春待誕生日会 後編
今になって思うが、もし仮に春待が「霊感があることによって女の子に好かれる性質」なんてものを持っていたとしたら小中時代だってモテていたはずである。しかし、あの妹ちゃんは高校から急にという話をしていた。これはちゃんちゃらおかしな話である。その時点で論理が破綻していることに気付かないものだろうか。
「いつまで引きずってるのよ」
いつまでも引きずるわよ。春待は昔から霊感を持っていたわけだから、高校から急にモテるのはおかしいじゃないか。
「後天的に何かしらの特性を得ることは何もおかしなことではないわ。もしかしたら本当に女を引き寄せるなにかがトウジにはあるのかも」
マジでそう思ってる?
「いいえ? ただ可能性として存在するって話よ。あなたがあまりにもインキャを極めてるから反論したくなっただけ」
誰が陰キャ免許皆伝の師範代じゃ。トリカもわしの“技術”を受け継ぎたいか?
「遠慮するわ。格が落ちる」
本当に嫌そうな顔をしていた。
トリカは完全に僕のことを侮っているが、僕とてモテていた時代がなかったわけじゃない。
「すごいわ。完全に初耳の情報よ」
ならば教えてやろう。小学生時代の僕は文武両道の神童として有名で、校内の女子全員が一度は僕を彼氏候補に上げたとまことしやかに囁かれていたと僕によって伝えられているのである。
「……つまり、あなたの創作話ってことよね?」
さて、一般的な誕生日会がどんなものか知らないが、今回のものに限っていえば明確にプログラムが存在するわけでもないようで、思い思いのタイミングで誕生日プレゼントが春待に渡されていた。
僕とトリカがひたすら料理を貪っている間に、いつの間にか半数ほどがプレゼントを渡し終えていたようだ。僕も忘れないうちにとっておきのプレゼントを渡しておきたい。
椅子の横に置いていた箱入りの袋を持って、春待のもとに歩み寄る。
僕らに気づいた春待がニカっと笑った。
「お! 守谷にトリカちゃん、どうした?」
「僕らから誕生日プレゼントです。おめでとう」
「マジ? 守谷たちもくれるのか!」
「僕らのことを飯を食いに来ただけのやつだと思ってるのか?」
「ははははははっ! んなことねーよ! サンキューな!」
袋を渡してやると、春待は無邪気に喜んだ。この屈託のない笑顔に女子はやられちゃうのかな。僕も真似してみようか。
“あなたの笑顔も素敵よ。ただ女が惚れないだけで”
ダメじゃん。
袋の中のラッピングされた箱を見ていた春待が僕に尋ねてきた。
「これ中身なんだ?」
「それは普通開けて確かめるだろ」
「そりゃそうだ。どれどれ……ちょっ!? これは!?」
箱の中身を見た春待が目を剥いた。
僕はしたり顔で言ってやる。
「そう、うまい棒100本だ」
「神! お前が神!」
「はーっはっはっはっはっ!! 崇めよ!」
「守谷様ぁ~!」
どうやら少年のマインドに刺さったようだ。やっぱり子供には数なんだよな。
春待の反応に満足していると、辻村先輩が僕のことを睨んでいることに気づいた。えぇ? なんで?
疑問に思っていると、つかつかと先輩は近づいてきた。
そして小声で言う。
「……私のプレゼントより喜んでた」
「……それは多分、気のせいです」
それだけ言って自分の席に戻る。
“そっけないわね”
対外的に辻村先輩がどう振る舞いたいのかまだわからなかったので、春待以外の人間と普通に話しているところはまだ見せない方がいいのかなと思った結果である。
春待たちから離れて席に戻ってくると、トリカが指摘する。
“でも、ちょっと悲しそうな顔したわよ。あの子”
うそ。じゃあ悪い事しちゃったな。
辻村先輩とはプレゼント選びのときに和解した。だからといってマイナスからプラスになったとは思っていない。また新たに接し方を構築しなければならない段階だ。
いきなりフレンドリーに会話を始めたら辻村先輩も周囲に対してバツが悪いのかなと思ってしまったのである。これは僕の見栄を張りがちな性格のせいかもしれない。
“トウジだったらなんの躊躇もなく会話するでしょうね”
確かにその想像は容易だ。
やはり根本的に僕は春待とは違うんだなと思わせられる。無邪気な笑顔をみせても女の子が寄り付かないのもこのあたりに要因があるのだろう。
“それは顔のせいだと思うけど”
血も涙もないよこいつは。
“うふふ、でも私はあなたが困ったように笑うの大好き”
ははは。こんな感じか?
