これは僕らの話〜その2
「お前、部屋に本以外何もねーじゃん」
「そんなことないよ、ベッドも冷蔵庫もあるし」
「普通はもっと、それ以外に生活感ってもんがあるんだよ。お気に入りの映画のポスターとか、ぬいぐるみとか」
俺の一人暮らしの部屋に入った途端に、朝日が文句を言う。
そもそも、どうしてこんなことになったんだっけ?
朝日に偶然会って、雨音さんに会って。
そのまま帰ろうと思ったら、朝日は何故か俺の家まで着いてきた。
朝日は俺を押しのけて遠慮もなくズカズカと部屋に上がり込んで、部屋のカーテンと窓を一気に開ける。
「そして埃っぽい!ちゃんと換気しろ換気!こんなんじゃサボテンもすぐに枯らすぞ!!」
「でも雨音さん、サボテンは丈夫だって……」
「お前がちゃんと植物の世話ができると思えない」
「失礼な、昔は犬の世話とかちゃんとやってたし」
「犬の方がサボテンより丈夫だろ」
「そうかなぁ?」
♢♢♢♢♢
「で、僕が貴重なオフの時間を使って話聞いてやるって言ってるんだ。ちゃんと食事を用意してもてなせ」
「横暴な……」
結局朝日は、俺の部屋に居座るつもりらしい。ミニテーブルの前に遠慮なく座って、偉そうにふんぞり返っている。
「おっと、間違っても栄養バランスの悪いものは食わせるなよ。僕は食に気を遣ってるんだ」
「うるさいなぁ。だったら自分で作ればいいのに……」
俺は冷蔵庫の残り物で適当にチャーハンを作った。普段から自炊はしているので、これくらいなら簡単にできるが、朝日の言う栄養バランスなどのご所望に添えているかは分からない。
というか、何でそんなこと俺が気にしなきゃいけないんだ。
完成したチャーハンと飲み物を朝日の目の前に置いて、俺は大きくため息をついた。
「……正直に言うと、君に話すことなんて何もないよ。俺、たぶん疲れてただけだし。食べて満足したら早く帰んなよ」
「はっ、何もない訳ないだろ。あんな無様に泣き散らしておいて。どうせ、雨音さんが結婚してたのがよっぽどショックだったんだろうが」
朝日は悪態をつきながら、もぐもぐとチャーハンを食べ進める。
「あれは、驚きはしたけど、そうじゃないというか。そもそも俺、雨音さんにはきっぱり振られてる訳だし。気持ちの区切りだって、ちゃんと付いてるし」
俺は自分の分のチャーハンを用意して、朝日の正面に腰掛けた。
「純粋におめでとうって、そう思ったよ。雨音さんが幸せそうで本当に良かった」
「じゃあ、原因は他にあるな?」
朝日はスプーンを俺に向けて、お得意の探偵ごっこの探偵のように得意げに笑う。
「う…………確かにある、けど。それこそ、君に話すようなことじゃない」
「意地張ってんじゃねー!さっさと吐け!ほら、酒でも飲んだらどうだ。僕がお酌してやる、ありがたく思え」
朝日は、いつの間にか勝手に冷蔵庫を漁ったのだろう。ビールの缶を手に持って大袈裟に揺らす。
「いらないよ、俺、お酒は飲まないようにしてるんだ」
「じゃあなんで冷蔵庫に酒が入ってんだよ。お前のだろうが」
「それはこの前、佐々木さんが遊びに来た時に残してったやつ。俺はいらないから、朝日にあげる」
「僕はまだ未成年だ!日本の法律ではまだ飲めない」
「えー、じゃあ捨てようかな……」
「もったいないから飲めばいいだろ。お前がその酒を飲みきるまで、僕は帰らないぞ」
「そういうの、アルコールハラスメントって言うんだよ……」
朝日からしぶしぶビールの缶を受け取る。そういえば佐々木さん、このお酒を置いていった時、飲む時は一人で飲んでください、とか言ってた気がする。
……まあいいか。俺はいつの間にか久しぶりに酔って、嫌なことを忘れたい気分になっていた。
♢♢♢♢♢
「雨音さん、なんで結婚しちゃったんだよぉ!」
