#26 清濁呑み込んでこその人生
2月からはじまった本シリーズも、この回でそろそろ折り返し。ここから緩やかに物語が動きます。
以降は名ばかりでなく、ちゃんとラブコメになる……とおもいます。
たぶん。
「ええと、ここが辰巳の図書室。蔵書数は県内じゃ一番。借りたい時は生徒手帳をぴっとかざすだけ。簡単で良いでしょ?」
「へェ……」
栗色の髪を三つ編みで束ね、赤渕の眼鏡を煌めかせ、アタシを前に事細かな説明を加わう。対して興味のない単語の羅列を聞き、そんな感情おくびも出さず、友好的に首肯する。
ああ。どうしてこんなことになったのか。発端はあのでくの棒。苅野忍を名乗るオカマ野郎のお仲間さん。
チアキの奴がやばい、とLINEメッセが流れてきた時、反応すべきか少し迷った。生徒会を介し、その正体が白日の下に晒されるのなら、均衡の天秤は間違いなくこちらに傾く。
「あ、あのう。稲森さん。私、ちょっと用事が」
「いいじゃないの、もうちょい付き合って。来たばかりで勝手がわからないんだしさー」
けれどアタシは既読を付け、北西アズマの代わりを買って出た。理由を増やし、この女を足止めている。
何故? どうして? WHY? その答えに察しは付く。付いているけど言いたくない。これは貸しだ。あのオカマに払ったツケでしかない。自分にそう言い聞かせ、浮足立つ生徒会書記の手に腕を回す。
「じゃあさ、じゃあさ。折角だからオススメの本とか教えてよ。あんまり読まないからさー、字少なめ、画多めのやつー」
「ちょ、ちょっとお……」
あぁあ。アタシってばなんでこうもお人好しなんだろう。いろんな疑問を腹の奥に放り、揖斐川綴と共に図書館の中へと突き進む。
(あとは自分らでなんとかしなさいよね)
柄じゃない言葉を喉元で留め、心の中で毒づいて。
※ ※ ※
「チアキ! そこにいるんだろ!? 返事してくれ!」
半開きになったドアに指を滑り込ませ、抗う生徒会役員と必死の拮抗。俺たちは罠に嵌められた。チアキの奴が危ない。足止めする生徒会書記の相手をユウに任せ、本陣へと息を弾ませ駆けてゆく。
「執務中に何と不躾な! このマグネットが見えないのですか!」
ああ、解ってるよ。あんたらからすりゃそれが仕事なんだろ。ドッペルさん《チアキ》は了解なくヒトに化ける異常者だ。解き明かさんとするそちらに利があるのも理解している。
「お叱りなら後で受けるよ! だから中に入れてくれッ」
けど、そんなことはどうでもいい。ここで動かなきゃオトコとして、いや友達として失格だろうが!
『ヒガシくん! いるよ! ワタシはここに!』
そぉら見ろ。チアキのヤツ、涙目で声がらがらに嗄らしてやがるだろうが。もう限界だって顔してるじゃんよ。
それがアンタらのいう正義か、民意だってのか辰巳高生徒会。大多数の娯楽のためならマイノリティーは切っても良いっていうのか生徒会!
「チアキ……ヒガシ……」
抉じ開けた戸の隙間から、制服の下にジャージを穿いた生徒会長の顔が見えた。俺とアイツの顔を交互に見、何か……考えている?
