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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
七章 勘違いはしたくない
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雨の日の公園で

 夏休みが終わって一週間が経った日曜日。

 いつもはトリカと歩く散歩道だが、今日は視界に雅な和傘が映っている。

 その和傘を持つ和装の金髪少女は、僕と目が合うとにこっと微笑んだ。軽い足取りで僕の少し先を歩いたり、和傘をくるくる回してみせたり、上機嫌な様子だ。


「なんか楽しそうだね?」

「陽がおるのに楽しくないことがあるか?」

「えぇっ! トゥンク……」

「最近の子は口で鼓動の音を言うんじゃな」


 彼女は金色の目を細めて小さく笑った。

 この金髪金眼の和装少女は狐の妖怪で、名前を月子と言う。月子は海を望む神社を根城にしていて、参拝客の賽銭と祈りによって力を得ている。その代わりに参拝客に活力を還元しており、最近ではこの神社に来るとなんだか調子が良くなると評判になっているそうだ。

 まだ残暑が厳しい九月だが、雨が降ると多少気温は下がった。その代わりに湿度は上がり不快指数も高まるのだが、こんな日こそ散歩したい気分になるというものだ。別に雨に打たれても寒くない。

 真っ昼間の住宅街は雨の音しか聞こえてこない。僕と月子の話し声も雨が消してくれるだろう。


「結局トリカはついてこなかったんじゃな」

「うん。いや、来ようとはしてたけど無理に連れてくることもないかなって。トリカ雨嫌いだし」


 トリカを家に残してくることに一抹の不安はあるが、多分大丈夫だろう。指輪は見つかりにくい場所に保管している。

 月子が一緒なのはたまたまタイミングがよかったのだ。僕が玄関に立ったときに月子が現れて「遊びに来たのじゃ」と開口一番言い放ったので、じゃあ散歩しようかと相成ったわけである。

 僕は過去に月子の血を飲まされたことがある。そして月子は僕の血を飲んだ。そういういかにも儀式っぽいことをされた影響で、月子は僕のもとに一瞬で現れることができる。また僕の思考を読むこともできる。僕は月子の思考を読めないのに。不公平な話だ。


「どうじゃ、最近は」


 月子からアバウトな話題を投げられた。親戚のおじさんみたいだ。


「楽しくやってるよ。危ない霊とかも見てないし」

「それは重畳じゃな。色恋の方はどうじゃ」

「進展しつつあるかな。今一緒に散歩してるし」

「ぬっ!? ドックン……!」

「結構でかめの鼓動」


 そんな軽口を交わしながら歩いていると、遊具が充実している大きめの公園にたどり着いた。

 わけもなくその公園に足を踏み入れる。

 月子が鉄棒を訝しげに見ていた。


「これはどう使うのじゃ?」

「んー、いろいろできるけど、この公園の場合だと懸垂に使うのかな。ちょっと見てて」


 僕は傘を放り出し、ジャンプして濡れた鉄棒を掴む。


「このぶら下がった状態から、ぅぬー! こうやって、身体を引き上げる」

「ほほー。そうやって身体を鍛えるのじゃな?」

「そう、よっと」


 一回やっただけでかなりの筋力を使ってしまった。ぱっと地面に着地。


「それを何回もできると良いんじゃな」

「そうね。マッチョマンなら数十回はできるんじゃないかな」

「つまり、陽は貧弱じゃと」

「今は雨が降ってるし月子を待たせるのも悪いなと思って抑えたけど別に本気を出せば僕も余裕で数百回はできるんだよね今は抑えたけどね時間かかるからね」

「見栄っ張りがすぎるじゃろ」


 放り出した傘を拾いながら苦笑していると、一台の車が公園の脇で止まった。そして誰か出てくる。


「なんだぁ? こんな雨の中」

「それはわしらもじゃ」

「そうだけど。え、月子って今可視化してる?」

「しとらん」

「あ、了解」


 つまり今の僕は雨の中懸垂する超ストイックな人間になっていたということだ。かっこよすぎる。

 気まずいのでさっさと公園を後にしようとすると、先程の車から出てきた人物が僕のもとにまっすぐ歩いてきていた。傘を差しているので顔は見えない。

 公園に用があるのか僕に用があるのか定かではないが、心がざわざわした。


「これ逃げたほうがいいやつ?」

「うーむ。見たところ女のようじゃが」


 ワンピースが見えているのでそれはわかる。

 ともあれ、その場で立ち止まっているのも変なので公園から出るように歩き出す。


「待ってください、お兄さん」


 声をかけられた瞬間、心臓がドキンと跳ねた。同時に声に幼さを感じて安堵もした。怖いことは起こらなそうだ。

 僕は立ち止まり、件の人物を凝視する。

 長い黒髪の将来有望な美少女だった。涼し気な目元に白い肌が特に印象的で、見ただけで冷静で冷徹な性格をしていそうと想像させる。どこか近寄りがたいオーラもあり、その眼光で睨まれたらすぐに尻尾巻いて逃げたくなるような迫力もある。有り体に言って僕は少しビビっていた。

