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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
七章 勘違いはしたくない
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二人の帰路

 翌日の午後六時、僕は中学校の裏門の近くで待機していた。

 部活終わりの中学生が僕の方をちらりと見てはそそくさと帰っていく。中学校の近くに高校生が突っ立ってたらなんか嫌だよね。ごめんね。

 気持ち裏門からさらに離れて、西山ちゃんが来るのを待つ。今回は一緒に帰るつもりだ。

 夕焼けの光に当てられてセンチメンタルな気分になっていると、裏門から小走りでこちらに向かってくる人影が見えた。


「お兄さん、お待たせしました」


 少し息を切らせて西山ちゃんが登場した。急いで来てくれたようだ。

 これからナイーブな話をする可能性があるので、できるだけ明るい雰囲気を作りたい。


「ん、全然待ってないよ。軽く二時間くらい」

「めちゃくちゃ待ってるじゃないですか」

「うそうそ、本当は二分くらい。じゃ帰ろっか」

「はい」


 クールな反応の西山ちゃんだった。学校でもこんな感じなのだろうか。

 さて、西山ちゃんの家に着くまでの三十分弱で情報を集めないといけない。

 とりあえず当たり障りのないところから始めよう。


「本当にいつも一人で帰るんだ?」

「そうですね。たまに美咲と帰ることもあります」

「なるほどねー。じゃあ朝は美咲ちゃんと一緒に登校してるの?」

「美咲の朝練がないときは」


 これまでの検証から、視線を感じるトリガーは“一人になっているとき”だと思われる。それにもかかわらず西山ちゃんは一人で登下校することを厭わない。凄まじいメンタルをしている。

 淡々と話す西山ちゃんはいつもの無表情だ。負の感情を感じさせないクールなものだが、これが普通なのだろうか。僕だったらもっと憔悴しているだろうし、一人では行動できない。家に引きこもっているかもしれない。


「美咲ちゃんは部活終わりに一緒に帰れないの?」

「帰れるとは思いますけど、美咲の友達と私が仲良くないんです。悪いわけじゃないですけど」

「あー、友達の友達って微妙よねー」

「はい。だから一人で帰ってます」


 だから一人で帰るのかー。


「んー。ここ三日、西山ちゃんの帰り道歩いてるけどさー、結構人気のない道も通るから周りの人間からすると心配かもね。親とかは特に」


 思ったことをそのまま喋っていると、西山ちゃんの返答に間ができた。


「……以前、祖父から同じようなことを言われました」

「祖父?」

「はい。一緒に散歩をしていて、『この道は暗いし人目につかんから誰かと一緒に帰るんだぞ』って」

「そうなんだ。なら誰かと帰らないと怒られちゃうんじゃない?」

「……怒られることはないです。先日他界したので」


 西山ちゃんは淡々と言った。

 普通なら気まずいと思うところだが、僕はこれか!?と手がかりを掴んだ気持ちになっていた。もちろん態度には一切出さない。


「あ、そうなんだ……。じゃあ、なにか防犯グッズとか持ってる?」


 あまりにも泰然としている西山ちゃんだから、何か対抗手段を持っているのだろうか。


「特に持ってないです。祖父からはお守りを貰いましたけど」


 思わぬところから良い情報を得た。

 お守り。ピースが揃い始めているのを感じる。

 たしか西山ちゃんは夏休み明けの登下校から視線を感じると言っていたはず。お祖父さんが亡くなったのはいつ? と聞きたいところだが、あまりにも不自然だ。先日他界した、と言っているあたり最近の話ではあるだろう。いったん夏休み中と仮定する。


「そのお守りは今持ってる?」

「持ってないですけど……なぜ?」


 西山ちゃんは怪訝な顔をした。

 そこを聞かれると困るが、問題解決のために力技で行く。


「いやお守りって持ってたほうがいいなって。失くしちゃったの?」

「いえ、失くしたくないので家に置いてあります」

「お祖父さんが亡くなってから外に持ち出したことはない?」

「ないです。……それがなにか?」


 これには答えず、考え込む。

 一人で登下校しているときに西山ちゃんだけが感じる視線、亡くなった祖父、祖父から受け取ったお守り。

 簡単なシナリオが脳裏に浮かんだ。おそらく心配性であろうお祖父さんの切なる願い。それがこの世に残留してしまっているのかもしれない。

 お守りを持って登下校の道を歩けば、この件は解決できそうな気がする。


「ちょっとさ、そのお守り見てみたいんだけど、いい?」

「……いい加減教えてください。なぜですか?」


 そろそろ力技も限界か。かといって理由は話せない。


「いや、単純に見てみたいんだよね。……あ、そうだ。これ見て」


 僕は飛脚の効果を失っている月子のお守りをリュックから取り出した。


「僕ね、お守りの効果とか今まで全然信じてなかったんだけど、このお守りのおかげで助かったことがあるんだよ。だからさ、もしかしたらお祖父さんのお守りを持ってればなんかいいことあるんじゃないかなって」

