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銀色の少女と僻み男  作者: ぽん
六章 夏のショートストーリーズ
53/63

お祭り

 地元の祭りは小学生の頃は積極的に参加していたものだったが、中学生のときに疎遠になった。お祭りの屋台の価格が高いことが主な原因だ。小学生時代は参加するだけで楽しかったが、中学生ともなると普通に屋台の飯に目を奪われる。そして値段の高さに躊躇するのだ。シンプルにケチなのである。

 高校生になった今では、単発のバイトをこなすことで幾分自由に使えるお金ができたので、今までよりもさらにお祭りを堪能することができると思われる。

 しかし、それは屋台の話であって、普通お祭りなんてものは友達や恋人あるいは家族と楽しむのが本懐である。魔法使いや化け猫と楽しむなんて話はついぞ聞いたことがない。


「じゃあ、あなたが初めてそれを実行する人間ってことね」


 地面に足をつけて隣を歩いているトリカが言う。ニヤリと笑みを浮かべた顔が可愛らしい。

 今日のトリカは可視化されているので、注目度が高い。カットソーにロングスカートの格好は吉岡さんのコーディネートである。しかもいつの間にかヘアアレンジなど覚えたようで、今日は銀髪が編み込まれていてなんだか高貴な感じがする。それも吉岡さんが教えたのだろうか。彼女には頭が上がらない。


「かわいい?」


 そんな僕の思考にトリカが軽く腕を広げて聞いてきた。なんなら一度回ってみせた。

 答えは自明である。過去一番と言ってもいい。服装も好きだし、僕は編み込まれた髪型にすこぶる弱いのだ。

 しかし思考を読めるのにわざわざ言葉にさせようとする魂胆が癪に障る。ここは無視の一手。


「言いなさい」

「かわいいです」

「よろしい」


 迫力満点の睨みを食らい、言わされた。

 通りを歩行者天国にして屋台が並ぶ様は、日常が非日常へと変化していることを味わわせてくれる。当然祭りの参加客も多いので、知り合いにエンカウントしそうで怖いなという気分にもなる。

 僕の肩に乗っているミカは、屋台から漂う食べ物の匂いに興味津々のようだった。


「アキラ! あの店においしそうなのある!」

「どの店? 丸いのいっぱい焼いてるやつ?」

「それ!」


 たこ焼きだな。

 お祭りというとなぜか夕方や夜を思い浮かべてしまうが、今は真っ昼間である。空は雲ひとつなく、さんさんと照りつける太陽が眩しいし暑い。

 昼食として屋台の飯を吟味しているところである。たこ焼きはとりあえず確定として、あとは何を食べようか。

 たこ焼きの屋台の前に来ると、ミカが興奮した様子で僕の後頭部をぺしぺしとはたいた。


「これ絶対おいしいから三パック食べよう!?」

「すいませーん! たこ焼き二つ!」

「あいよっ!」


 威勢のいい店主にお金を渡す。三パックも食べたら他のものが食えないだろ。爪を立てるな。

 店主は今パックに詰めたばかりのたこ焼きと、僕が来たときにはすでに詰められていたパックを差し出してきた。


「はいたこ焼き二つね! お嬢ちゃんべっぴんさんだからひとつオマケしといたよ!」

「あら、ありがとう」


 優雅な笑みを浮かべて店主にお礼を言うトリカである。店主がデレデレしている一方で、僕は「優遇してんじゃねえぞ」と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。僕にもできたてをよこせ。

