かき氷 後編
「ただいまー!」
家に帰ってくると、僕はすぐさま掃除機を手にとった。そして鼻息荒く電源プラグをコンセントに差し込む。
ソファでくつろいでいたトリカが眉をひそめた。
「どうしたのよ。帰ってきて早々」
その言葉に後から入ってきたミカと月子が答える。
「ユリがこっちに来るの」
「あら、そうなの」
「初恋の女が来るとなったら、陽はあのはしゃぎようじゃ」
「はしゃいでないわい!」
ミカが家に出入りするようになってから家の中は綺麗に維持しているつもりだが、吉岡さんが来るとなればさらに綺麗にする必要がある。お客様に失礼があってはならないのだ。
フローリングを掃除機でかけていると、脳裏に月子の声が響く。
“わしのときは特に準備もせずに呼んだようじゃが?”
ダイニングの椅子に腰掛けた月子がじろりと僕の方を見ていた。
それだけ気のおけない友人ということですよ。
“ほぉ。今はそう受け取っておくことにしようかの”
そう受け取っておいてください。
あらかた掃除を終えると、今度は自分の身なりが気になってくる。一度シャワーを浴びて、服も着替えよう。
風呂場に向かう僕にトリカが冷めたトーンで言う。
「シャワーなんて浴びて一体どんな展開を期待してるのかしら。いやらしい」
「おバカ! 汗を流すだけだから!」
え、ていうかどうしてシャワーを浴びただけでいやらしいって言われるんだろ? ぼくよくわかんない。
一時的に知能レベルを幼児まで下げて、純真無垢な心でシャワーを浴びた。
身も心もさっぱりして、汗臭くない清潔な服に着替えた。これでひとまず準備はオーケーだ。
吉岡さんを迎えるにあたってあと必要なことはなんだろう。
よし、作戦会議をしよう。
「はい人外のみんな集合ー!」
僕の号令に二人と一匹が微妙な表情をした。
「集合も何も全員揃ってるじゃないの」
「人外という言い方は好かんの」
「アキラ、なんかうざい」
「すみません……」
僕のテンションが空回りしているのは明白である。でもこの気持ち、止められないよ!
改めてみんなに問いかける。
「あのー、僕、女子を家に入れたことがないんだけど」
「私は?」
「わしは?」
「わたしも女だけど?」
六個の目が僕を射抜く。
「ごめん。君たちを除いてね?」
「リナが来たことあるけどね」
「あ。……でもあれは例外としてね?」
本題に移りたい。
「かき氷をみんなで食べるっていう目的があるのはいいけど、その後ってどうなるのかな?」
「さあ?」
「雑談でもしたらよいじゃろ」
「わたしユリと遊ぶー」
「大丈夫かな? なんか沈黙が続いたりするのが嫌なんだよな。みんなもたくさん話してくれると助かるんだけども」
ヘタレ丸出しでお三方に頼る男である。
そんな中トリカがある疑問を呈する。
「ところで、あなたの家族が帰ってくることはないの?」
「えっ!? あ、やべぇ、完全に忘れてた」
致命的な懸念事項が存在していた。
もし吉岡さんが家にいる状態で家族が帰ってきたら僕らはどうなるの? めちゃくちゃ気まずいし、恥ずかしいし、吉岡さんも気まずいだろう。
「わしらはそのときどうするべきなんじゃ? 姿を隠したほうが良いのか?」
「そのへんも決めておいたほうがいいね。姿は見せない方向で。絶対うまく説明できない」
「わしらは友達じゃろ? それ以上の説明が必要か?」
「絶対必要だと思うよ……」
特に母はそういうことを聞きたがるタイプなのだ。典型的おばさん。
吉岡さんだけなら常識の範囲内でいくらでも理由はでっち上げられる。しかし、トリカと月子は無理。
とにかく帰ってこないことを祈るほかあるまい。
「あー、すげー緊張する」
吉岡さんと電話をしてから四十分が経過している。あと二十分前後で来る。
かき氷器の準備はした。来客用のスリッパも用意した。トイレ掃除もした。カムフラージュ用の勉強道具も忍ばせておいた。家族が帰ってきたときには吉岡さんに勉強を教えてもらっていた体を装うことにしよう。
自分の部屋も一応掃除したが、多分ここには入れないと思う。理由もないし。
「私とアキラの愛の巣をみたいとか言い出すかもしれないわよ?」
「愛の巣って」