「ながら君」そこからの反応は素早かった。「あまり、引き戸に負担をかけるべきではありませんよ。下がってください」
「会長!? ですが」
「構いません。少し……お話が聞きたくなりました」
あの七三分け、美人の会長とネンゴロか。二度は聞かず首肯して、塞ぐその手をさっと退く。
「うお、っとっと……」
やや前屈みになりながら生徒会室へとエントリー。煮え切らない顔で俺を睨む七三分け眼鏡と、淑やかな雰囲気をたたえた生徒会長。そして――。
「ヒガシくん!!!! ヒガシくんヒガシくんヒガシくん!!!!」
纏ったカワを振り乱し、俺へと駆け寄る化け物チアキ。よっぽど追い詰められていたのか、高低ぐちゃぐちゃに歪んだ声で俺に抱き着いてくる。
「チアキ」役者が揃ったこのタイミングを見計らい、明灯生徒会長から俺への一言。「それが、ドッペルさんの名前、ですか?」
「数ある内の、ひとつですよ」曲がりなりにも上級生だし、慣れない敬語で言葉を返す。「本名なら俺だって知りたい」
「成る程」会長はそのまま俺を見据え、「あなたは、彼女の友達……ということで、宜しいですね?」
「ええ」脅迫されている間柄、なんて情報はこの際放っておこう。
「この度は、どういった御用向きで」
「決まってるでしょ」わざわざ俺に言わせるのか。「友達が泣くほど困ってる。だから、助けに来た」
「友達? ハッ、友達!?」
ここで失礼な嘲笑を掛けてきたのはあの眼鏡だ。
「馬鹿も休み休み言え。ドッペルさんだぞ!? 得体の知れない物の怪に、友達なんて出来るはずが」
「ながら君!!」
ふざけんな凄んでやろうかと思った矢先、生徒会長の平手がイキる眼鏡の左頬を引っ叩く。そういえば右頬にも薄っすらアザがあったな。右の頬を叩かれたらナントやらって聖書の話か。正直今はどうでもいい。
「北西アズマ君。あなたとチアキさんのお怒りはごもっともです。貴方がたのお気持ちも考えず、こちらの都合で振り回したことを謝罪します。本当に、申し訳ありません」
すっと伸びた背筋を曲げて、お詫びの礼まで綺麗だとは恐れ入る。しかし、話が早いな。俺ァもっと、自分たちの利を述べてゴネるものだとばかり……。
「我々が浅はかでした。他が求めるものをと逸るばかり、あなた方がどう思うか、考えもしないで……!」
おぉ、セイセイ。頭を下げたまま土下座に移行とか器用だな。やられた側ではあるが、そこまですること? 不安になってチアキの顔を観る。言葉はないが、唇を震わせ怯えている。少なくとも、こういう謝罪を求めている態度ではない。
「頭を上げてくださいかがり会長。俺たちだって流石にそこまでは」
「そうですよ会長。幾ら何でもやりすぎです」
俺に合いの手を入れるかのように、頬を押さえた七三眼鏡が会話に乗った。
「向こうだって徒党を組んで罠に嵌めようとしたのです。喧嘩両成敗というやつではありませんか。あなたが土下座なんて」
「いいえ。非は間違いなく此方にあります。選挙のためとはいえ、他が求めているとはいえ、こういうことはすべきじゃなかった」
なんだか話が見えないな。先手を打ったのはチアキの筈だが、向こうさんにも何か思惑があったってこと? うむむ……。
「あの、会長」俺は言い争う二人の元に割って入る。「理由を聞かせてもらえませんか。チアキを捕らえて、何をしようって言うんです」
「確かに」かがり会長は『それもそうだ』みたいな顔をして。「謝るより先に、事情を説明するべきでした。少し込み入った話になるのですが……」
そんな訳で、俺とチアキはこうなるに至った連中の身の上を訊くことになった。
迫る生徒会長選挙。心許ない得票予想。人が良すぎる生徒会長。それを踏まえた人気取りの手段――。
「成る程。だいたい解りました」
俺たちにとっちゃとばっちりこの上ないが、向こうだって必死なのだ。俺にはそれを責められない。
「ふ、ふざけんじゃあないよ! 結局ボクは! ワタシたちは、そんなことで振り回されたって言うのかよ!!!!」
ひとつ訂正。当事者のチアキは読み間違いでガチ焦り。しかも弱みを見せたとあっちゃあ、正当性があろうとなかろうとブチ切れる。無責任かもしれないが、俺にはそれを責められない。
