真之介のスマホ
一週間が経った。
亮太は、まだエリナのことを引きずっている。
けれど、こんなことは誰にも話せない。
――真之介、どうしてるかな。
久しぶりに連絡を入れる。
「亮ちゃん、どうしたの?」
「ちょっと落ち込んでる。スカッとしたい」
「いいね。久しぶりに遊ぼうよ」
約束を決め、亮太が出かける準備をしていると、春香から電話がかかってきた。
「ねえ、聞いてよ」
電話に出るなり、春香が不満そうに言う。
「亜美から誕生日プレゼントのお返しをもらったんだけどさ」
「私があげたものに比べて、かなり安かったんだよね」
「そうなんだ」
「こんなに失礼な子だったかな。彼氏ができてから変わったのかも」
「別に、何もおかしくないと思うよ」
「は? あんた、亜美の肩を持つの?」
「春香は、亜美ちゃんの気持ちを考えたことないだろ?」
「どういう意味よ」
「高いものをもらったら、同じくらいのものを返さなきゃって思うだろ」
「それが普通じゃないの?」
「亜美ちゃんは、春香に金を使うより、智也くんとのことに使いたいんだよ」
「それって、友情より彼氏を優先するってこと?」
春香が嫌な言い方をする。
少しの沈黙。
「それの何が悪いの?」
亮太は静かに続けた。
「好きな人ができて、その人を優先したいと思うのは普通だろ」
「二人の時間を大事にさせてやるのも、友情じゃないの?」
「それを邪魔する奴の方がどうかしてるよ」
「なんかムカつくから切るね。バイバイ」
春香は一方的に電話を切る。
亮太はため息をつき、真之介との待ち合わせへ向かった。
◇
店に入ると、真之介はすでに一人で飲んでいる。
「遅いよ、亮ちゃん」
「ごめん。出かける前に春香とひと悶着あってさ」
「ふふ。喧嘩するほど仲がいいって言うじゃん」
亮太は鼻で笑う。
「何言ってんだよ、殺し合い寸前だよ」
「真之介は最近どうなの?」
「うーん。まあ、ぼちぼちかな」
「まだ遊び歩いてるのか。よく彼女に捨てられないな」
「いつもギリギリで許してもらってる感じ」
真之介が、人懐っこい笑顔を見せる。
亮太はグラスを置いた。
「ちょっと、最近きついことがあってさ」
「どんなこと?」
「春香には黙っててほしいんだけど」
「うん」
「他に好きな人ができた」
「マジか。それで乗り換えたの?」
「いや。向こうから告白されたけど、断った」
「どうして?」
「いや、だってあんなんでも彼女だからな。簡単には裏切れないよ」
亮太は自嘲するように笑う。
「亮ちゃんは、さすがだね」
真之介は笑いながらグラスを持ち上げた。
「今日は、とことん飲もう」
◇
四時間後。
「亮ちゃんさあ」
「うん」
「真面目すぎるんだよ」
「またそれか」
「もっと適当に生きた方がいいって」
真之介は笑いながら、テーブルへ突っ伏した。
「おい。寝るなよ」
「寝てない……」
完全に寝ている。
亮太はため息をつき、会計を済ませる。
真之介を起こしながら、春香へ連絡しようとスマホを取り出した。
家を出る前の話について、少しはフォローしておこうと思った。
しかし、画面は真っ暗なまま。
電池が切れている。
「まいったな」
亮太は小さく呟き、テーブルに置かれた真之介のスマホを見る。
「真之介。春香に連絡したいから、スマホ貸して」
「んー……いいよ……」
真之介は半分寝たまま、指先だけでロックを解除する。
亮太は連絡先から春香を探し、電話をかけた。
数回の呼び出し音。
すぐに繋がる。
「もしもし? 真之介、どうしたの?」
春香の声。
やけに機嫌がいい。
弾むような、甘えた声だった。
亮太は一瞬、言葉を失う。
「もしもし?」
春香がもう一度言う。
「俺」
「……え?」
声の温度が一気に下がった。
「亮太だけど」
電話の向こうが黙る。
さっきまでの明るさが、嘘のように消えていた。
「なんで、真之介のスマホでかけてくるの?」
「俺のスマホ、電池切れたから借りてる」
「あ、そう」
春香の声は、明らかに不機嫌になっている。
「今、真之介と飲んでてさ」
「ふーん」
「さっき、ちょっと言いすぎたかなって」
「別にどうでもいいよ」
「なんで?」
「あんたに話した私がバカだった」
真之介からの電話だと思った時は、あんなに嬉しそうだったのに。
「そう」
亮太は短く答える。
「じゃあ、切るね」
電話を切り、スマホを耳から離した。
胸の奥に、嫌な違和感が残る。
ふと、亜美と電話で話した時のことを思い出す。
――亜美ちゃん、何か言いたそうだったな。
――まさか、真之介と春香が。
亮太は、テーブルに突っ伏している真之介を見る。
「真之介」
声をかけても反応はない。
完全に寝ている。
亮太はしばらく迷った。
けれど、もう見ないふりをする方が無理だった。
スマホの画面を開く。
メッセージアプリを探すと、春香の名前はすぐに見つかった。
最新のやり取りは、今日の昼。
『今日、亮太と飲むんだよね?』
『うん。久しぶりに会う』
『私達のこと言わないでよ』
『言わないって』
亮太は息を止める。
そのまま、二人のやり取りを遡っていく。
一件ずつ。
一日ずつ。
今日から、春香と出会う前まで。
十五分後。
亮太は二人のメッセージをすべて読み終えた。
しばらく何も言えない。
「くくくくく……」
一人で笑い始める。
隣の席にいたカップルが、不思議そうにこちらを見た。
止めようとしても、笑いが止まらない。
やっと謎が解けた。
真之介が、春香を勧める理由。
春香が、自分を見下し、ないがしろにする理由。
それは、あまりにも馬鹿らしかった。
「これは、きっちりお返ししなきゃだな」
亮太の顔は笑っている。
しかし、今までにないほど引きつっていた。
真之介の頭を軽く叩く。
「あれ、俺寝てた?」
真之介が起きる。
「起きろ。ラーメン喰いに行くぞ」
「ふあーい」
その言葉を聞くと、真之介はゾンビのような足取りで亮太についてきた。




