第十二話 桜吹雪の降る時期かな 其の弐
狭霧村には、今もなお桜の花びらが静かに舞い続けていた。
春風が吹いているわけではない。
それでも花びらは空から絶え間なく降り注ぎ、石畳を淡い桃色に染め、小川の水面へ落ちてはゆっくりと流されていく。
姫紬は一枚の花びらを両手で受け止め、じっと見つめた。
「……やはり、不思議ですわ。」
花びらは本物の桜と変わらない。
香りもある。
触れた感触も柔らかい。
しかし、どこから降ってきているのかだけは分からなかった。
「まずは調べなくてはいけませんわ。」
姫紬は静かに頷き、村の中を歩き始めた。
異変を解決するには、まず異変を知ること。
時計台大図書館で読んだ本にも、そのように書かれていた。
商人通りへ向かうと、いつも賑わっている市場も今日は少し様子が違っていた。
「おやおや、また花びらだ。」
「商品の上まで積もっちゃうよ。」
「綺麗なんだけどなぁ。」
商人たちは苦笑しながら布で花びらを払っている。
桜の花びらは払っても払っても降ってくるため、木箱の上にはすぐ新しい花びらが積もってしまう。
姫紬は近くの商人へ声を掛けた。
「こんにちは。」
「ああ、姫紬ちゃんか。」
「何か変わったことはありませんでしたか?」
「うーん……花びら以外は特にないなぁ。」
「夜も降っていましたの?」
「ああ、一晩中だったよ。朝になったら止むと思ったんだけどな。」
「そうですか……。」
姫紬は小さく頷いた。
昼だけではない。
夜も降り続いている。
自然の桜なら考えられない現象だった。
さらに歩く。
今度は薬草屋の前。
棚に並んだ乾燥薬草にも桜の花びらが積もっていた。
「困りましたねぇ。」
店主の人妖が苦笑する。
「薬草へ花びらが混ざってしまいます。」
「体に害はありませんの?」
「今のところはありません。ただ、見たこともない現象です。」
「ありがとうございます。」
姫紬は丁寧に頭を下げた。
次は村の井戸へ向かう。
人間やあやかしたちが順番に水を汲んでいる。
井戸の中を覗くと、水面には無数の桜が浮かんでいた。
「井戸まで……。」
姫紬は柄杓で少しだけ水をすくう。
花びらを取り除いて見てみるが、水は透き通っている。
濁りも異臭もない。
「水には異常ありませんわね。」
少し安心した姫紬だったが、気になることもあった。
桜は水面へ落ちても枯れない。
しばらく浮かんでいても色が変わらず、美しいままだった。
「普通ではありませんわ……。」
その時だった。
「姫紬ちゃん!」
振り返ると、以前助けた子供たちが走ってきた。
「こんにちは。」
「こんにちは!見て!」
子供は嬉しそうに手を広げる。
その手には何枚もの花びらが乗っていた。
「いっぱい集めた!」
「まあ、きれいですわね。」
「でもね!」
「はい?」
「あっちにもいっぱい咲いてるよ!」
「咲いている?」
「うん!木がないのに!」
姫紬の表情が少し引き締まる。
「どちらですの?」
「あっち!」
子供が指差した方向へ向かう。
そこは村の小さな広場だった。
広場へ着くと、姫紬は思わず足を止めた。
「これは……。」
石畳の真ん中。
何もない空間に、桜の花だけが咲いていた。
枝もない。
幹もない。
それでも花だけが宙へ浮かび、静かに揺れている。
周囲には何人もの村人が集まり、不思議そうに眺めていた。
「朝より増えてるな。」
「最初は一輪だけだったんだ。」
「触っても消えないぞ。」
一人の少年がそっと触れる。
花は揺れただけで散らなかった。
姫紬も慎重に近づき、手を伸ばす。
指先が花弁へ触れる。
冷たくも熱くもない。
しかし――
「……妖力。」
ごく僅かだった。
花から妖力を感じる。
自然の桜ではない。
誰か、あるいは何かが生み出している。
姫紬は立ち上がった。
「やはり異変ですわ。」
村人たちも不安そうな表情を浮かべる。
「姫紬ちゃん、治るかな?」
「ええ。」
姫紬は優しく微笑んいた。
「必ず原因を見つけますわ。」
その言葉に、皆は少し安心したようだった。
姫紬はさらに村を歩く。
川辺。
畑。
民家の屋根。
どこへ行っても花びらは降り続き、枝のない場所へ桜が咲いている。
「村中……。」
異変は一点ではない。
村全体を覆っている。
「中心があるはずですわ。」
姫紬は静かに考え始める。
「花びらは村全体へ広がっています。ならば最初に現れた場所があるはず……。」
時計台大図書館で読んだ異変の記録を思い出す。
大きな異変ほど、最初に力の集まる場所が存在する。
そこを調べれば何か分かるかもしれない。
「村の中で、一番妖力が集まりやすい場所……。」
姫紬は村の地図を頭の中で思い浮かべた。
商人通り。
小川。
広場。
時計台。
そして――
「狭霧神社。」
村を見守る古い神社。
昔からあやかしたちも人間も参拝する場所。
妖気や霊気が集まる場所でもある。
「まずは、あそこを調べるべきですわ。」
姫紬は静かに頷く。
その時、一陣の風が吹いた。
今までよりも多くの桜の花びらが舞い上がり、まるで道を示すように村の奥へ流れていく。
その先にあるのは、ひまわり通りだった。
姫紬はゆっくりと歩き始める。
ひまわり通りは季節になると黄色い花で彩られる明るい通りだが、今日は桜吹雪に包まれ、不思議な景色へ変わっていた。
黄色と桃色が混ざり合い、幻想的な光景が続く。
道端には空中へ咲く桜。
屋根の上にも桜。
石灯籠の上にも桜。
どこを見ても異変の気配が広がっている。
姫紬は足を止めることなく、その道を真っ直ぐ進んだ。
やがて、木々に囲まれた古い石段と赤い鳥居が視界へ入る。
狭霧村を見守る社――狭霧神社である。
「......やはりここにも桜が......あら?」
鳥居の上に少女が座っている。
その少女は牙のような飾りが二本付いた首飾りを身につけ、のんびりと足を揺らしていた。
「あの~!」
「......?」
少女は軽やかに鳥居から飛び降りる。
その手には揚げパンが握られており、一口かじってから首を傾げた。
「どうかした?」
「いえ、異変を調べてて、あ、私は川姫の姫紬ですわ。あなたは」
少女は揚げパンをもう一口食べ、穏やかに答えた。
「私はシシ、妖怪『おとろし』だ」
ここまで読んでくれてありがとうございます。
次回もお楽しみに




