噂の花屋の看板娘
「いらっしゃいませ!」
色とりどりの花々が並ぶ、街角の小さなこの花屋で私、花園雨音は今日も元気にお仕事をしている。
今来たサラリーマンのお客様は、先月あたりからよくお店に来てくれている常連さんだ。
今日は真っ赤な薔薇の花束を手に取って、緊張した面持ちでレジへとやってきた。
「いつもありがとうございます。こちらプレゼント用ですか?」
「はい」
お客様はそわそわしながら、仕上げのラッピングが施されていく花束を見つめている。
もしかして、プロポーズに使うのかもしれない!そう思うと、私も自然とラッピングに気合いが入る。
完成した花束を受け取ってお会計をしたお客様は、突然その花束を私に向けて差し出した。
「これは君に。あなたのことが好きです」
♢♢♢♢♢
時は遡り、窓から心地よい朝日が部屋を照らすいつもと変わらぬ朝。雨音と暮らし始めてからというもの、俺、青葉七色の毎日はとても鮮やかだ。
気持ちの面でも、物理的にも。
朝ごはんのトーストを齧りながら、リビングを見渡す。
そこには、色とりどりの花々と、その花に水をやる今日もかわいい雨音の姿が見える。
寝ぼけ眼だと家を花屋と錯覚してしまいそうな程、非常に色とりどりの花々がリビングを占領しており……
「……なんか花、多くない?」
気のせいでなければ、前は家にこんなに沢山の花はなかった筈だ。毎日ちょっとずつ増えていたからか、いつの間にか違和感を感じなくなっていたようだ。
雨音の趣味なら、まあいいけれど。流石に量が多い気がする。
「最近、プレゼントされることが増えたから……」
「え?」
「うん?」
どういうことだ? 雨音から、聞き捨てならない言葉を聞いたような気がした。
「え、俺てっきり、お店で廃棄になる花を貰ってきてるんだと思ってたんだけど、違うの?」
「違うよ。全部お客さんからプレゼントで貰ったの」
「プレゼント……?雨音、それはどういう――」
「あ、もう行かなきゃ遅刻しちゃう!七色、また後でね」
雨音は慌ただしく家を出て行ってしまった。花屋の出勤は早い。
「…………」
♢♢♢♢♢
大学の講義終わり、俺は花屋で働いている雨音の姿を影からこっそり覗き見ていた。
今のところ異常はなし。近くに怪しいストーカーもいないみたいだ。
雨音は変なのに好かれやすいから、俺が守ってやらないと。そう決意を新たにした刹那、さっき店に入っていったくたびれたサラリーマンが、なんと雨音に薔薇の花束をプレゼントしているではないか。
畏まったその様子は、まるでプロポーズかのようだ。
俺が慌てて店に入ると、すぐに雨音のよく通る声が聞こえてきた。
「ごめんなさい!私、結婚してるんです」
「えっ…………結婚?」
「なので、お客様のお気持ちにはお答えできません」
「そんな、嘘だ、だって」
「あ、今こっちに向かってきてるのが夫です」
「ヒィッ」
サラリーマンは顔を青くして、そそくさと店を去っていった。もう二度と来るな。
雨音は薔薇の花束を抱えながらにこにこと笑っている。
「七色、お疲れ様。学校もう終わったの?」
「雨音、今の何?」
俺は機嫌を取り繕うのも忘れて雨音を問い詰めた。
「告白みたい。最近そういうのが多くて……あ、またお花増えちゃったね」
雨音はいつものこと、みたいな様子で先ほどのことなど気にも留めていないようだ。
まあそんなことは、俺にとってもどうでもよくて。
俺が唯一気になったのは、雨音の手元だった。
「指輪、何でしてないんだよ」
左手の薬指。家では確かに指輪をしていたはずなのに、今は指輪をしていない。
ああいう奴を遠ざけるための結婚指輪でもあると、俺は思っていたのだが。
雨音は自分の手元をじっと見つめて微笑む。
「指輪はね、なくさないように仕事中は外してるの。せっかく七色から貰った、大切なものだからどうしてもなくしたくなくて」
「…………」
そんな風に言われてしまっては、これ以上何も言うことはできない。俺は大人しく、先に家に帰ることにした。
「……また後で、迎えに来るから」