“そうそう。ふふふふっ”
トリカは楽しげだが、僕はそんなに楽しくない。
ともあれ、プレゼントを渡すミッションは遂行できた。賑やかな食堂の空気もいいが、そろそろ外の空気を吸いたい。一度席を外してトイレにでも行こう。
指輪の入ったボディバッグをおいて食堂を出ようとすると、トリカに呼び止められた。
“私も連れていきなさいよ”
ええ? 女子と連れションなんて聞いたことないよ。
“私は用心棒よ? ここは魔力を持った存在が多いし、用心するに越したことはないわ”
そうかもしれない。
春待の家とはいっても僕のことは認知されていない。初対面時の辻村先輩のごとく出会い頭にって可能性もあるか。いや、ないとは思うけどさ。
指輪をつけ、トリカを引き連れて食堂をそっとあとにし、トイレに向かう。
そしてあることに気づく。
「……ん? トイレどこ?」
エントランスのホールにて呆然と立ち尽くす僕。
「場所くらい確認してから出なさいよ」
隣に浮遊しているトリカのごもっともな指摘には、ただ口をつぐむばかりである。
しょうがない戻るか、と思ったそのとき、玄関の扉からすぅっと黒いもやを纏う人型の霊が侵入してきた。
悪霊――!
確実に害をなしそうな存在を久々に見たこともあり、僕は硬直してしまった。
黒い霊がゆっくりと階段の方に向かっていくのを、ただ息を殺して見ていることしかできない。
「落ち着きなさい。恐れる必要はないわ。何のために私がいると思ってるの?」
トリカが僕の肩に手を置いた。そうだ、トリカがいるんだったな。
しかし待て。あれは本当に悪霊なのか? 人型の霊だし、微妙に女の子っぽく見えなくもない。ここは春待の家である。勝手に消滅させて、後で「あれ俺の友達」なんて言われたらめちゃくちゃやばい。何なら絶交もありえる。春待は悪霊の女すらも呼び寄せる可能性がある。
春待を呼びに行くか、それとも悪霊の後を追うか。
悪霊はまっすぐに階段に向かった。まるで目的地に向かうようにだ。そこに誰かがいて、悪霊に取り憑かれる可能性もある。
春待を呼びに行く時間がない。ひとまず悪霊の後を追おう!
「トリカ、あれってやばい霊かな?」
「私にとっては塵みたいなものだけど、人間にとっては害かもね。前にチホの男たちに取り憑いた霊の三倍くらいの強さ」
結構強くないか?
階段を上りながらトリカに問いかける。
「あの霊の足を止める方法とかない?」
「うーん。ちょっと無理ね。私の力に対してあの霊は脆弱すぎるわ。風で飛ばしたらそのまま散ってしまいそうだし」
「パワーすごいなぁ」
「何かしら。不満そうね」
「いいえ? 全然?」
「拘束魔法なんて趣味の悪いものは覚えてないの。高潔でしょう?」
「高潔です」
そんなやりとりをしつつ霊の後を追っていると、悪霊はとある部屋に侵入していった。
勝手に部屋に入るわけにもいかないので、慌てて外からノックする。
「すみませーん! 誰かいますかー?」
「はい! 今行きます」
中から聞こえた声は理央ちゃんの声だった。どうやら彼女の部屋らしい。
ドアが開かれると、理央ちゃんの姿と、悪霊の姿があった。悪霊は理央ちゃんの背後にぴたりとつけている。明らかに狙っている。
「どうしました……?」
理央ちゃんは恐る恐るといった感じで聞いてきた。さっきの僕のきもい口上を聞いて怯えているようだ。今メンタルに動揺を与えるのはよくない。優しく無害な笑みを作って、優しい声色で語りかけねば。
“ふふ、まるで別人”
「いきなりごめんね? ちょっと一緒に食堂に来てくれない?」
「いいですけど、なぜですか?」
この子は霊についてどう捉えているのだろう。怖がっているなら「君の後ろに悪霊っぽいのがいるから春待に対処法を聞いてみよう」とは言いづらい。
しかしやばい。なんも口実が思い浮かばない。
「なぜって言われると、いやほら、さっき僕ごちゃごちゃ変なこと言っちゃったからさ、それの弁明をさせてほしくて……。あと春待の話もしたいし」
「兄さんの話ですか?」
やはりこの子も春待のことになると弱いらしい。辻村先輩の類型。
「そうそう。実は僕も春待に助けてもらったことがあって、そのときの春待の武勇伝とか」
「聞きたいです。じゃあ、行きましょうか」
「いぇす」
理央ちゃんが部屋から出てくると、悪霊がその後をついてこようとしたので、間に身を滑り込ませる。
それを理央ちゃんは不審に思ったらしく、怪訝な顔で振り返っていた。
「? なぜ後ろに……」
「いや、道に迷ったら行けないから……」
「そこまで広くないですよ」
「んなことないよ。めちゃくちゃ広いよこの家は」
これは本心である。
それはさておき、どうして理央ちゃんを狙っているのだろう。そんなに取り憑きやすい精神状態なのだろうか。女心などまるでわからないから予想も推測もできないが、少なくとも良い精神状態ではないのだろう。
「多分トウジのことでしょうね」
トリカが訳知り顔で言った。
しかしそれならば想像は容易だ。現状だと多くの女子に囲まれている春待を見て嫉妬したとか、自分にかまってくれない兄に苛立っているとか、そういうブラコン的な要因があるに違いない。
「……あなた、モロに影響を受けてるわね」
もろにな。くくくっ!