 たこ焼きの屋台を後にして、また歩行者天国を練り歩く。


「トリカはなにか食べてみたいものあった?」

「そうねえ、りんご飴というものに興味があるわ」

「お、じゃあ買おうか」


 赤い光沢が印象的なりんご飴をひとつ買って、地方には大体あるショッピングモールに向かう。街ナカの祭りは座るところがそんなにない。

 その途中で氷水につけられているラムネを見つけたのでこれも二本買っていく。この独特なフォルムを見るとお祭りだなあ、夏だなあという気分になる。


「それ、炭酸?」


 トリカがラムネを見て興味津々な様子で言った。


「イエス炭酸」

「楽しみだわ」


 炭酸よりはそのギミックにどう反応するかが僕は楽しみだ。

 ショッピングモールに一歩足を踏み入れると、まるで別世界のような快適空間が広がっていた。つまるところ冷房がきいていてすこぶる涼しい。

 上階のフードコートの窓に面している席を陣取り、戦利品を広げる。

 すると、テーブルに乗っているミカがたこ焼きのパックに飛びついて匂いを嗅いでいた。


「絶対おいしい」


 ミカが期待で目を光らせているのを微笑ましく思いつつ、パックを開けてやる。

 完全に冷めていると思っていたが、想像していたよりまだ温かい。おそらく猫舌であろうミカにはちょうどいいかもしれないな。


「まだ熱いかもしれないから気をつけろよ」

「わかってる! あつっ! これ熱いよアキラ!」


 言わんこっちゃない。

 隣に座るトリカもそんなミカを見て笑っていた。


「ほい、トリカも」

「ありがとう」


 トリカの前にパックを置いて、僕はミカががっついているパックからたこ焼きをひとつ食べた。


「はふっ、あふ! これあふいなミファ!」

「言ったよ!?」


 内部は思ったよりさらに熱かった。慌てて水分を求めたが、ラムネしかなかった。すぐ飲めない。はふはふしながらキャップのフィルムを剥がすが、そうこうしているうちに咀嚼できる温度になっていた。

 一方でトリカはすでにフィルムを剥がしており、ラムネについていたプラスチックの部品を持ちながら僕に聞いてきた。


「これで押すの?」

「御名答。多分、泡で溢れるからその部品で……あ、待って、僕がお手本を見せるわ。ったく一度しかやらないからよーく見とけよ? 見て学べ?」

「無駄にエラそうね」


 僕のしょうもないマウントにトリカが苦笑していた。

 ラムネ瓶の飲み口にプラスチックの部品をセットし、押し込む!

 ガツっとビー玉が落ちる音がし、炭酸でシュワシュワと泡立つ。泡が落ち着くまでプラスチックの部品で抑え込もう――と思ったが想像より溢れてきたので慌てて口を付けた。


「ん、ん。……くーっ! うめえ」


 泡を飲んだあとにごくごくと本丸のラムネを飲み、たこ焼きのソース味を流す。これぞ夏の風物詩。たこ焼きとラムネの相性は最高だな!

 ラムネの余韻に浸っていると、トリカがジト目でこちらを見ていた。


「何がお手本なのかわからなかったけど、泡が溢れるのは防ぎようがないってこと?」

「そういうことです。さっさと口付けて飲み始めるのが吉」

「はぁ。ま、やってみるわ」


 トリカが部品をセットしたのを見て、ひとつアドバイスを送る。


「あんまり力強く押し込んで瓶を粉々にしないようにな」

「あら、こんなところに押し込みやすそうな頭があるわぁ」

「冗談ですよぉ」

「奇遇ね。私も冗談よ?」

「そうですかぁ?」


 トリカも適当な力でビー玉を押し込むことに成功していた。こちらはなぜか泡がそれほど溢れてこなかった。なんでよ。

 拍子抜けした表情をしたあとに、彼女も一口。


「んー、これもいいわね」


 多分、コーラと比較しての発言だろう。


「これもいいよな」

「ええ。でも、どうして玉が入ってるの?」

「どうして? 知らぬぁい」

「アキラに期待した私が馬鹿だったわ」


 ネットで調べりゃすぐに出てくる、と息巻いてスマホを取り出したが、すでにトリカは興味を失っていた。

 窓から外を見下ろすと、お祭りを楽しんでいる人だかりや屋台が見える。ここからでは見えないがイベントが行われる広場もあり、今日はそこで和太鼓の演奏などが見られるとのことだ。これを食べ終えたらそこへ足を運んでみるつもりである。

