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「エスペリア様! お命じになられた大貴族たちの不正蓄財の証拠、および隠し倉庫の特定、すべて完了いたしました!」
特別執務室の扉を勢いよく開け、胃痛持ちの文官・リツが興奮した面持ちで報告にやってきた。
私の専属補佐となった彼は、すっかり私を「国のために泥を被る気高き魔女」と勘違いし、私が誰とも話さなくて済むように、外での面倒な調整や現場の指揮をすべて完璧に代行してくれている。本当に素晴らしい部下だ。
「ありがとう、リツさん。でも、まだ踏み込まないでください。彼らをただ捕まえるだけでは、非効率です」
私は毛布にくるまり、ホットミルクをちびちびと飲みながら、机の上に広げた魔石市場の価格推移グラフを指差した。
「現在、大貴族と魔法ギルドのストライキによって、王都の魔石価格は普段の五倍にまで高騰しています」
「はい。奴ら、倉庫に魔石を溜め込み、意図的に市場を干上がらせて暴利を貪ろうとしています。許しがたい強欲さです」
私は深く頷いた。
哲学者ショーペンハウアーは「富は海水のようなものだ。飲めば飲むほどに渇きをおぼえる」と言った。
既得権益にしがみつく貴族たちは、まさにその状態だ。自分の特権が脅かされたことで、より一層の富(海水)を飲もうと必死になっている。
だからこそ、その強欲さを利用して、彼らの資産を合法的に「紙切れ」に変えてやるのだ。
「リツさん。王家の資金を担保にして、ダミーの商会をいくつか立ち上げてください。そして、高値で売り抜けたいと考えている貴族たちから、大量の魔石を『借りて』、今の高騰した価格で市場に全量売り払います」
「……魔石を借りて、売る? しかし、借りたものは後で買い戻して返さなければなりません。もしさらに値上がりすれば、大赤字になりますよ?」
リツが不安そうに首を傾げる。
そこで私は、前世の歴史オタクとしての知識を披露した。
「買い戻す時の値段が、暴落していればいいんです。……前世で読んだ歴史書に、ある東洋の島国を統一しかけた『オダ・ノブナガ』という恐ろしい覇王の記録があります」
「覇王ノブナガ……」
「彼は『楽市・楽座』という政策を行いました。それまで特定の組合(座)が独占していた商売の権利や、通行税を取る関所をすべて物理的に破壊し、誰でも自由に商売できる完全な自由市場を作ったのです。結果、古い既得権益層は経済基盤を失って滅びました」
私は言葉を切って、冷たく笑った(自分ではかっこよく笑ったつもりだが、ただの寝不足の陰キャの引きつり笑いである)。
「私たちが魔石を売り払った直後、アイローン殿下の御名において『魔石の専売制の完全撤廃』と『新規参入の自由化』を宣言します。……どうなりますか?」
「なっ……! 独占が崩れれば、価格競争が起きて魔石の値段は一気に暴落する……! そこで暴落した魔石を安値で買い戻して、貴族に返却する……!?」
リツの顔から、さぁっと血の気が引いていく。
「その通りです。差額はすべて王家の利益になり、高値で魔石を握りしめていた貴族たちの資産価値はゼロになります。これを経済用語で『空売り(ショート・セル)』と呼びます」
「あ、悪魔だ……!」
リツは両手で顔を覆い、ガタガタと震え出した。
「武力を使わず、法に触れることもなく、敵の強欲さにつけ込んで全財産を合法的に奪い取り、国家の利益に転換する……! なんという神算鬼謀! エスペリア様、あなたは本当に、血も涙もない冷徹な知性の化身だ!」
(いや、ただの歴史のパクリと経済の基本なんだけど)
「素晴らしい手腕だ、エスペリア。聞いていて鳥肌が立ったよ」
「ひゃんっ!?」
いつの間にか執務室に入ってきていたアイローン殿下が、私の背後からふわりと肩に手を置いた。
「で、殿下! い、いつからそこに……!」
「『覇王ノブナガ』のくだりからね。君のその容赦のない市場破壊の計画、実に美しい」
殿下はソファに座る私の背中越しに身を乗り出し、長い指で私のボサボサの髪を優しく梳き、そのまま頭をポンポンと撫でた。
「君の計算通りに事が進めば、あの目障りな貴族たちは一瞬で路頭に迷うことだろう。僕の最高の軍師殿……君は本当に、僕の期待を裏切らないね」
「〜〜〜〜っ!」
至近距離からの美貌。鼓膜をくすぐる甘い声。そして極上の頭ポンポン。
ショーペンハウアーの哲学も、覇王ノブナガの戦略も、私の脳内から一瞬で消し飛んだ。
「あ……う、えへへ……殿下に褒めてもらえるなら、市場の一つや二つ、いつでも更地にしてみせますぅ……」
「ふふ、頼もしいな」
顔をだらしなく緩ませ、口を半開きにして呆ける私。
そんな私を見て、リツはなぜかハンカチで目頭を押さえて感動している。
「おお……自らは冷酷な魔女の汚名を被りながら、殿下の前でだけは、あのように無邪気な笑顔をお見せになる……。このリツ、お二人の覇道のためならば、どこまでも修羅の道を供回りいたしましょう!」
(※注:ただイケメンに撫でられてデレているだけです)
無論、私は経済倫理などという観念は持ち合わせていない。
だからこそ私の「知識のひけらかし」と「イケメンへの耐性のなさ」は、過保護な部下の重すぎる忠誠心と相まって、現代であれば間違いなく革命の引き金となるような、大貴族たちを絶望のどん底へと叩き落とす無慈悲な経済戦争の引き金を、あっさりと引いてしまうのだった。




