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「魔女を追い出せ!」
「我らの特権を返せ!」
王宮の窓から、地鳴りのようなシュプレヒコールが響いてくる。
私の宣言通り、特権を全廃された大貴族と魔法ギルドが結託し、王都への食料と魔石の供給をストップさせるストライキを起こしたのだ。
「ひぃぃっ……怖い、帰りたい、お布団に引きこもりたい……!」
私は王宮の奥深くの特別執務室で、机の下に潜り込み、毛布を被ってガタガタと震えていた。
頭では分かっているのだ。
特権を奪われた既得権益層が、供給を絞って価格を吊り上げ、政府を屈服させようとするのは歴史上よくあることだ。
でも、知識として知っているのと、実際に自分が「国を滅ぼす氷の魔女」として群衆からリアルな殺意を向けられるのとは全く別の話である。
常に目の下に濃いクマを作り、幽霊のように佇む陰気な私にとって、怒り狂う人間の大群など、この世で最も恐ろしいホラー現象でしかない。
「どうしよう、絶対に殺される……私の安眠ライフが……」
「エスペリア。こんなところに隠れていたのかい」
唐突に、毛布がふわりと持ち上げられた。
涙目で顔を上げると、そこには心配そうな顔をしたアイローン殿下がしゃがみこんでいた。
「で、殿下ぁ……! 外の人たち、すっごく怒ってます! 私、絶対に石とか投げられますよぉ……!」
「無理もない。君は今、大陸中で最も憎まれている女だからね」
「うわあああん!」
情けなく泣きべそをかく私を、殿下はスッと抱き寄せ、その大きな手で私のボサボサの頭を優しく、何度もポンポンと撫でた。
「怖かったね。でも、安心していい。君のことは、僕が絶対に守り抜く」
「で、殿下……?」
「君は、我が国を救うために誰よりも汚れ役を引き受けてくれた。その気高く美しい献身を、僕は誰よりも理解しているよ。……だから、震えなくていい」
(うっ……顔面国宝のハグと頭ポンポン……! しかも超絶甘い声……!)
恐怖でパニックになっていた私の頭が、一瞬でお花畑のようにピンク色に染まっていく。
哲学者ショーペンハウアーが「孤独を愛さない人間は、自由を愛さない人間にほかならない。なぜなら、孤独でいるときにのみ人間は自由なのだから」と言ったように、本来なら一人で引きこもっているのが私にとって一番安全で自由なはずなのに。
イケメンの腕の中という圧倒的な安心感と甘やかしの前に、私の恐怖心はあっさりと溶け去ってしまった。
「あ、う……えへへ……殿下が守ってくれるなら、平気、ですぅ……」
「ふふ、いい子だ。ところで、頼んでいた計算は終わっているかな?」
「はいぃ……大貴族たちの不正な資金洗浄の経路、過去の帳簿から全部逆算してやりました……」
だらしなく口を半開きにして呆けながら、私は机の上の「不正蓄財の逆算表」を指差した。
「素晴らしい。あとはこれを差し押さえるだけだね。……入ってこい、リツ」
殿下が声をかけると、執務室の扉が開き、目の下に濃いクマを作った神経質そうな青年の文官が入ってきた。
「エスペリア特別会計秘書官殿。殿下のご指名により、本日から貴女の専属補佐につくことになりました、リツと申します」
聞けば彼は、元々は財務省のエリートだったが、完璧主義ゆえに周囲の不正を許せず、窓際部署へ追いやられていたらしい。
リツ事務官は、机の下で殿下に抱きしめられながらポワワワと呆けている私(彼は『恐怖に耐えながらも国のために計算を終え、精根尽き果てた痛々しい姿』と勘違いしている)を見て、ハッと息を呑んだ。
「エスペリア様……! まさか、外の暴徒の恐怖に晒されながら、お一人でこの計算を……!? ああ、なんて気高い自己犠牲の精神だ……!」
「え? いや、ただ気を紛らわすために計算してただけで……」
「ご謙遜を! 冷徹な魔女などと外で罵られていますが、私にはわかります。あなたは誰よりも深くこの国の未来を憂い、身を粉にして働いておられる……ッ!」
リツは突然、おかんのように涙ぐみながら、私に温かいミルクを手渡してきた。
「現場の泥仕事は、全て私が代行いたします! この帳簿の証拠をもとに、あの腐りきった貴族たちの隠し資産を一斉に差し押さえてご覧に入れましょう!」
彼はまるで神にでも出会ったかのような、狂気と崇拝の入り交じった目で私を見つめ、恭しく一礼した。
彼らが結託して、容赦のない財産没収を嬉々として執行していくことなど知る由もなく。
私は温かいミルクを飲みながら、「守ってもらえるし、部下も優秀だし、最高だなぁ」と、久しぶりの安眠へと落ちていくのだった。