 ちらっと隣を見ると、トリカが爪楊枝で刺したたこ焼きを頬張るところだった。

 ぱくっと一口で食べたトリカだが、熱さに動じることなく咀嚼していた。


「えぇ? できたてだよな、それ」

「ええ、温かくておいしいわよ」

「そうですか」


 めちゃくちゃ熱に耐性があるんだな。魔力体だからか。

 この調子だとあつあつおでんも余裕で食べそうだ。


「おでんって?」

「おでんは冬の風物詩。まあ、鍋……いや煮物かな」

「ふぅん。風物詩なら食べてみたいわね」

「おー、冬になったら食おう」


 なんだかんだ言ってもトリカも日本にある食べ物をそこそこ食べてきたと思う。これまで出された食べ物に不満を述べることはなかったが、やはり好みはあると思うのだ。


「トリカさー、こっちで何か好きな食べ物とか料理とか見つけられた?」

「ええ。ほとんどの料理が好きよ」

「そっかー。じゃあこれはあんま好きじゃないなっていうのは?」

「なにかしら……すぐには出てこないわね。基本的にアキラが食べさせてくれるものってアキラが美味しいと思うものばかりだから」


 確かに言われてみるとそうかもしれない。僕が明確に嫌いなもの、あるいは万人受けしないと思われるものはトリカに勧めていないかもしれない。いや、そんなことないな。

 ともあれ味覚に差はあるわけだし、僕が好きなものでもトリカにとっては微妙なことだってあるはずだ。


「しいて挙げるならゼリーかしらね。あれは私の世界の生き物を彷彿とさせるから」

「なるほど? ああいうゼリー状の生き物がいるんだ?」

「ええ。ニモナナって言って、ジメジメして汚いところにいるの。生き物の死骸にたかってるときもあるわね」

「うわあ。それは嫌だね」

「でも味自体はよかったわ。桃のゼリー」


 いわゆるスライム的な生き物がトリカの世界には存在しているようだ。しかし話を聞いていると森とか水辺とかに棲んでるタイプではなさそう。

 異世界に思いを馳せていると、トリカが「ちなみに」と切り出した。


「一番好きな料理はアキラが一回だけ作った唐揚げね」


 その言葉を僕は鼻で笑う。


「んなわけ」

「嘘じゃないわ。本心で言ってる」


 窓の外に向けていた視線をトリカに向けると、いたって本気の表情をしていた。

 その唐揚げは僕が衝動的に食べたくなって作ったものの一つである。レシピを見ながら作った初めての唐揚げはすこぶる美味しくできたが、揚げ物というジャンルは自分でやるのは面倒だということがわかったので、唐揚げを作ったのはその一回のみである。その一回の唐揚げをトリカはいたく気に入ったという。


「何がよかったの?」


 率直に尋ねると、トリカはその時のことを思い出すように視線を上げた。


「あの日はテレビで唐揚げ特集をしていたでしょう? それで私が『おいしそうね』って言ったら、アキラが『確かに。つくってみっか』って言ってその日の夜に作ってくれて……それが嬉しかったのかな」

「味とかじゃないんかい」


 ぶっきらぼうに返してしまったのは、トリカが妙なことをのたまったせいだ。そんな何気ないやりとりで何かを作ることくらい普通にあるだろう。今までもそのパターンでカレーライスやらドーナツやらを食べた記憶がある。


「味ももちろんおいしかったわよ? 一番だもの。元の世界と合わせても一番かも」

「トリカさんの舌は安くて助かりますねぇ」

「照れすぎ。顔赤くなってる」

「エアコンの効きが悪いみたいだな」


 手を虚空にかざしていると、たこ焼きにがっついていたミカが顔を上げた。


「アキラめちゃくちゃ照れてる。わたしでもわかる」

「めちゃくちゃ照れてない。すこぶる冷静。いたって平静。ミカのお目々は節穴かい?」

「アキラの目はブサイク」

「ひどっ!?」


 ド直球の悪口に面食らう僕をトリカが笑っていた。みーんなひどい。

 ま、猫には僕のイケメン度合いはわかるまい、と溜飲を下げつつまたたこ焼きを食べる。


「トリカの世界のお祭りはどんな感じなの?」


 話題を変えるためにそんなことを聞いてみる。

 トリカは歩行者天国を眺めながら言う。


「豊穣祈願のために火を囲んで歌うとか、その土地の神に扮して踊るとか」

「あー、なんかそれっぽくていいね」

「ま、私は特に参加した記憶はないけど」

「陰キャだもんなぁ」

「それは絶対に違うと否定しておくわ」


 そうかなぁ。

 心の中で疑問符を浮かべていると、じろりとトリカに深紅の双眸で睨まれる。すみませんでした。

 トリカは人で賑わう通りを見下ろして、微笑む。


「でもそうね。こうして実際に参加してみると楽しいし、祭りに関して無知であったことは認めるわ」

「そっか」


 楽しいなら良かった。ちょっとホッとした。


「つっても祭りはまだ始まったばっかだからな。とりあえず飯食い終わったらイベント広場に行くぞ」

「ええ」

「アキラ! この赤いやつおいしいからアキラにあげる!」

「ミカ、紅生姜がいらないならそう言え」



  ◇◇◇



 予定通りイベント広場で和太鼓の演奏や地元高校の吹奏楽部による演奏などを聞いた。他にもダンスチームのパフォーマンスやお笑い芸人が漫才をしたりと思いの外多くのイベントが行われていた。


