晴れの日の公園で
「やっぱり土曜の朝はフレンチトーストだな」
「恒例みたいに言ってるけど、私の知る限りこれでニ回目ね」
僕とトリカはリビングで優雅に朝食をとっていた。午前の陽の光はなんとなく柔らかく、気温もそこまで高くないので過ごしやすい。
弟は部活に精を出しており、両親は仲良く出かけている。休日のよくあるパターンだ。
先日、西山ちゃんの件でトリカに協力してもらったので、今日はそのお礼をしようと思っている。
対面に座っているトリカがフレンチトーストの出来に感嘆していた。
「これ、前に食べたときよりおいしいわ」
「わかる? 昨日から仕込んでたからね」
時間と材料が揃っているならよりおいしく食べた方がいい。大した手間でもないしな。
「それで、今日はどこに行くの?」
「何も決めてないけど、ぶらぶらしたい気持ちはある。トリカはどこか行きたい所ある?」
「どこでもいいわ。アキラとなら」
どこでもいいが一番困る、ということはない。どこでもいいなら僕の好きなところに行こう。
「じゃあ今日はちょっと公園行こうか。実はもう弁当作っちゃってるからさ」
「あら、そうなの」
「うん。あとごめんだけど、今日そんなに刺激的じゃないかも」
「ふふ、あなたまだあのドラマを引きずってるの?」
トリカがくすくすと笑う。
最近見たドラマの主人公が「穏やかだけどつまらない」とヒロインに評されてフラれていたのだ。僕はそれにショックを受け、トリカはそんな僕を見てけらけら笑っていた。
「私はあのヒロインとは違うとだけ言っておくわ」
「そうだといいけど」
寛大なトリカに感謝だ。
本屋や文房具屋などを軽くウィンドウショッピングした後、鉄棒や腹筋をするためのベンチなどが備えられた公園に来た。
今日はトリカも実体化しており可視化もされている。服もシックなワンピースを着て、淑やかな雰囲気をかもしだしている。嘘みたいな美貌と幻みたいな銀髪が道行く人の目を引いて仕方ない。
だから公園に来たとも言える。トレーニングに励む大人が数人、それと遊具で遊ぶ子供がまばらにいるだけだ。
木陰のベンチに腰掛け、バッグからタッパーをいくつか取り出す。僕とトリカの間に置いてタッパーの蓋を開けた。
「はい、僕渾身の唐揚げ卵焼きウインナーおにぎりのこういうのでいいんだよ弁当でーす」
「いつの間にこんなに作ってたの?」
「トリカが寝てる間? はい割り箸。あ、その前に濡れティッシュ」
「ありがとう。いただくわ」
楚々として手を拭いたトリカは、早速ご所望だった唐揚げに箸を伸ばしていた。以前に作ったものと同じなので、多分トリカの好きな味のはず。
じっくり味わって食べたトリカが、ふうと一息つく。
「おいしい。やっぱりこれが世界一だわ」
「こんなところに世界一があるか」
過大評価なのよ。
僕が呆れた笑みを浮かべるのに対し、トリカはにんまりと笑っていた。
「照れなくていいのよ」
「照れてません。この世にはこれより美味いものがゴマンとあります」
「ふぅん? それなら私にもっと教えてほしいわ。料理のレパートリーを増やしなさい」
「なんで僕が作るの前提なんだよ」
「だって、アキラが作ってくれるのがいいんだもの」
本職の料理人が作ったやつの方が絶対おいしい、というツッコミは野暮かもしれない。まあ、そう言うなら多少レパートリーを増やそうか。
タッパーからおにぎりを取り出し、片手に一つずつ持ってトリカに提示する。
