亜美と志乃の電話
しかし、何も変わらないまま、二カ月が経過した。
「あーあ、亮太がもっといい大学出てたら自慢できたのにな」
亮太は隣を歩く春香をちらりと見る。
だが、何も返さない。
今の春香のセリフは、何か話の途中で出たわけではない。
独り言のように、いきなり呟いたのだ。
どうせ聞き返したところで、「思っただけ」と流される。
真之介の言っていた言葉を思い出す。
『いつも亮ちゃんを怒らせちゃって反省してる』
『大事にされてるからつい調子に乗っちゃう』
――本当なのだろうか。
耐えられず、亮太の方から数回別れ話をしたことがある。
だが、まるでいつもの痴話喧嘩のようにはぐらかされてしまう。
「別れよう」
「いいよ」
春香は、その場では簡単に了承する。
しかし翌日になると、何事もなかったように電話をかけてきた。
別れ話そのものを、痴話喧嘩くらいにしか考えていないらしい。
◇
その夜。
亮太は亜美に連絡を入れる。
春香の友人に相談するのは、少し迷った。
しかし、春香をよく知っていて、なおかつ話が通じそうなのは亜美くらいだ。
電話をかける。
「ごめんね、急に」
「ううん。春香のこと?」
「うん。正直、もう無理だと思う」
電話の向こうで、亜美が黙る。
それから、小さく息を吐いた。
「そっか」
「驚かないんだ」
「うん。まあ……春香って、昔からああいうところあるから」
「昔から?」
「うん。自分が好きなことは、まわりも好きって思いこんじゃうの。断ると機嫌悪くなるし」
「春香と僕が付き合う前はどうだったの?」
「それがね……」
亜美の声のトーンが少し下がる。
「わたし、親友認定されちゃってさ」
「買い物とか、旅行とかを春香がどんどん決めちゃうの」
――今の僕と同じだ。
電話の向こうで、亜美が苦笑する。
「智也と付き合い始めてからも、二人っきりにしてもらえなかったんだ」
「だから亮太くんが登場して、天の助けだと思ったの」
亮太は思わず吹き出す。
「ババ抜きのジョーカーが俺に移ったってこと?」
「そこまでは言わないけど……」
亜美の声が少し弱くなる。
「でも、正直、亮太くんと付き合い始めてから、私は少し楽になった」
亮太は何も言えない。
「なんか、ごめんね」
「亜美ちゃんが謝ることじゃないよ」
「でも、もっと早く言えばよかったかなって」
「いや、ありがとう。聞けてよかった」
亮太はそう言って、電話を切ろうとする。
「あ、ちょっと待って」
亜美が止めた。
「こんな事言うのもあれだけど、春香と無理に付き合うこともないと思うよ」
「どうして?」
「春香は、昔っから惚れっぽいとこあるから」
「……そっか」
亜美は何か言いかける。
だが、結局そのまま黙った。
亮太も、それ以上は聞かない。
電話を切った後も、亜美の言葉が少し気になった。
◇
その後、スマホが鳴る。
志乃からだ。
「ハロー。亮太ひさしぶり」
「おう、ひさしぶり」
「まだ、純愛の子と付き合ってるの?」
「うん……まだ」
「元気ないじゃん。せっかく浮気に誘ってあげようと思ったのに」
「やめてよ。今、気持ち落ちてるんだから」
一瞬、志乃に会いたいと思ってしまった。
「てか、志乃は彼氏いないの?」
「最近、仲良くしてる男いるよ」
「どんな人?」
「なんか格闘技やってるんだって。顔にタトゥー入ってる」
少しの沈黙。
「志乃。浮気は絶対にしないから、もう誘わないで」
「亮太、なんか焦ってない?」
「……」
――危なかった。
こっちにもジョーカーがいたとは。
亮太は心の中で呟いた。