「……はぁ。まあ、いいですけど」


 今の僕の言葉に嘘はない。それゆえに西山ちゃんはかなり訝しげな目で僕を見ていた。霊から遠ざかろうとした結果、スピリチュアルな方向に進んだのは果たして良かったのか。

 いや、これを布石にしよう。

 重たい雰囲気の中歩いていると、西山ちゃんの家に着いた。

 彼女が玄関の前でこちらを振り返る。


「……本当にお守りを見たいんですか?」

「見たい。見たすぎる」


 僕の懇願に西山ちゃんはわずかに首を傾げて解せないといった顔をしていた。お守りを見たい男、異端すぎる。


「わかりました。では、少し待っててください」

「はーい」


 西山ちゃんは玄関の扉を開けて家の中に入っていった。

 ふぅ、と一息ついていると、トリカの声が脳裏に響く。


“ふふ、無策で挑んだ割にはうまくいってるじゃない”


 無策な割にはね。

 トリカの楽しげな声に苦笑が漏れる。

 西山ちゃんが深く追及してこないのもあって助かった。

 夕焼けの空がもうだいぶ暗くなっている。中学生の女の子を連れ回す時間としてはかなり怪しいが、僕とトリカの目で霊がどうなったかを確認しないと安心できない。僕が西山ちゃんに「お守りを持って登下校して」と頼んでも実際にそうしてくれるかはわからない。だから今やるしかないのだ。

 がちゃ、と玄関の扉が開かれ、西山ちゃんが現れた。


「持ってきました。これです」

「おー、これが……」


 西山ちゃんが差し出してきたお守りを受け取り、じっくり眺める。

 なんの変哲もないお守りだ。トリカどう?


“微弱な魔力を感じるわね。あなたの考えは合っていそう”


 よし。

 お守りを西山ちゃんに返すと、彼女は冷めた感じで訊いてきた。


「どうですか。ご利益ありそうですか」

「絶対あると思う。常に持ってたほうがいいね。……ところでさ、西山ちゃんって人が嘘ついたかどうかわかるんだよね……?」


 あれだけ興味を持っていたお守りに対するコメントはそこそこに、西山ちゃんについて明言されていないことを直球で尋ねる。

 西山ちゃんは眉間にシワを寄せつつ頷いた。


「……そうですね」


 やっぱりそうなんだ。改めて言われるとビビる。

 よし、ここで中学生女子ならおそらく大好物の話題をぶち込む!


「あのー、僕ちょっと倫さんのことが気になってて――あ、ちょっと散歩しながらでもいい?」

「わかりました」


 声は淡々としてるし顔も無表情だが、食いつきは良い。これでお守りを建前に恋愛相談をしたかったきしょめの男子高校生が出来上がった。霊やスピリチュアルに傾くよりよっぽど良い。

 西山ちゃんがお守りを持っているのを確認して、散歩などと言いながら今歩いてきた道をそのまま引き返す。

 すると早々に西山ちゃんから質問が飛んできた。


「一ノ瀬さんのことが気になっているというのは、好きってことですか?」


 こちらも結構直球だった。

 僕はそれに照れつつ答える。


「いやまあ、好きではあるね」

「なるほど。それで何を聞きたいんですか?」


 もう目的は達成できそうだから聞きたいことは特にないのだが、どうせだから倫さんの嘘八百について聞いてみようか。ここに言及することで西山ちゃんに相談したことがより自然になる。


「おとといにさ、派閥の話とか好みの話とかしてたじゃん? 僕と倫さんって相性良い感じする?」


 その質問に西山ちゃんは一瞬硬直した。あ、ダメそう。


「……相性が良いかはわからないですけど、派閥に関しては全部不一致でした」

「え? 目玉焼きとか朝ご飯とか?」

「あと男女の友情もです。本人には言わないでくださいね」

「おー、っけー。了解」


 やはり倫さんの嘘はバレていた。男女の友情も嘘だったんだ。

 西山ちゃんは難しい顔をしていた。


「お兄さんと比べると、一ノ瀬さんは嘘が多いです。気をつけたほうがいいかもしれませんね」

「そっかー。でも、それって悪意があるかどうかはわからないよね?」

「それはわかりません。そういう意味では一ノ瀬さんの嘘は些細なものが多かった印象です」


 確かにしょうもない嘘が多かった。本人は至って真面目だったようだが。

 それにしてもこんなクールな西山ちゃんでも恋愛ネタは好きなのか、いつもより饒舌だ。

 こうして話している間に、昨日視線を感じたと言っていたカーブミラーがある十字路に着く。

 トリカ、何か変化あった?


