#25 あなたにとって、それは……。
「本当の、姿?」
「あなたが怪異でないのなら、揖斐川さんの顔の下には本当のお顔が隠れている筈」
「それを剥がし、素顔をお見せいただきたい。そういうことです」
当然の帰結であるとは思う。それまでの情報を結合し、こうして直に話してしまてば、むしろバレない方がおかしい。
けれど、けれどだ。何故ワタシがそんなことをしなくちゃあならない? 罠にかけられ、鎌をかけられ、理不尽に追い詰められたこのワタシが!
「オコトワリだね。ヒトを罠に嵌めといて図々しいにも程がある」
「ドッペルさん。私はあなたを尊敬しているのですよ」かがりは藍色の瞳を絢爛と輝かせ、ワタシの手を優しく包み。
「他が為に何かを成さんとするその御心。その献身。称賛されて然るべき行いです」
「はッ。今度は褒め殺しか? 今更何を言ったって」
「ですが」大真面目なその口調に芯が差さり、ワタシを見る目も熱を帯びて。
「そのような偽りの仮面で顔を覆っていては、正当な評価を与えることが出来ません。孤独に堪え、脇役に甘んじるこの状況は相応しくありません」
「あ……ア?」
勘違いも甚だしい。ワタシはワタシの為に生きている。いつ何時だって、世のためヒトのために動いたことなどない。生徒会長明灯かがり。お前がワタシの何を知る。この孤独を理解できる人間なんていない。
「貴重な時間を無駄にした」もう、ここに居座る理由はない。前触れなく席を立ち、罠を張った奴らに言ってやる。
「善人気取りの偽善者め。お前は何も分かってない。二度とワタシの前に顔を見せるな。そう、二度と! 二度とだぞ」
「本当に……そうでしょうか?」
だのに奴と来たら、逃がすつもりはないとばかりにワタシを射竦め、話を聴くよう訴えかける。
「表層を覆って学校に溶け込み、大袈裟な自己主張を吹聴する。少なくとも、他に紛れ、隠れ潜もうとする者のすることではない」
「何が……言いたい?」やめろ。
「もう、ご自身でも解っているのではありませんか?」やめろ……。
「ドッペルさん、貴方は他の誰かに認めて貰いたいのでしょう? ここに在ると世に知らしめたいのでしょう」やめて。
「しかし、そうする為の手段は他人に成り代わること。ですがそうして集めた注目は、果たしてどちらのものなのか」
やめてよ。もう、たくさんだ。
「如何に姿を変えようが、その欲望は満たされない。解っていてもやめられない。やめられる訳がない。貴方にとって、それは」
一度火が点けばもう止まらない。自分でも何と言ったか憶えていない。とかく”ボク”は沸き立つ衝動に身を任せ、ドヤ顔で正論を言い連ねる傲慢不遜な生徒会長に踊りかかった。
「化け物の分際で、会長に何をするッッ」
なんで、過去形なのかって? 悔しいが、そこから何も進展しなかったからだ。ボクとかがりの間に割り込んだ七三分けの手には、ばちちと火花を散らすスタンガン。
胸部狙いが僅かに逸れて、内角高めの単打。如何なドッペルさんも電撃を打ち出す文明の利器にはかなわない。目の前が白くなるのを感じながら、カッコ悪く膝から崩れ落ちた。
「ながら君!!」
湾曲する視界の端で、憎き生徒会長が主犯の眼鏡を引っ叩く。そうなるだろうと確信していたのか、奴の目に驚きや怒りなんてものは見当たらない。
「申し訳ありません会長。ですが」
「言い訳は無用。生徒会役員が守るべき生徒に手を出すなど、恥を知りなさい」
偽善者め。内心七三分けに感謝しているくせに。羽交い絞めにされ、身の危険を感じれば掌をくるりと返す癖に。いい人ぶったその態度にヘドが出る。
「ごめんなさい。こんな、傷付けるつもりは……」
(もう十分傷ついてるよ)奴は震えるボクの手を掴み、ぐいと上体を抱き起こす。
藍色の瞳の中にボクがいる。吐息のかかる距離にアイツがいる。心底申し訳なさそうな顔をして。打算も騙しもない、幼気な顔をして。
「会長! い、いったい何を」
「役員の過失は我が過失。これで許していただけるとは思いませんが……」
戸惑うボクの肩に腕を回し、優しくチカラを掛けてくる。まるで良い警官、悪い警官だ。眼鏡が甚ぶり、こいつが優しさを向けてくるっていう。
「今の私にはこのくらいしか出来ません」
早鐘を打つ心臓が普段のリズムを取り戻し、ざわめく怒りが内へと下がってゆく。なんだよこれ。なんなんだよこれ。
香水に頼った訳じゃないのに、鼻腔を擽る心地良い薫り。『つくられた』胸越しからでも解かる柔らかな感触。きつ過ぎず緩すぎずの抱擁。項を撫でる細くしなやかな指の感覚。
この気持ちには覚えがある。拒絶と共に押し込めた、懐かしいあの記憶。
(お、か、あ、さ、ん……?)