 そしてこの子について確実に見覚えがあるが名前を思い出せない。


「女の名前を忘れるとは罪な男じゃの」


 月子が僕の思考に茶々を入れてくるせいでさらに思い出せない。まっずいこれ。

 とりあえず返事をしよう。


「はい。なんでしょうか」

「こんなところでなにをやってるんですか?」


 無表情で尋ねられる。有無を言わせない感じもする。


「えっと、散歩だけど」

「お一人で?」

「うん!」


 気圧されまいとしすぎて元気に返事をしてしまった。あまりにも無邪気すぎやしないか。

 黒髪の少女は顔をしかめていた。


「……なぜ?」

「雨の日の散歩が好きだからだけど……」


 少女は僕の目を射抜くように見つめてくる。僕は耐えきれず視線をそらした。


「本当に一人だったんですか? 誰かと喋っているような素振りでしたけど」

「独り言は多い方です」


 月子と話しているところを車から見られていたようだ。迂闊だったな。

 それか、もしかして月子のことが視えてる?


「いんや、視えとらんようじゃ」


 月子は少女の前に立って不思議な踊りをしていた。思わず吹き出しそうになる。なんだよその手の動きは……!


「なにが面白いんですか?」


 笑いはこらえたつもりだったが、漏れてしまったようだ。

 鋭い眼光に怖気づきつつも返答する。


「いや、なにも面白いことなんて」

「嘘をつかないでください。目が笑ってます」


 鋭い目つきで指摘された。だって月子が。

 月子の後頭部を恨みがましく見つめていると、その頭が不意にこちらを振り返った。

 月子は僕と目が合うなり、真顔で面白ダンスを踊り始めた。


「ブフォ! ごめんごめん、ふ、くくっ、今ね、僕にだけ面白いことが起きた。起きてた」

「それはなんですか? もしかして私の顔になにかついてます?」

「すぅー、ふー。……いや、君を笑ってたわけじゃないよ。それよりさ」


 なんとか笑いを封じ込めて強引に話を変える。月子も踊るのをやめてくれた。


「君ってー、あのー、美咲ちゃんの友達だよね?」


 美咲ちゃんとは吉岡祐里さんの妹のことである。吉岡祐里さんは僕と同じクラスに属する同級生だ。

 これくらいの年齢の知り合いは美咲ちゃん繋がり以外に考えられない。


「はい。……もしかして、私のこと忘れたんですか?」

「まさかまさか。でもちょっとど忘れしてて、今ここまで出かかってる。舌の上で転がしてる」

「それなら早く言ってください」

「ちょっと待ってね。良い名前だなーって印象は残ってるのね」

「はあ」


 目の前の少女はわかりやすく不機嫌な顔になっていた。そりゃあ名前を忘れられたらむかつくよな。

 ゆっくり思い出そう。確かフードコートでドーナツを買っているときに遭遇して――。


「――思い出した! 西山ちゃんだ! 西山千歳(にしやまちとせ)ちゃん! ねっ!?」

「そうですけど、喜びすぎですし、ちゃん付けやめてください」

「じゃあ西山さん、僕にいったいなんの」

「さん付けもやめてください。そちらの方が年上なんですから」

「……じゃあ西山? なんか呼びづらいよこれ」

「千歳でいいです」


 以前もこんなやりとりをした気がする。名前の呼び捨てってハードル高いんだよなぁ。

 そう思っていると月子が僕を見上げた。


「わしやトリカのことは呼び捨てにしているようじゃが」


 君らは別枠だから。

 しかしトリカはともかく月子は確実に僕より年上だろうから月子さんと呼ぶのが正しいのかもしれない。見た目が中学生くらいだから錯覚してしまうが。


「堅苦しいのごめんじゃし、距離を感じるのも嫌じゃな。呼び捨てか月子ちゃんと呼ぶのじゃ」


 じゃあ月子継続で。

 そういえば、僕は千歳に自己紹介をしたことがないことに気付いた。先程詰問されたお返しでもしてやろう。


「こんないたいけな子に仕返しをしようとは恐れ入るの」


 だまらっしゃい。


「ところでさ、僕は千歳のことをしっかり覚えていたわけだけど、君は僕の名前を知っ」

「守谷陽さんですよね? しっかり覚えてますよ」

「あ、ふぅん」


 なんでぇ? 名乗ってないのに。

 多分、美咲ちゃんか僕の弟の京介から聞いたのだろう。それでも数回しか会ったことのない人間の名前を覚えているのは優秀と言わざるを得ない。きっと成績も良いんだろうな。

 それはともかく、核心に迫ろうか。


「それで、いったいなんの用でわざわざこんな雨の中声をかけてきたの?」


 僕の質問に彼女は一瞬躊躇して、しかし毅然とした顔になって言う。


「……聞きたいことがあったんです」

「聞きたいこと?」


 僕がオウム返しすると、千歳は僕の目をまっすぐに見て言った。


「お兄さん。美咲に嘘をつきましたよね」

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