「さっきの踊りはすごかったわね。魔法なしの生身であんな動きができるなんて驚いたわ」

「ブレイクダンスすごかったな。中学生のときにめちゃくちゃ憧れて真似たことあったよ」


 それを聞いた僕の肩の上にいるミカが、ぼそっと一言。


「アキラじゃ無理そう」

「無理でした」


 自在に身体を動かすのってめちゃくちゃ難しいのだ。

 イベント広場の催しが終わると、今度は大通りを神輿が通る。威勢のよい掛け声と太鼓の音が小気味よく響き渡る。

 その神輿の背後で妙なものを見た。

 複数の白い影が神輿の後について漂っているのだ。百鬼夜行というには今は昼だし規模もすこぶる小さい。祭りの喧騒に誘われてきたのだろうか。

 ミカを抱えて通りに近づき、トリカと神輿を眺める。


「あれは何をしてるの?」


 トリカが神輿を担いでいる人と先導している人をさして尋ねてきた。

 僕もそれらを眺めてオウム返しをする。


「何をしてるんだろうね?」

「知らないの?」

「知らない。なんか盛り上がるよなーとしか思ったことないわ」

「なんておバカなのかしら……」


 トリカは呆れた顔で言った。

 一応それっぽいことを話して名誉挽回を試みる。


「神輿っていう字は神様の神って字が入ってるから、神様の乗り物なんだよ。それを担いで神様のお通りだぞっていう……」

「ふぅん」


 懐疑的な、あるいは興味なさそうな反応を示すトリカである。


「神という割には魔力は感じないわね。まあ、残滓みたいな霊は集まってるけど」

「まあ、この祭りにそこまで信仰的な意味合いはなさそうだしなぁ」


 実際この祭りがなんのための祭りであるか僕は知らない。そこまで歴史ある祭りというわけでも多分ない。だから霊的なものも大していないのだろう。

 そう考えると神社仏閣がひしめいている京都・奈良なんてのはとんでもないことになっているのではないかと想像させる。中学の修学旅行時点で霊を認識できてなくてよかった。


「で、このあとはどうするの?」


 トリカが離れていく神輿を見つめながら言った。


「どうするかねー。……もっかいモールの中に入って時間つぶして、そのあと花火が見えるスポットまで歩こうか」

「花火が始まるのは夜なんでしょう? やることがないなら一回家に帰ってもいいんじゃない?」

「いやー、それも考えたんだけど――」


 あ、いかん。これ以上の思考は読まれたくない。

 家に帰るとなると、トリカは実体化を解く必要がある。そうなると、今着ている服はその場に落ちていつもの黒ワンピース姿になってしまう。せっかく着替えたのだからそれを解いてしまうのはもったいない。実体化を解いたあとでまた着替えてくれとも言いたくない。この思考は読まれたくない。

 しかしその願いは裏切られる。


「……うふっ! うふふふっ! 別に私をカノジョとして家族に紹介してくれてもいいのよ?」


 トリカがにやにやと意地の悪い笑みを浮かべて言ってきた。

 絶対にありえない――と思ったが、友達として紹介するなら別にいいのかもしれないと思い直す。本当は嫌なのだが、トリカの存在をひた隠す行為は彼女をないがしろにしているのではないかという思考が頭をもたげたのだ。

 ちらりとトリカの顔を窺う。相変わらずにやにやしていて何を考えているのかわからない。なので直球で聞いてみることにする。


「……トリカは僕の家族と話してみたかったりするの?」

「うーん、それほど。アキラの家族が私のあまりの美貌に驚く姿は見たいけど」

「そういうことー? まあ確かに僕がトリカを連れてったらめちゃくちゃ驚くだろうな。特にお母さんは」


 驚きすぎて腰抜かすかもしれない。先日の吉岡さんですら驚きすぎて一日中絡んできたからな。

 それはさておき、トリカは特別僕の家族に認識されたいわけでもないようなので、しばらくは現状維持でいいだろう。

 トリカが僕の顔を覗き込んでにこっと笑う。


「それにしても、アキラがそんな理由で家に帰りたくないだなんてね。魅力的すぎるのも困りものだわ」

「ほんとだよ」

「あら? 意外に素直ね」

「事実だからしょうがない」


 ほんと、事実だからしょうがないのだ。



  ◇◇◇



 夕暮れ時。

 花火が打ち上がる会場から少し離れたところにコミュニティセンターがある。そのコミュニティセンターの近くに小高い丘があり、昔はここを遊び場にしていたときもあった。ダンボールで滑ったり、チャリンコで無茶な走り方をしてみたり、今じゃやらないことばかりしていた。