でも吉岡さんは文芸部ということで、そういうネタになりそうなことには貪欲なイメージがある。とはいえ仮に入れたところで問題はない。やましいものもなし。
「わかってると思うけど、吉岡さんが初恋の人だってこと言うなよ? 特に月子、トリカ、ミカ」
「全員じゃないの」
「わたしの声はユリに聞こえないのに」
トリカとミカが不満そうな声を上げた。確かにミカは大丈夫だったな。
しかしミカの声を他の二人が勝手に代弁する可能性がある。やはり油断はならないのだ。
その思考に月子が溜息をついた。
「信用ないのう。わしら、友達じゃろ?」
「友達だと思ってるけど、今日の振る舞い次第ではそうじゃなくなるよね」
「おぉ怖い怖い。陽に嫌われたくないからおとなしくしておくのじゃ」
「初恋の人って暴露しなけりゃいつもどおりで大丈夫だよ」
月子はふっと笑って頷いた。あんまりおとなしくされると僕が困る可能性がある。沈黙だけは回避したい。
吉岡さんとの会話シミュレーションを二十分ほどしていると、インターホンの音がなった。
僕は椅子から立ち上がり、鬨の声をあげる。
「来たぞ!! 全軍構え!」
「戦争でも始まるの?」
トリカのツッコミをスルーして、インターホンの前に突撃する。画面にはおかっぱ可憐な少女が立っていた。即座に受話器を取り、応答する。
「はいー」
その声に、吉岡さんがインターホンに顔を近づけて返事をする。きゃっわ。
『あ、吉岡です』
「今開けるねー」
ばたばたと玄関に向かい、扉を開けた。
夏らしい爽やかな装いの吉岡さんがそこに立っていた。マジでときめいちゃうな。
「どうぞ入って。外めっちゃ暑かったでしょ?」
「お邪魔します。今日も暑いですねー。湿度もすごくて」
脱いだ靴を揃える吉岡さん。キュートだ。
今のところ自然体を装えている僕だが、尋常じゃないほど舞い上がっている。こんなに高揚感を覚えたのは久しぶりだ。
「スリッパそれね」
「ありがとうございます」
来客用のスリッパを履いた吉岡さんと一緒にリビングに戻る。ダイニングの方でトリカと月子がニヤニヤして座っていた。
その二人を見つけた吉岡さんが、ぺこりと会釈をする。
吉岡さんは月子と初対面だから、僕が紹介をしなければ。
「吉岡さんは月子と会うの初めてだよね? 大磯神社に棲み着いている狐の月子」
「はじめまして、吉岡祐里です」
挨拶をした吉岡さんに月子が微笑む。
「うむ。わしは潮騒響く社に宿りし金髪金眼の神、満月の大妖狐、月子じゃ。よろしく頼むぞ」
「よく全部覚えてたな」
僕が羞恥心でプルプル震えていると、月子がゲラゲラ笑っていた。
何のことやらわからない吉岡さんはきょとんとしていた。これ幸いと話題を流そうとしたが、月子とトリカが懇切丁寧にその口上の意味を説明していた。こいつらマジ……!
「ふふふっ! 守谷さんもそういうお茶目なところがあるんですね」
「いや、あはははは」
笑うしかなかった。
「じゃあ早速かき氷を作るから、吉岡さんは椅子に座って待ってて。あ、ミカはそこにいるからね」
「はい。ありがとうございます」
「ユリー!」
ミカがさっそく吉岡さんに飛びついていた。それを見て和みつつ、台所へ。
牛乳パックで作った氷を取り出して、かき氷器にセット……できない! 氷の背が高すぎる!
氷を切りたいが、切れ味のイマイチなうちの包丁ではちょっと無理そう。まずい、まずいぞ! まさかメインのかき氷が作れないなんてことがあっていいのか?
トリえもーん! ちょっと来てくださるー!?
SOSの念を送ると、トリカがさりげなくこちらに来てくれた。
「どうしたの?」
「氷を切ってほしいんだけど、……綺麗に切れる?」
「ええ、朝飯前よ。どう切る?」
「えーっと、四等分で」
トリカが人差し指を一振りすると、まな板の上に乗った一リットルの氷が半分に割れた。断面がとても綺麗でビビる。それをもう二回繰り返し、四つの氷になった。
「ありがとう。もう一本あるから、それも四等分に頼む」
「いいわよ。その代わり早く作りなさい」
「了解!」
トリカはもう一本の氷も切っていくと、会話の輪に戻っていった。ありがとう!
ちょうどよい大きさになった氷をセットして、手動で回す! 滅茶苦茶疲れる!