ちがう。
ちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがうちがう。
ボクの、ワタシのママはこんなじゃない。見栄っ張りで傷つきやすくて、子どもの人生をグチャグチャにした張本人。
こんなやつが、ママであるはずがない!
「は、離れろよッ」
訳も分からず押し返し、乱れたウィッグを整える。あの安らぎはもう消えた。今はただグチャグチャだ。この暖かささえ拒絶して、乱れた気持ちがまとまらない。
「い、一体どうしたのですか」
やめろ。そんな瞳でワタシを見るな。スタンガンの余波はもう消えた。両の脚で立てる筈なのに、膝は震えて、目の前が縦横無尽に歪んでる。
駄目だ。ワタシが『ワタシ』を保っていられない。苦いものが、あついものが喉元にこみ上げて。
たすけて。誰か、たすけて。振り捨てた過去が、思い出したくもないものに呑み込まれてしまう。
「ごめんなさい……ごめん、なさい……」
「ああ、謝らないでドッペルさん。元はと言えば私たちが」
もう、周りの声なんて聴こえない。ボクの前にはすうっと伸びる黒い影。いつも怒り顔で、喚き散らし叱り飛ばすあの声に押しつぶされてしまったから。
☓☓☓、お前はどうしてそうなんだ。お父さんに恥をかかせる気か?
☓☓☓、どうして勝手に『ソレ』を脱いだの。素顔なんて見せないで。あなたの顔なら私が選んであげるから。二度と、二度とそんなことはしないで頂戴。
記憶の中の父母は、何時だってワタシをモノとしか見てくれなくて。自由にならなきゃ叱咤の嵐。
当然だよね。醜いんだもの。ヒトの体を成してないんだもの。産まれて来たことを後悔するくらいなんだもの。
この世にヒーローなんていない。幾ら泣き腫らした所で、ニンゲン以下のワタシを救ってくれる者などいない。
だから、何もかも踏み台にしようと思った。自分一人で頑張るしかなかった。でももう限界。結局、バケモノがヒトの世で足掻いたところで異端とされて放り出されるだけだったんだ。
(ああ、もう。何もかもどうでもいい)
ごちゃごちゃしたセカイに身を任せ、知ったものかと目を閉じる。ワタシは何も悪くない。産まれたセカイが悪いのだ。ならばどうする? 答えはシンプル。この肉体に別れを告げて、来世へ向けてのワンチャンダイブ。それで、全部おしまいだ。
――なっ、なんですか貴方は
――執務中になんと不躾な。目の前のマグネットが見えないのですか!
『お叱りなら後で受けるよ。でも今は中に入れてくれ!』
ワタシはさっき、たすけてと虚空に叫んだ。
誰も聞いてくれるはずがない。今回だってきっとそう。ずっとそう思ってた。
『チアキ! そこに居るんだろ?! 無事か?! 返事してくれ!!』
けれど今は。あぁ、今は。どうやら少し違うらしい。
来世にゆくにはまだ早い。諦めをココロの奥底に押し込めて、ドア越しの必死な声に言葉を返す。
「ヒガシくん! いるよ! ワタシは、ここに!」