「ほらな、やっぱり相当ショックだったんだ」
空いたお酒の缶が、また1つ増えていく。頭がふわふわとして、思い浮かんだことが留まることなく口から溢れ出る。
「ひさびさに雨音さんに会えて、おれ、うれしかったのに。なんで……青葉なんか…………そもそも、高校卒業して即同棲とか、ありえない!それに、結婚って……青葉の方はまだ学生じゃん。なのに、結婚って……」
「一つ教えてやる。今は雨音さんの苗字も青葉だ」
「うわぁぁ!なんでそういうこと言うんだ!!!」
「あはは、最高だな!不幸のどん底にいる人間を見るのは」
「朝日が悪役みたいな事言ってるぅ……」
俺の様子を見て、朝日はけらけらと笑う。
何がそんなに面白いのだろう。こっちは全然楽しくないのに。
「ほら、もっと飲め。酔って無様な姿を晒せ。今日は最高の一日だ」
「最悪だよ……」
朝日に手渡され、また缶の蓋を開ける。もう何杯目だろう、覚えていない。
朝日はやけに整った顔でにやにや笑っていて、それに腹が立つ。
「朝日はさ、よく平気だったね。雨音さんが結婚したって聞いたとき、何とも思わなかったの?」
「僕?そりゃ僕もショックは受けたけど、お前程じゃないさ。雨音さんとはよく話してたから、あいつと上手くいってるってのは分かってたし。お前とは違って、僕は現実にちゃんと向き合っていたからな」
「まるでおれが現実逃避してたみたいに……」
「連絡先も知ってるし、働いてる場所も知ってていつでも会いに行けるのに、何年も会わなかったのはそういうことだろ」
「おれは、ちゃんと忘れようとしたの」
「忘れようとしたのが、1番の間違いだな。あんなに好きになった人のこと、忘れられる訳ないだろ。お前はちゃんと、忘れられないという現実を受け入れるべきだった」
朝日に正論で説教された。嫌な気持ちだ、本当に。
「…………はぁぁ。わかってるよ、わかってる。その話聞くの、今日2回目。どうして君にも同じこと言われなきゃいけないの」
「へぇ。僕の他に、誰に言われたんだよ」
「……いやだ、言わない」
「別に勿体ぶるようなことでもないだろ。ま、大方お前のうじうじした性格をよく分かってる奴だろうな」
「言っとくけど、佐々木さんではない」
「はぁ?お前あいつ以外に友達いないだろ」
「そんなことは……」
「じゃあ他に誰がいるんだよ」
「………………彼女………………だった人」
「はぁ!?お前彼女いるの!?」
朝日は大袈裟に驚く。失礼な。
「だった、って言ったでしょ。振られたんだよ、ちょうど今日、雨音さんに会う前に!」
「お前…………最低だな、それで振られたからって雨音さんに慰めて貰おうとでも思ったのか」
「違う、雨音さんに会おうとは思ってなかった!ただ、本当に無意識に通りかかっただけで……」
こんなに惨めな気持ちになるなんて。だから、会いたくなかった。本当は。
「……なのに、君がいたから。無視して通り過ぎることも出来なくて、余計に傷つくことになった。君のせいだ」
「意味わかんねーよ。僕のせいにするな」
「君のせいだ、お前なんか嫌い、大嫌いだ」
「お前、調子に乗りすぎだ。ふざけんな。もういい、僕は帰る」
「…………………………ごめん」
朝日は俺を見限って、荷物をまとめて部屋を出ていこうとしている。
「……俺、ほんとは分かってるんだ。自分が最低な人間だって」
だからかな、何もかもうまくいかない。
久々にお前に会えたのも、雨音さんに会えたのも、うれしかったのに。
先輩のことも、傷つけなくなかったのに。
全部俺は台無しにしてしまう。
「きっと誰でもいいから、そばにいて欲しいだけだったんだ……」
「知るか」
朝日はそう言い捨てて部屋を出た。
何やってるんだろう、俺。
暗く沈んだ感情と自暴自棄のままに、俺はベッドに体を沈めた。