 その丘に久しぶりに来た。今はまだ誰もいないが、もしかしたら後々増えるかもしれない。

 レジャーシートを丘の上で広げる。


「静かで良さそうな場所ね。どうして誰もいないのかしら」

「単純に時間が早いっていうのと、このあたりは大して人が住んでないってのもあるかな。それと多分ここまで来たら打ち上げ場所の公園まで行く人が多いからじゃない。ここから1キロくらい先だし」

「ふぅん」

「そこでも屋台とかやってるしね」

「なるほどね」


 広げたシートの上に腰を下ろし、そのまま倒れて仰向けになる。なんだかんだ疲れた。

 ミカは来なかった。花火はうるさくてイヤなんだそうだ。

 ちらっと横を見ると、隣に座ったトリカは遠い眼差しをしていた。夕焼けの空を見て望郷の念にかられたのかもしれない。

 そんなことを想像して僕の方が勝手にセンチメンタルになったが、トリカ自身がそういう態度を表に出したことはこれまでに一度もない。別に弱みを見せてほしいわけではないが、人間味は見せてほしいと思っている。

 目を閉じて夕日の光を避けていると、トリカがぽつりと話しだした。


「……元の世界では誰かと食事をとることもなかったし、遊びに行くこともなかった。この世界に来たら友人ができて、そういうことができるようになって……自分でも驚くほど毎日が楽しいの。だから、元の世界を思うことは少ないかもしれないわね。今の方が好きだから」


 トリカの心情の吐露に驚く。初めてトリカの本心を聞いたような気がした。

 夕焼けがそういう雰囲気にしてしまったのか、妙に感傷的になってしまった。トリカが今の時間を楽しいと思っているなら、それは喜ばしいことである。同時に元の世界にいたときのトリカを想うと切ない。

 僕の中にある純真な心が、早くトリカの封印を解いてもっと楽しい日々を過ごしてもらいたいと願う一方で、これだけの器量があって元の世界だろうがこの世界だろうが友達ができないことなんてある? と妙に冷静で猜疑心に満ちたマインドもある。

 だから率直に聞いてみることにした。

 身体を起こしてトリカに尋ねる。


「気分を害したらごめんだけど、なんで元の世界では友達ができなかったの? 単純に気になる」

「できなかったというか、作らなかったという方が正確ね。もともと恐れられていたのもあるし、友人を作ることに意義を見出していなかったの。どうせ離れていく人間なら仲を深める必要もないし、そもそも仲を深めたところでそれが何? って感じでね」

「陰キャじゃん」

「うるさい。……でも、この世界に来てアキラと一緒に日々を過ごしていたら、友人という関係性の良さに気付いたの。お互いに遠慮のない会話がこんなにも楽しいものだなんて、想像すらしていなかったわ」


 トリカの素直な気持ちを聞いて僕は妙にむず痒い気分になっていた。人間味を見たいと思っておきながら実際にこうして見せつけられると、なんだか落ち着かない。

 だからおちゃらけてしまう。


「遠慮がないのはトリカだけでしょ。僕はいつもトリカ様のご機嫌を伺うのに必死で必死で……」

「そのわりにはインキャだなんて悪口を言うのね」

「滅相もございません! 悪口ではなく、客観的事実にございます」

「なおのこと悪いじゃない」


 呆れた顔をしたトリカだが、すぐに微笑みをたたえた顔になった。まさに今のような会話が彼女にとって楽しいものなのだろう。

 夕日に照らされたトリカの姿は、やっぱり絵になった。僕が少しでもカメラに興味があったら彼女を撮るためにカメラマンになっていたかもしれない、と思わせるほどに綺麗だった。