「片方は昆布で、もう片方はシャケです。さあ、トリカはどっちが食べたい?」
「シャケがいいわ」
「オーケー。ぜひとも当てていただきたい。さあ、どっち?」
「こっち」
トリカはノータイムで僕の左手にあったおにぎりを取った。
「え、はや。根拠は?」
「特にないわ。だってアキラも中に何が入ってるかわかってないみたいだし」
「あ、心を読むのは卑怯だな」
「そもそもクイズにしないでくれる?」
それはごもっともと笑いつつ、余ったおにぎりのラップを剥がす。一口かぶりついてみると、中身は昆布だった。
隣のトリカを見ると、彼女のおにぎりもまた昆布だった。
「ちょっと、どっちも昆布じゃないの」
「あはははっ! ごめんごめん」
ジト目のトリカに謝っていると、視界の端に見覚えのある車が通った。
その車は次第に減速して公園の脇につける。後部座席のドアが開き、そこから女の子が降りてきた。
「あれ、西山ちゃんだ」
「あら」
今回はトリカの姿を隠せない。多分すでに見られた後だろうし、可視化を解いても衣服は残る。テキトーにごまかすしかない。
それにしても、西山ちゃんはこのあたりを車で通ることが多いのだろうか。月子が居たときに遭遇したのもこの公園だった。
西山ちゃんは僕らの方にまっすぐ歩いてきていた。いったいなんの用だろう。怖いなー。
一応、気にしていないふりをしつつ卵焼きなど食べる。
「お兄さん、こんにちは」
「あれ? 西山ちゃんじゃん。こんにちはー」
西山ちゃんはいつもの無表情で声をかけてきた。そして彼女の目は明らかにトリカに向いていた。
さて、なんと説明したものかと考えていると、トリカが先に行動した。
「私、席を外すわね」
そう言ってトリカはベンチから立ちあがり、意味深な笑みを西山ちゃんに残して歩いていった。妖艶だ……。
どこに行くのだろうと思っていたが、ブランコの方に向かっていった。あのあたりが結界範囲の限界か。
「あの方は?」
西山ちゃんもトリカの行く末を見ていた。そりゃ気になるよな。
「えーっと、トリカっていう謎多き女」
「……凄い紹介ですね」
そう言うしかないのだ。
西山ちゃんは怪訝な顔をして訊いてきた。
「あの、お兄さんって一ノ瀬さんのことが好きだと認識してたんですけど」
「うん」
「これって、……デート、ですよね?」
「まあ、そう、かも」
「お兄さんってそういう人だったんですね」
「どういう人? 多分違うよ?」
軽蔑の視線にゾクゾクしてしまう。僕ってドMなの?
確かに一見するとチャラチャラの実を食った全身軽薄人間かもしれないが、別に二股をしているわけでもないし、僕にそんな器はない。そもそもトリカなんて僕の手に負える女じゃない。
本題に移ろう。
未だにトリカを目で追っている西山ちゃんに問いかける。
「それで、何か用でもあった?」
「用というほどではないですけど、報告しておこうと思いまして。お兄さんが最後に一緒に帰ってくれた日以降、視線を感じることがなくなりました。ありがとうございました」
西山ちゃんは深く頭を下げた。綺麗な黒髪がはらりと落ちる。
「おー、それはよかった」
僕はなんにもしてないけど、と言いたいところだが、これを言うと嘘になるかもしれない。
「わざわざ報告してくれてありがとね」
「いえ。……あの、お兄さんが何かしてくれたんでしょうか?」
おずおずと聞いてくる西山ちゃん。
これに対する正しい回答はなんだ?