“カーブミラーに潜んでた微弱な魔力がお守りに吸い込まれたわね”


 よしよし、これでこの辺りで視線を感じることはなくなるだろう。

 西山ちゃんはそんなことには気付かずに、僕に質問してきた。


「お兄さんと一ノ瀬さんって学年が違うのに、どうして仲良くなったんですか?」

「僕が倫さんの落とし物を拾ったのがきっかけだね。そこから喋るようになったかな」

「……それだけで? 普通、落とし物を渡したらそこで関係終了じゃないですか?」


 なんか安西先生みたい、と心の中で笑っていると、西山ちゃんが鋭い目つきで訊いてくる。


「……何が面白いんです?」

「え? 別に笑ってないけど……」

「嘘はやめてください。顔が笑ってます」

「僕ってそんなに顔に出てる?」

「お兄さんの顔を注視してたからわかりました」

「いやん」

「……」


 西山ちゃんの冷めきった視線にゾクゾクしてしまう。


“やっぱりドエムじゃない“


 ちーがーう。

 凍った空気の中歩き続けていると、庭で犬を飼っている家に着く。ここでも西山ちゃんは視線を感じていた。

 今日は二人でいるのもあってか吠えられなかった。あるいはどこかに潜んでいる魔力がお守りに吸い込まれたか。


“犬の体から魔力が出てきたわね。お守りに吸い込まれたわ”


 これでここもクリアだ。犬にも魔力を込めたか、西山ちゃんのお祖父さんは。 

 西山ちゃんの通学路にある何かしら彼女を守ってくれそうなものにお祖父さんの思念が込められている。おそらく彼女との散歩中に込められたのだろう。交通事故に遭ってほしくないからカーブミラーに想いが込められ、通り道にいる番犬にも見守っていて欲しいと想いが込められ、そしてお守りに想いが込められた。

 しかし、西山ちゃんはお守りを身に着けなかった。だからなのか、各所に散った魔力がまるで警告するかのように視線という形で現れた。それで西山ちゃんが怯えてしまうという本末転倒な結果になったが、もちろんお祖父さんは魔力を込めた自覚すらないし、そんなふうに作用するなどとは露程も思っていなかっただろう。

 ただ、単純に西山ちゃんのことが心配だっただけなのだ。

 それから中学校に着くまでいろいろなところからお祖父さんの残滓がお守りに吸い込まれていった。多分、お守りを持って登下校しているかをチェックしている、という理屈だと思われる。

 中学校の裏門近くまで来ると、西山ちゃんの制服のポケットが光りだした。魔力の光だ。


「……え?」


 西山ちゃんが怪訝な声を上げた。


「どうしたの?」


 僕が尋ねると、西山ちゃんは制服のポケットに手を入れ、お守りを取り出した。

 そのお守りは白く淡い魔力の光を放っていたが、次第に光の粉となって空に舞い上がる。西山ちゃんがお守りを身につけて通学路を歩いてくれたことで未練がなくなったのだろう。

 西山ちゃんはまじまじとお守りを見ていた。


「今、このお守りから熱を感じたような気がして……」

「へぇ」


 淡白な相槌を打つ。お祖父さんの想いについて触れたいが、僕はあくまで倫さんのことを聞きたいがためにお守りに興味を持っているフリをしていた人間でいなければならない。


“その割にはお守りを見たがったのは嘘じゃないから、もっと気色悪い人間になってるんじゃない?”