 眩しいのでまた目を閉じた。



 地平線に太陽が沈み、夜になる。

 今日はほどよく風もあるので、絶好の花火日和と言えるだろう。スマホで時間を確認すると、花火開始の五分前だった。いよいよ始まるぞ。


「ここにも人が来たわね」


 トリカが周りを見渡して言った。

 このあたりは街灯も少ないので人影が見える程度だ。時折スマホの灯りが見えたりする。


「ぽつぽついるね。カップルがいたら邪魔しに行くぞ」

「一人で行きなさいな」


 トリカに大人の対応をされたのでミカを仲間にしようとしたが、今はいないんだった。

 暗くなった風景をぼんやりと眺めてふと思う。

 ……霊を認識できるようになった直後は、夜が怖かったのだ。夜の方が霊の類に遭遇するような気がして。

 今でこそトリカやミカ、月子がいるから霊の類に対する耐性が多少できたが、彼女たちに出会う前は夜が訪れるたびに緊張していた。はっきりとストレスを感じていたのだ。

 それが今じゃ花火を見るために人気の少ない場所でまったりしているのだから驚きだ。

 夜空を眺めていると、一筋の光が上っていくのが見えた。そして大輪の花が咲く。続いてドンと腹に響く音。


「これが花火……綺麗ね」


 隣のトリカがそう呟いた。

 少しの間隔が空いて二発目が打ち上がる。その花火を見るトリカの姿を僕は盗み見る。花火の光を映す目がキラキラと輝いていた。

 夜空に目を戻すと、三発目の花火が打ち上がった。赤く光って儚く消える。


「トリカが花火を綺麗と思える感性でよかったよ」

「……」

「痛いいたいいたい! 脇腹がちぎれる!」


 トリカに脇腹をつねられた。めちゃくちゃ痛かった。

 それから数発の花火が打ち上がり、あるとき急に連続で花火が咲き乱れる。


「いきなり凄いわね。見惚れちゃうわ……」

「スターマインってやつだな。派手でいいよな」


 単発で打ち上がるのも風情があって好きだが、スターマインも花形って感じで好きだ。

 スターマインが一段落したところで、手の甲に謎の感触。

 反射的に振り払う。


「うわぁ! ……あ、トリカの手?」

「あなたね、いきなり女の子の手を振り払うなんて男としてありえないわよ?」

「それはごめん。虫かと思って……。で、なに?」


 改めて尋ねると、トリカは笑顔で言う。


「ありがとう。今日はとっても楽しかったわ」

「あ、ほんと。よかった」

「アキラは?」

「そりゃもちろん楽しかったよ」

「ふふ、よかった」


 ストレートに今日の感想と感謝を伝えられた。急でびっくりした。

 時々トリカはそういうことをする。僕としては気恥ずかしいのでわざわざ言わなくていいし、自分からもあまり言いたくないと思っているのだが、ときには伝える必要もあるとは思っているのだ。

 今がそういうときなのかもしれない。

 僕は日頃飲み込み続けている感謝を伝えることにした。


「……あのさ、今ちょっと僕の心読まないでくれな」

「? ええ」


 トリカはちょっと不思議そうな顔をしながらうなずいた。その反応を見るに先程の思考も読んでいなかったようだ。


「そのー、僕ってトリカと出会う前までは夜に出歩きたくなかったのね。霊とか怖いから」

「ええ」


 口の中がカラカラになっていくのを感じる。汗もダラダラだ。

 だが言葉を紡ぐ。


「でもトリカがいるおかげでこうして花火も外で見れるし、廃病院なんていう霊の温床みたいな場所にも行けたんだよ。夜もよく眠れるようになったし、毎日楽しいし。ほんとトリカのおかげ! いつもありがとな」


 言えた。トリカの反応よりまず言い切れたことにホッとした。

 恐る恐る隣を見ると、トリカはあっけにとられたような顔をしていた。


「私、そんなことを言われたの初めて……。それに今、アキラ、私になにかした?」

「え? 何もしてないけど……」

「そう」


 トリカは胸に手を当てて少し怪訝な表情をしていたが、僕と目が合うとほころんだ顔になって言う。


「今のアキラの言葉、とっても嬉しかったわ。友人ってこんな感情も教えてくれるのね」


 トリカに手を握られる。

 言うほど友達同士で手を握ることある? とは思いつつ流石に手を離すことはしなかった。

 また花火が上がり、それを見つめる。

 充実感と高揚感に包まれつつ、心のどこかには寂しさもある。今このときが素晴らしいからこそ、この時間が有限であることを憂いてしまう。

 いや、わざわざネガティブになる必要はない。今はただ楽しめばいいんだ。


「今年の夏休みは、なんだかんだ楽しかったなぁ」

「私のおかげでね」


 得意げな顔をするトリカである。


「おっしゃるとおり。さっきも言ったけど感謝してます」

「ふふっ。……夏が終わったら秋になるんでしょ。秋って何をするの?」

「秋はそうだなあ――」


 それから僕らは、花火を眺めながらこれから訪れる秋について話した。

 きっと、秋も楽しく過ごせるだろう。

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