「うん、ありがとう。また後でね」
何かいいアイデアはないだろうか。雨音の虫除けになるような、良い何かが……
「……七色くん、怒ってた?」
「店長!おかえりなさい。うーん、イライラはしてたけど、怒ってはないと思います」
「ごめんねぇ。お店としてもちゃんと対策を考えないとだよね。うちの旦那が不在の時でも、雨音ちゃん目当てのお客さんを撃退できるような策を……」
「でも、お花は買っていって欲しいですよね」
「そうなのよ〜!う〜ん」
「あ、いらっしゃいませ〜」
「こんばんは、かわいいかわいい雨音ちゃん。おじさんまた来ちゃったよ。今日も愛らしい君のおすすめする花をいただこうかな」
「何か良い策はないかしら……」
♢♢♢♢♢
「お疲れ様」
「えへへ、ありがと」
1時間後。お店が閉まって仕事が終わると、七色が私を迎えにやってきた。
「七色、毎回迎えに来なくてもいいんだよ? 家まで近いから一人で帰っても危なくないし」
「俺が心配なの」
そう言って七色は、私の手をぎゅっと握る。わざわざ迎えに来てもらうのは申し訳ない気持ちになるけれど、私はこの一緒に帰る時間が大好きだったりする。
しばらく二人で歩いていると、七色はポケットからごそごそと何かを取り出した。
「雨音、これあげる」
七色が手渡してきたのは、小さなケースに入ったシンプルなリングだった。
「え!結婚指輪、この前もらったばかりだよ?」
「これは予備。結婚指輪なくすのが怖いなら、仕事中はそれつけてて」
「でも……これもなくしたくないよ」
「そっちは高くないし、なくしたら何回でも買ってやるから!だから絶対につけて。俺がいない間も、雨音を守るお守りだと思ってさ」
「……わかったよ。七色、ありがとう」
七色がこうやって、たくさんの愛情をくれるのがとてもうれしくて幸福だ。結婚する前も、結婚してからも、こんなに日々が幸せなんて。
七色と出会ったばかりの頃には、想像もできなかった。
あの時、私自身が諦めていた私のことを、七色が最後まで諦めないでいてくれたから。
こんな素敵な未来に、一緒に来ることができたよ。
「ふふっ、七色、最近ますます独占欲が強くなったよね」
「当たり前だろ、俺の雨音なのに。もうちょっと危機感持てよな」
「ごめんなさい。青葉雨音、これからは危ないお客様にはもっと気をつけます!」
「……で、その手に持ってる薔薇はこのまま持って帰んの?」
「うん。せっかく貰ったものだから。お花に罪はないもんね」
「……薔薇風呂にでもするか」
「駄目、お花屋さんとして私がちゃんと長持ちさせる」
七色はちょっと不満そうだ。繋いだ手を揺らしながら、私たちは家への道を歩いた。
♢♢♢♢♢
「いらっしゃいませー!」
「……こんにちは」
色とりどりの花々が並ぶ、街角の小さなこの花屋で私、花園雨音は今日も元気にお仕事をしている。
今来たマスクをしたお客様は、先週あたりからよくお店に来てくれている常連さんだ。
お客様は私の手元を見てじっと固まっている。
「………………あなた、人妻、なんですか?」
「? はい、そうですよ?……どうされましたか?」
七色に言われた通り、私は仕事中、左手の薬指に予備の指輪をつけるようになった。
お客様は指輪とレジ横の花束を交互に見て、花束を手に取ると勢いよく私に差し出した。
「これ、買います。これお代です。そしてお姉さんにあげます。好きです。では、さようなら!」
「あの、お客様!」
お客様はお釣りも受け取らずに帰ってしまった。こういう多めに貰ってしまったお金は、レジの処理がめんどくさいので、レジ横に設置されている福祉団体の募金箱に入れるようにしている。
「……店長、今月でこういうの3回目です」
「困ったわ。人気なのよね、人妻の雨音ちゃんも」
またお部屋に増えた花瓶を見て、頭を抱える七色の姿が目に浮かぶ。
ごめんね七色。指輪、効果ないみたい。
でも私はすごく嬉しかったよ。
左手に光る指輪を眺めながら、午後もお仕事がんばろうと私は意気込んだのだった。