 確かに。お守りを確認した瞬間に興味を失いすぐさま倫さんに関する話をしたがり薄明の中散歩に連れ出す激きしょ男子高校生になってしまった。まあ、別にいいんだけど。

 お守りについては触れずに、声をかける。


「もう暗いから帰ろうか。ごめんね、こんな時間まで付き合わせちゃって」

「いえ、付き合ってもらってるのは私の方ですから」


 西山ちゃんはポケットにお守りをしまって歩き出す。

 僕は明日以降の話をすることにした。


「あのー西山ちゃん、僕の高校って近々中間テストがあるんだよね」

「はい」


 そんなにすぐでもない。しかし他に理由が思い浮かばない。


「だからそろそろテスト勉強とかしないといけないのね」

「わかりました。今日まで私の悩みに付き合っていただきありがとうございました」


 僕の思惑を察してお礼を言う彼女の声色は少し冷たかった。僕の言葉に嘘を感じたのかもしれない。罪悪感に襲われるがぐっと耐える。


「ごめんね。でももしなにかあったら連絡して。そのときはすぐ行くから」

「わかりました。ありがとうございます」


 これは本心である。それをわかってか、西山ちゃんの声もさっきよりは冷たくなかった。

 西山ちゃん視点ではまだ問題は解決されていないから、きっと不安だと思う。でも、もう大丈夫。伝えられないのは歯がゆいけど。

 何はともあれ、これでミッションコンプリートだ。




   ◇◇◇




 西山ちゃんを家まで送り届けた後、家に帰って夕飯を食べ終えた僕は、風呂に浸かって今日の出来事を思い返していた。

 うまくやったと思う。お守りに異常に興味を示したのはスマートではなかったが、特に何かを悟られることもなかったはずだ。


「結局わしの出る幕はなかったの」


 唐突にすっぽんぽんの月子が風呂場に現れて仁王立ちしていた。


「どわぁ! びっくりしたぁ!」

「ほほほほ、すまぬ」


 大して悪びれもせずに笑い、湯船に入ってくる。髪も結われており最初から風呂に入る気満々のようだった。

 対面に腰を下ろした月子が微妙な笑みを浮かべていた。


「しかし報われぬの。三日も時間を使ったというのに」

「ははは、月子がそれを言う?」


 西山ちゃんを助けるように背中を押したのは月子だ。あの場に月子がいなかったらおそらく僕は何もしなかっただろう。


「いや、陽がこうも奥ゆかしいとは思わなかったのじゃ。もっとわかりやすく英雄になる様を想像しておったのでな」

「柄じゃないでしょ」

「ま、それもそうじゃな」


 そう言って月子は小さく笑った。

 英雄などとは程遠い話だ。個人的には今回の件は完璧に解決されたとも言えない気がする。結局、視線がなくなったら西山ちゃんは一人で登下校するわけだし。お祖父さんの願いは届いていないことになる。

 とはいえ、常に誰かといろというのも難しい話だ。僕も中学時代は結構一人で登下校していた。こればかりは治安が良いことを祈るしかないのかもしれない。


「ていうか、見てたの? 一部始終」

「聞いていた、が正しいな。ラジオ代わりにして参拝客の相手をしておったのじゃ」

「なるほどね」 


 なんかほんと筒抜けだな。

 おもむろに月子が身を乗り出してきたので僕は慌てて目を閉じた。僕の頭に手を置かれる感触がある。どうやら撫でられているらしい。


「え、なに?」


 僕が疑問の声を上げると、月子の優しい声が返ってくる。


「誰からも感謝も称賛もなかったら可哀想じゃからわしが褒めてやる。偉かったぞ、陽」

「えぇぇ、ちょっと照れる~」

「ほほほ、ういやつめ。はぐもしてやるのじゃ」

「わーばかばか今はいい今はいい!」


 慌てて月子を押し返して、一息つく。

 今の月子の労いを受けて、人助けってした方がいいなとちょっと思った。自分から動くのはなかなか難しいけど。

 その思考に月子がにやりと笑みを浮かべた。


「それが自然にできるようになったら陽は色男になれるのじゃ」

「ふふっ、それはどうかなあ?」


 人助けしないよりはするに越したことはないだろうが、それでモテるかと言われたら違う気がする。女連れの不良やヤンキーを見てるとそう思う。


「確かに今回のような助け方だとせいぜいわしがちょっと陽を見直す程度じゃが」

「なんなら僕、西山ちゃんにうっすら嫌われたと思うんだよな。特に今日で」


 西山ちゃん視点では問題を解決せずに協力を打ち切った男である。


「ほほほほ! そうかもしれんが気を落とすな。わしが真実を知っておるんじゃから」

「うう、月子ぉ」

「よしよし」


 そう言って月子が頭を撫でてきた。茶番のつもりで泣き真似をしたのにこうされていると妙に母性を感じてしまった。

 ふと視界に銀色のものが映った。嫌な予感を感じてそちらを見ると、トリカが無表情で僕らを見下ろしていた。


「……」


 せめて何か言ってよ。

 ジトっとした目で見ていたトリカだったが、普通の顔になって口を開く。


「ちょっと思ったんだけど、今日で打ち切らないで明日も行けば良かったんじゃないかしら。そうしたら、視線がなくなったならもう行く必要はないって話になったと思うけど。自然にね」

「それは思ったけど、僕ってそんなに暇じゃないから」


 至って真面目な顔で言うと、トリカと月子が一斉に顔をしかめた。


「暇でしょ」

「暇じゃろ」


 そのツッコミに笑いつつ、正直なことを話す。


「……いやもうねー、解決したんだから行かなくていいでしょ。ボロが出るのも怖いし」


 僕があっさり言うと、二人は顔を見合わせていた。


「なんじゃ、陽の冷たい部分が出たのか」

「これだと一生モテることはなさそうね」


 それぞれ呆れた顔をしていた。余計なお世話じゃ。

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