裏切れない
『今日、会社帰りに会ってもらえませんか』
仕事中、エリナからメッセージが届く。
『遅くなっちゃうかも。それでもよければ』
『大丈夫です。待ってます』
亮太は大急ぎで仕事を片づけた。
それでも、待ち合わせ場所に着いたのは二十一時を過ぎている。
エリナは大きな紙袋を抱え、こちらへ手を振っていた。
亮太は急いで駆け寄る。
「ごめんね。遅くなって」
「ううん。こっちこそ、急に呼び出してごめんね」
「今日はどうしたの?」
エリナは持っていた紙袋を差し出した。
「この前のお礼と、誕生日プレゼントです」
「えっ、俺に?」
袋を受け取ると、ずっしり重い。
「何が入ってるの?」
中をのぞく。
分厚い写真集と、何冊もの古いライブパンフレット。
亮太が学生の頃から好きだったバンドのものだ。
一瞬、言葉が出ない。
「これ……」
「雅也くんに聞いたら、好きなバンドがいるって言ってて」
エリナが少し照れくさそうに笑う。
「カラオケでも歌ってたよね。中古ショップを何軒も回って、やっと見つけたの」
「こんなに?」
「ちょっと重かったけど、持ってきたよ」
亮太は写真集とパンフレットを、一冊ずつ大事そうに手に取る。
「いや、最高だよ」
声が少し震えた。
自分が本当に欲しいものを調べてくれた。
何軒も探してくれた。
それを、わざわざここまで持ってきてくれた。
胸の奥がいっぱいになる。
「……ありがとう。本当に嬉しい」
それだけ言うので精いっぱいだった。
その瞬間、亮太は気づいた。もう、エリナのことが好きになっていた。
――もっと一緒にいたい。
「遅くなっちゃったし、車で送るよ」
「えっ、いいの?」
「うん。せっかくだから、もう少し話したいし」
「じゃあ、お願いします」
二人は亮太の自宅まで歩き、車に乗り込んだ。
◇
最初は、雑談やふざけた話ばかり。
けれど、目的地が近づくにつれ、エリナの口数が少なくなっていく。
何か言いたそうに亮太を見る。
それでも、目が合いそうになるたび前を向いた。
亮太は不思議に思いながら、隣の様子をうかがう。
しばらくして、エリナが小さく息を吸った。
「亮太くん」
「うん?」
「私、亮太くんのことが好きです」
亮太は何も返せない。
ただ、胸の鼓動だけが異様に速くなる。
公園の脇へ車を停める。
うつむくエリナの横顔を見た。
今すぐ抱きしめたい。
そんな衝動が込み上げてくる。
「俺も……」
そこまで言いかけて、声が止まった。
脳裏に浮かんだのは、春香ではない。
もう少しだけ春香と付き合ってほしいと頼んだ、香澄の顔。
自分を信じるように見つめていた、香澄と直樹。
言葉が出てこない。
沈黙を破ったのは、エリナだった。
「もしかして、彼女がいるの?」
亮太は小さく頷く。
エリナは、少しだけ寂しそうに笑った。
「そんな気がしてたんだ。後部座席に、プレゼントの袋が置いてあったから」
「ごめん。黙ってて」
「ごめんね。困らせちゃって」
エリナの声は小さい。
「嬉しい」
亮太はすぐに言う。
「すごく嬉しい」
エリナが亮太を見る。
短い沈黙。
「でも……今のままじゃ応えられない」
「彼女や彼女のまわりの人達を裏切れないんだ」
亮太は喉の奥から絞り出すように続ける。
「……ごめん」
エリナは少しだけうつむいた。
それから、「分かった」とだけ答える。
車を降りる直前、目元に涙が滲んでいるのが見えた。
亮太も慌てて外へ出る。
だがエリナは振り返らず、マンションの方へ走っていった。
亮太は、その背中を追いかけることができなかった。