理央ちゃんの背後につけながら食堂に戻ってきた。僕の背後には悪霊がいる。はっきりいって気が気じゃなかったのだが、僕とその悪霊の間にトリカがいてくれたのでギリギリ持ちこたえられた。視える人が見たらまるでレクリエーションをしているかのように見えただろう。電車ごっこみたいな。
食堂にいる春待は未だに女子に囲まれていた。そこに割って入るのは僕も理央ちゃんも気まずいが、そんなこと言っていられない。
「春待のところに行こう」
「わかりました」
春待のもとに向かって歩いていると、先に向こうがこちらに気づいた。
「お? 守谷と理央はもう仲良くなったのか?」
「違います」
理央ちゃんが即否定したのを見て、トリカが笑っていた。
「春待、ちょっと見てほしいものがあるんだけど」
そう言って、僕は身体を横にずらし、霊に目をやる。
すると、春待は目を丸くした。
「げっ! お前何連れてきてんだよ!」
「いや、春待のお仲間かと思って」
「ちげーわ! 梨奈! 武蔵! 頼む!」
春待は周囲の人間の目など気にせず武蔵のことを呼び、理央ちゃんの手を取って自分の近くに引き寄せていた。
「兄さん!?」
「そこに悪霊がいるから、理央は俺の後ろにいろ!」
「っ! わかりました!」
ざわつく春待の友人たち。即座に立ち上がり武蔵の名を呼ぶ辻村先輩。虚空から現れ刀を抜いた武蔵。
ただ突っ立っている僕。傍観しているトリカ。
武蔵は悪霊に一歩で近づくと、一瞬で袈裟斬りにした。悪霊は斜めに真っ二つになり、魔力の塵になった。
それを見届けた春待が明るい声を出す。
「ふぃー。サンキューな武蔵。みんな驚かせてごめんな! もう大丈夫だ!」
笑顔の春待に対し、ほっとした顔をする春待の友人たち。ちゃんと霊に対する理解があるんだなぁ。
とはいえあまりにもノーガード戦法すぎると思う。そういうあけすけな態度が人を惹きつけるのだろうか。
理央ちゃんに気を遣って霊について黙っていたが、今の状況から察するに意味はなかったようだ。
僕馬鹿だなぁと思いながらぼーっと突っ立っていると、春待が寄ってきた。
「守谷もサンキューな。理央を守ってくれたんだろ?」
「いやいや。守るどころか危ない目に合わせちゃって申し訳ない」
「んなことねーよ。まあ一応言っておくと、ああいう黒い霊はうちにはいないから、悪霊に関しては今後は問答無用でやっちゃっていいぞ。トリカちゃんなら余裕なんだろ?」
そう言ってトリカに視線を飛ばす春待。
それを受けてトリカはにやりと笑う。
「余裕過ぎてあなたの家に被害が及ぶかもしれないわよ?」
「はははっ! そこは加減してくだせぇ」
さて、悪霊は片付いたが、僕としては理央ちゃんを危険な目に遭わせた負い目がある。
それのお詫び兼メンタルケアをすることにした。
「それでさ春待。妹ちゃんに怖い思いさせちゃったからさ、少し彼女についててあげてくれないか?」
僕がそう言うと、春待の後ろの方に控えていた理央ちゃんが驚いたように顔を上げた。
「怖がってた? あいつ全然そんな素振り見せないけどなぁ」
「そう振る舞ってるってトリカが言ってる」
僕だと説得力に欠けるので、トリカが言ったことにしてしまった。
トリカからジト目を食らっていると、春待が納得した顔になっていた。
「おー、同じ女子であるトリカちゃんが言うならそうなのか。おい理央! ほら、俺の隣で飯食いな」
後ろを振り返った春待が理央ちゃんの肩を抱いて席に移動していた。よし、これで僕的には精算できた。
「おい守谷もこっち来いよ! トリカちゃんのこととか理央に紹介するから!」
「はいはい」
紹介するって言っても視えてないんだよ? と根本的な問題を思いながら、さっきまで女子がひしめいていたスペースに向かった。
◇◇◇
「やっぱり女の子に好かれる性質があるじゃないですか!」