「落選しろ落選! そんな汚い手段で勝ち取った票なんかワタシは認めない! それで支えられた生徒会長なんざ願い下げだっつーの!」
「きっ、きさまあ! 会長が下手に出ているからとかような暴言! 訂正し謝罪しろ! 直ちに!!」
「けぇーーっ。誰がするか七三分けがァア。ばーーか、馬鹿、ばぁあああああああか」
まずいな。どんどん低レベルな争いになってきた。誰かがバランスを保たねば。
「その辺にしとけよ家川のば。この場の頭脳指数を下げ続けるんじゃあない」
「な、なにさその言い方ぁ」中折れ食らってご立腹。奴らへの協力なんざ願い下げってか。
ところが、そうはゆかないんだよな。第一、騒乱の元・ドッペルさんはお前が蒔いた種そのもの。向こうの無法とこっちの非常識とでイーブン。
「不本意だろうがな。これは蹴るべきじゃないんだよ。矛を収めて話を聞け」
「な、なにがさ」
「何もかも、だ」
いい加減、ドッペルさんの影探りされるのはお前だってうんざりだろ? 心静かに、適度に人気を得て学校生活送りたいんならさ――。
※ ※ ※
「ご通学中の皆さん、おはようございます。この度生徒会選挙に立候補致しました、現職の明灯かがりです」
「二期目も皆様に寄り添って参りたいと思います。何卒、何卒私・明灯かがりに清き一票をー」
辰巳の校門前に陣取り、声を上げて支持を訴える『ふたりの』明灯かがり。生徒たちは皆一度目で困惑し、思わず二度見。
「明灯会長の再選を何卒!」
「宜しくお願いしまーす!」
取り巻き二人が怯んだ奴らにすかさずビラ撒き。少人数でもこれだけやれるか。アイデア勝ちなきらいもあるが。
「生徒会長、まさかお隣……ドッペルさん?」
「なんで?! なんでドッペルさんが!?」
「さあ。それは」『どうなのかしらね』
同じ顔。同じ身なり。同じ声。
役員が誰かなんてどうでもよい層にとって、これ程強力な宣伝効果はあるまい。
『――おい、ヒガシ』
遠巻きにそれを見つめていたら、LINEの方へメッセージ。チアキのやつ、かがり会長のフリする傍ら、画面も見ずに文字打ちやがったのか。
『――何の辱めだこのマネキン。これじゃあワタシはヤツの軍門に下ったみたいじゃんか』
軍門とは物騒な。これも人助けの一環だってのに。
「――代わりに、お前の身柄は生徒会が保証するんだ。交換条件・交換条件」
チアキが明灯会長の姿をしてあそこに立ってる理由はシンプル。ドッペルさんの正体を明かせという依頼を反故にし、当方に害意は無いと他に伝える約束を取り付けたからだ。
これまで、ドッペルさんとは唐突に現れては消える怪異であった。それ故憶測が憶測を呼び、捜索に精を出す者共が後を立たなかった。
それが今、生徒会付きという分かりやすい身分で手の届く場所に居る。だったらそこを頼ればいい。少なくとも、これまでみたいに闇雲に捜す輩はずっと減る。
『――ワタシは納得してないからな』
有権者に手を振る最中、ほんの一瞬スマホをチラ見し、即座にポケットの中でアプリをタイプ。器用な奴だ。卒業後は映画俳優かパフォーマーにでもなるが良い。
『――幽霊が! 存在の不確かなバケモノが生徒会! 権力者に縋って護って貰うなんて! バカなの? バカでしょ! 馬鹿じゃない!?』
にこやかな笑顔を絶やさずに、裏ではLINEでこんな暴言。チアキさん、あんたホントに役者だよ。それで就職出来たら将来安泰だろうな。
「頑張れよ〜。応援してっぞーー」
面白半分に大手を振って、壇上の『会長』にエール。傍目にはその他大勢の応援のうちひとつにしか見えないことだろう。
「うう、あぁ、う……」
「あらあら。『私』ってば初心ですのね。可愛らしいこと」
頬を染めて俯いたのは果たしてどっちか。きっとそれは俺にしかわからない。
今にして思えばここが、奴と俺との関係の転換点。秘密を共有する友達でなく、互いを意識し合うキッカケであったのだけど、この時の俺はまだ知らない。
いや、とっくのとうに気付いていたか。解っていながら誤魔化した。『それ』は多分、どっちにとっても不幸にしかならないから。




