胸糞花火大会
春香に何度も言われ続けた結果、亮太は中古車を買った。
年式もそれなりに古い。
できれば、もっといい車が欲しかった。
しかし、社会人二年目の給料で買えるのはこれが精いっぱいだ。
それでも、休日に出かけるには十分だった。
「やっと買ったね」
車を見た春香が、嬉しそうに言う。
「まあ、中古だけど」
「いいじゃん。これで好きなところ行けるし」
春香は助手席に乗り込むと、当たり前のようにシートを倒した。
「最初はさ、開港祭の花火大会行こうよ」
「花火大会?」
「うん。車なら行ってもいいかなって思って」
亮太も、海から上がる開港祭の花火は好きだった。
それに、車があると春香の機嫌がいいことにも気づいている。
◇
週末。
二人は花火大会へ向かった。
会場の近くは混むらしく、亮太は少し離れたデパートの駐車場へ車を停める。
「ここから歩けば、三十分くらいだって」
春香がスマホの地図を見ながら言う。
「それでよさそうだね」
珍しく、二人とも機嫌がいい。
ここまで一度も喧嘩をしていなかった。
手をつないでデパートの中を抜けようとした時。
春香が突然、手を離す。
亮太は振り返った。
「ちょっと寄らせて」
春香は、デパートの中にある靴屋へ吸い込まれるように入っていく。
亮太は時計を見る。
「ねえ、あと四十五分で始まるから急がないと」
「すぐ終わるから!」
春香はセール品の棚を夢中で探し始めた。
五分。
十五分。
時間だけが過ぎていく。
亮太はしびれを切らし、声をかける。
「ねえ、もう間に合わなくなるよ。靴なんていつでも見られるだろ」
「うるさいな! もう少しだって言ってるでしょ」
怒鳴り返された。
亮太は説得を諦め、デパートの外へ出る。
三十分後。
遠くから、パン、パン、と音が響いた。
花火が始まる。
最悪だ。
亮太は近くの歩道橋へ上がった。
遠くに見える花火を、無表情のまま見つめ続ける。
せっかく買った車で、初めての遠出がこれか。
◇
四十分後。
花火が終わる頃になって、春香が紙袋を下げてデパートから出てきた。
「もう終わったと思うよ」
亮太は感情を抑えて言う。
「……行ってみる」
二人は会場へ向かって歩き出した。
春香は途中で何度か、
「もう終わっちゃったかな」
と呟く。
亮太は無視した。
――当たり前だ。
会場から大勢の人が帰ってくる中、逆方向へ歩いているのは亮太たちだけ。
幸せそうなカップルと何組もすれ違う。
やり場のない怒りと虚しさで、亮太の機嫌はさらに悪くなっていく。
◇
会場へ着いた頃には、人もまばら。
露店も店じまいを始めている。
「終わってるね。帰ろう」
亮太は無表情で言った。
それにしても。
どうして、この状況であの言葉が出てこないのだろう。
『ごめんなさい』
たったそれだけなのに。
ありえない。
◇
再び三十分かけてデパートへ戻り、駐車場から車を出す。
春香は買ったばかりのパンプスを箱から取り出し、嬉しそうに眺めている。
「それ、いくらしたの?」
「二十%オフで二千九百八十円」
春香は笑顔で答える。
「ふーん」
亮太は駐車券を精算機へ入れながら、適当に返事をした。
駐車料金は二千円。
黙って自分の財布から紙幣を入れる。
二時間かけてここまで運転してきて、その成果がこれか。
花火大会に間に合うなら、倍の値段の靴でも買ってやったのに。
「このあと、どうする?」
時計を見る。
二十時四十五分。
「もう遅いし、危ないから帰ろう」
亮太は棒読みのように答えた。
そのまま春香を家まで送り届ける。
「じゃあな!」
春香の返事を待たず、亮太は車を発進させた。
◇
エリナからメッセージが届いていた。
『今日はお休みですか?』
亮太は少し迷ってから返信する。
『花火大会に行ったんだけど、見られませんでした』
『そうなんだ。じゃあ今度、一緒に行きませんか』
亮太はドキッとする。
――デートに誘われてる?
しかし、その直後。
『みんなも誘って行きましょう』
亮太は苦笑した。
「ですよね……」
一人でそう呟く。