「何か? まー僕が赤裸々に恋愛相談したのが印象的だよね」
「そういうことではなく」
西山ちゃんはわかりやすくむっとしていた。
むやみにはぐらかすと逆に追及されかねない。
「視線がなくなった理由ってことだよね? お守りのおかげじゃない?」
「お守り、ですか?」
「うん。ご利益があったんだよきっと」
これは嘘ではない。だから軽い調子で言わないとスピリチュアルな感じで取られる。いや、そもそも疑問形で言ったから嘘とも本当とも取れないかもしれない。いい感じに答えられたな。
僕の答えに西山ちゃんは沈黙していた。僕は大したことのないようにウィンナーを食べる。
その沈黙は思いの外長く、卵焼きを食べる時間もあるほどだった。
そしてようやく西山ちゃんが声を発する。
「……わかりました。デート中にお邪魔してすみませんでした」
納得したのかはわからないが、そう言って西山ちゃんはまた頭を下げた。
「ああ全然全然」
「それと、……千歳って呼んでください。西山ちゃんは気持ち悪いです」
「気持ち悪い!?」
とはいえ、最初にそう言われたときは千歳と呼んでいたのである。
僕はからかい目的で渋ってみせた。
「でもなー、また名前で呼ぶなって言われたら悲しいしなー」
「あのときは失礼しました。もう言いませんから」
少し焦って早口になる西山ちゃんは新鮮だった。
「オッケーわかった。じゃあこれからはそう呼ぶよ。――西山ちゃん」
「名字!」
西山ちゃんから放たれた芸人みたいなアクセントのツッコミに僕は吹き出した。
「あはははっ! 西山ちゃんってそういうのもできるんだ! あははははははっ!」
「笑いすぎですし、ちゃん付けやめてください」
「きいひひひっ! ごめんごめん。千歳ね」
「はい」
笑いすぎて溢れた涙を拭っていると、千歳が何かもじもじとし始めた。
「あの……私も、お兄さんのこと、陽さんと呼んでもいいでしょうか」
「いいよ、なんでも。陽お兄ちゃまでもいいし」
まったく想定していないことを聞かれたので思わずおちゃらけてしまった。そのせいで彼女はいつもの無表情になった。さっきまでちょっと柔らかな顔だったのに。
「……いいんですか本当に。公衆の面前で陽お兄ちゃまと呼んでも」
「そのときどんな空気になるかは見てみたいよね」
「私は呼んだあと舌噛み切って死にます」
「そんなに!?」
プライドの高い千歳だった。
ふとブランコに揺られているトリカから視線を感じた。
“いつまで私を放置するつもり?”
声も飛んできた。もうちょっと待っててください。
僕がトリカの方を見たことに気づいたのか、千歳がぺこりと頭を下げた。
「それでは陽さん、色々とありがとうございました。失礼します」
「うん。じゃあね」
挨拶を交わして千歳は帰っていった。
……霊という存在が絡む以上、報われないと思っていたし、感謝されてもちゃんとした反応はできないと思っていたが、実際にお礼を言われると悪い気はしなかった。いや、むしろよかった。あと嫌われてなさそうでよかった。
すたすたとこちらに歩いてきたトリカが、つまらなそうな顔でベンチに座る。
「私を差し置いてずいぶん楽しそうに話してたじゃない」
「ふふ、うん。結構面白かった」
「ドエムだし」
「違いますー。おにぎりもう一個食べる?」
「食べる。シャケを食べるわ」
「はいどうぞ」
おにぎりを渡してご機嫌を取る。とはいえトリカが本気で不機嫌になっているとは思わない。
ふと千歳からお礼を言われて思い出した。
「言い忘れてたけど、トリカが霊を感知してくれたおかげで解決できたんだよね。ありがとう今回も」
僕がそう言うと、トリカが何も言わずに右手を出してきた。
「え、お金取るの?」
「握って」
「あ、はい」
言われるがまま左手でトリカの右手を握る。バルス!
一度トリカがぎゅっと握ったかと思えば、ぱっと離される。
トリカは何もなかったかのように食事を続けた。
「今のなに?」
「本当にアキラが私に感謝してるか確かめたの」
淡々とトリカは言う。なんでそれでわかるんだよ、と突っ込みたいが、先にトリカの判定を聞きたい。
「で、どうだったの?」
「本当に感謝してたわ」
「そりゃそうよ。感謝してなかったら弁当なんて作らないし」
「ふぅん? じゃあ私が何もしなかったらこういう日は来ないのね」
「感謝の気持ちが入ってない弁当を作るときもある」
「それはおいしいの?」
「入ってた方がちょっとおいしいかも」
「うふふっ、だから今日のお弁当はおいしいのね」
トリカは楽しげに笑い、おにぎりを頬張った。
「んん? ……ちょっと! これも昆布じゃないの!」
咀嚼し終えたトリカが目をかっ開きながらおにぎりの中身を見せつけてくる。
「トリカ昆布好きすぎ。シャケ避けすぎ」
「避けてない!」
トリカの鋭い声と僕の笑い声が公園に響いて、休日は過ぎていった。