鬼の首を取ったような勢いで言ったのは理央ちゃんである。
春待が雑に僕とトリカのことを紹介したので、妙な勘違いをされているのだ。当の春待は突然声を荒げた理央ちゃんをきょとんとした顔で見ていた。全てはお前が原因だぞ。
僕は断固として否定する。
「別に好かれてないから! そこは春待と明確に違うし、人間の女子はまったく寄ってこないから!」
ミカを女子とカウントしても二人である。特別好かれているわけでもない。
「でもトリカさんは守谷さんにベッタリなんですよね? 兄から聞きましたけど」
「べったりっていうのは語弊があるよね明らかに。それは春待の説明が悪いぞ!」
キッと睨みつけてやると、春待が愚かにも反論してきた。
「事実だろ! いっつも学校来るとき楽しそうに話しながら来てるだろ!」
楽しそうに話しながら来てたら周りからやばい目で見られるので、これは間違いなく嘘である。
「話してねーわ! 一人でブツブツ喋ってたらやばいだろうが!」
「目で会話してるのがわかんだよ! あとお前めちゃくちゃ顔に出てるからな? にこにこーって!」
「うそつけ! ……うそだよな?」
「いやマジ。隠そうとしてるのはわかるけど、出てるわ。なあトリカちゃん?」
春待が僕の背後に浮遊しているトリカに話を振った。
「ええ。アキラは優しいから、私が冗談を言ったりするといつも笑顔を向けてくれるわ」
「ほれみろ!」
トリカは茶化す雰囲気でもなく、淡々と事実を話しているように見えた。マジ?
愕然としてしまう。確かに倫さんからもにこにこしてるときがあると指摘されたことがあったが、そんなに周囲にバレているものだとは思わなかった。しかも無自覚なのがやばい。
いや、多分トリカの突飛な言動に顔をひきつらせているのを、春待が笑顔だと誤認したに違いない。ほんとはた迷惑な見間違いだ。
そんな僕の思いを察せない春待が、またトンチンカンなことをのたまった。
「まー気持ちはわかるよ。トリカちゃんめちゃくちゃ美人だし、一緒にいるだけで楽しくなっちゃうんだろ?」
こいつマジ……!
「ちげーわ! そもそもトリカは僕のタイプじゃない」
冷静に切り返すと、理央ちゃんが興味津々で聞いてきた。
「じゃあどんな人がタイプなんですか?」
「おー、俺も聞いてみたいわ」
なんでそんなことをこの兄妹に話さなきゃならんのだ。
教えるわけねーだろと一蹴するのは簡単だったが、ふと先程の春待の姿を思い出した。
霊の視えない同級生がいるのにも関わらず、躊躇もなく悪霊に対応する春待――。その裏表のない姿勢がこうして誕生日会を催されるほどの人望に繋がっている。
人望のない僕は、こういうところを見習うべきなんだろう。ならば、ちょうどシチュエーションとして最適だし、実践してみるか。
「僕の好きなタイプは、黒タイツが似合いすぎる細くて長い脚の女。性格はその次だな」
びしっと言って、春待リスペクトの屈託のない笑顔を浮かべる。にこっ!
「あ……」
「やけに具体的な好みだな……。フェチっていうのか? そういうの」
理央ちゃんはドン引きし、春待もやや引いていた。春待の囲いも何故か今の会話だけは聞いていたようで、一様にドン引きしていた。辻村先輩に目をそらされた。
おかしい。僕の予想だと、「わかるわー!」「わかるマン!」「俺と好み一緒ー!」「俺もー!」「わたしもー!」といった共感・同意のポジティブな反応が得られると思っていた。裏表なくあけすけな対応をした僕に友達候補生がどんどん現れ、春待帝国と双璧を成すほどの勢力になるはずだったのにどうしてこうなったの?
“単純に気持ち悪いからでしょ”
やっぱり僕が春待のようになるのは無理だってことだな。それがわかっただけでもこの誕生日会に参加した意義はあっただろう。
なにはともあれ、誕生日おめでとう! 春待!




