。
「いやいや、これくらい当たり前でしょ」
「その考え方がおかしいんだよ」
「は?」
「お前はいつも不満ばかりを言うけど、やってもらえるだけ有難いと思わないの?」
「いつも考えてるのは、自分が何をしてもらえるかだけ」
亮太は身を乗り出した。
「お前、俺に何かしてあげようと思ったこと、一度でもある?」
春香は黙る。
「気に入らなければ、子どもみたいにわめく」
「立場が悪くなれば、へらへら笑ってごまかす」
「何がピュアキャラだよ。一緒にいて恥ずかしいんだよ」
亮太は吐き捨てるように言った。
「さすがに言いすぎじゃない?」
春香が声を荒らげる。
「何で彼女に、そこまでひどいこと言えるの?」
「俺のことを友達の前で散々ボロクソに言ったのは、お前だろ」
「それはキャラが違うって言ってるじゃん!」
「だから、それはキャラじゃない。ただお前の性格が悪いだけ」
春香の顔が赤くなる。
「今までだって言い返せなかったんじゃない」
亮太は淡々と続けた。
「言い返さないでやってただけだ」
「はいはい。どうせ私は、人の気持ち分かりませんから」
春香が開き直る。
亮太は笑った。
「じゃあ、人と付き合うなよ」
「周りはみんな、お前に迷惑してるんだよ」
「お前の良いところなんか、家族や友達が良い人なとこだけだぞ」
「最低!」
春香が叫ぶ。
「たいして格好よくもないくせに!」
亮太が呟くように言う。
「今日で、本当に別れるから」
春香が黙る。
「他に好きな人がいる」
「お前なんか、足元にも及ばない人」
「は? 好きな人って誰よ?」
「前に話をした合コンで知り合った人」
「何それ。偉そうなこと言って浮気してんじゃん」
春香が指を差す。
「浮気してないよ。向こうから告白されたけど、断ったよ」
「いや、告白されてる時点で浮気だから」
亮太は春香の顔を覗き込む。
「お前だって街コンだの合コン行きまくってたんだろ」
「しかも、誰からも誘われなかったって。まじで恥ずかしいやつだな」
春香は悔しそうに歯を食いしばる。
「お前が欲しがる男なんて、真之介みたいに見た目だけで中身が空っぽの奴だろ」
「いつまで中学生みたいな恋愛してるんだよ」
「いい加減、自分のレベルの低さに気づいたら?」
「黙れ! 馬鹿! アホ! クズ!」
春香は手を振り回しながら叫んだ。
「あんたなんか、大っ嫌い!」
もう、小学生のような悪口しか出てこない。
亮太はにやりと笑う。
「自分の事を大嫌いで捨てようとしてる相手から、誕生日を祝われるのってどんな気分?」
「ああ!?」
「お望み通り、春香の欲しいものを全て揃えてやったよ」
亮太は両手を広げる。
「足りないのは、春香を愛してくれる彼氏だけ」
「お前みたいな浅ましい女なら、それでも嬉しいんだろ?」
春香の唇が震える。
「帰る」
荷物を乱暴にバッグへ詰め始めた。
「二度と連絡してこないで」
亮太は黙って見ている。
春香は最後に、二十八万円のネックレスをつかむ。
「これは手切れ金として、もらっていくから」
そのままバッグへ押し込んだ。
ドアへ向かう春香。
「ちょっと待って。最後に一つだけ」
春香が振り返る。
「人を愛せない人間は、誰からも愛される資格はないよ」
春香の顔が歪む。
春香は舌打ちし、勢いよく部屋を出ていった。
◇
しばらくして。
亮太はシャンパンを手に、窓際へ腰を下ろす。
ホテルの外へ出ていく春香の姿が見える。
春香は一度だけ立ち止まり、ホテルの出入り口の方を振り返った。
亮太はグラスへ口をつける。
「誰も追いかけないから……」
静かにそう呟いた。