器の縁まで盛ったところでシロップをかける。そしてその上からまた氷を足していく。山盛りになったらまたシロップをかけて完成だ。
これをとりあえず三セットこなし、吉岡さん、トリカ、月子の分を完成させた。ミカにも小さい器に山盛りのかき氷を作った。
「はいお待ちどー! いちごのかき氷でーす!」
お盆に乗せて持っていくと、みんな良い反応を見せてくれる。
「待ちわびたわよ」
「ほほほ、宇治金時以外は初めてかもしれん」
「アキラ、テンサイ!」
「守谷さん、ありがとうございます」
「いえいえ、じゃあどうぞ。食べちゃって」
僕がそう勧めるまでもなく、トリカと月子とミカは食べ始めていた。みんな満足そうに食べている。よかったよかった。
その中でもミカがかき氷に顔を突っ込んで食べていた。大胆過ぎる食い方!
トリカがそれを見て笑う。
「うふふふっ、ミカが氷に埋もれてるわ」
「えっ! そうなんですか?」
「ええ。ほら、そこに穴が空いてるでしょう?」
「あ、ほんとですね。もうミカったら、食いしん坊なんだから」
そうして場が和む。ファインプレーだぞ! ミカ!
みんながかき氷を食べているのを見たら自分も食べたくなってきた。残っている氷で自分の分を作ろう。
少なめのかき氷を完成させてテーブルにつく。
すでに乙女たち+ミカは会話を弾ませており、沈黙とは無縁の状態だった。杞憂だったか。
穏やかな表情でかき氷を食べているトリカに感想を求める。
「トリカどう? 初めてのかき氷は」
「ええ、とってもおいしいわ。作り方は単純なのに驚きね」
にっこり笑って言うトリカ。思えばトリカは僕が作ったものを「まずい」と言ったことがない。もちろん、僕もまずいもんを出してるつもりはないけど、単純に口に合わないものはありそうなものである。トリカが凄く優しいのか、味覚がぶっ壊れているのか。多分前者だと思うけども。
「トリカの世界にはないの? 似たようなものでも」
「ありそうでないわね。そもそも氷を食べるって発想がないわ。食べるくらいなら食べ物を保存するために使うって感じね」
「なるほどねー」
そんな僕らの会話を吉岡さんは興味津々に聞いていた。異世界の話って楽しいよね。
会話が一段落したので僕もかき氷を食べ始めると、吉岡さんが意味深な笑みを浮かべて話しかけてきた。
「守谷さん、聞きましたよ。先輩たちと海に行ったんですってね」
「え、ああ、うん。今日のかき氷も海の家で食べなかったから作ったんだよ」
「はい、それも聞きました。トリカさんのために作ったんですよねー?」
「なんか含みのある言い方!」
吉岡さんがニヤニヤしながら僕とトリカを交互に見る。こんな人だったか……?
そんな吉岡さんにトリカが満面の笑みで答える。
「アキラは私のためならなんでもしてくれるのよ。優しいでしょう?」
「はい。とっても素敵だと思います」
「なんでもはしてないよ。いろいろ拒否してるよ」
僕が冷静に訂正するのだが、吉岡さんとトリカは聞く耳を持たずにうふふあははと話している。聞いてー?
「聞きたいことはもっとあるんですよ。その先輩たちの中に女子もいたんですよね?」
「いたねー。三対三の合コンみたいなところに僕が一人放り込まれてたからね」
「わー、私だったら泣いて帰ってます」
「いや、僕もいたたまれなくて帰りたかったよ」
僕がそう言うと、吉岡さんは首を傾げた。
「あれ? でも私の友達の話だと、女の子とパラソルの下で楽しげに話していたって聞きましたけど」
「えっ? 友達?」
「はい。私の友達も海に行ってたんです。そのとき守谷さんを見かけたんだそうです」
そういえば、クラスメイトが海に来ていたのを思い出した。その中に吉岡さんの友達も居たようだ。
「たぶん、僕が荷物番してるときにお団子先輩が話しかけてくれた時だね。そういやクラスメイトいたなぁ」
「守谷さん、そんなキャラじゃないのにってみんな驚いてたそうですよ」
「めちゃくちゃ失礼な話。僕なんて女の子はべらすキャラじゃん」
「ふふふふっ、あながち嘘とも言えないですね」
吉岡さんはトリカと月子に目をやりながら言った。
ちょっと冗談の方向性を間違えたなと思っていると、案の定トリカと月子が乗ってくる。
「そうよねぇ。こんな絶世の美女ふたりを侍らせてるものね」
「くふっ、そうじゃな。わしらは陽の言いなりじゃ」
「吉岡さん、今のでわかるよね? 僕らの力関係」
そのやりとりを吉岡さんはにこにこしながら聞いていた。
みんながかき氷を食べ終えた頃、トリカが唐突に言う。
「女をはべらすで思い出したけど、アキラはいつになったらリンを誘うの?」
「リン?」
トリカが出した名前に吉岡さんが食いつく。これもうゴシップ大好きっ子じゃん。
倫さんについてトリカが吉岡さんに説明していた。
「イチノセリンって一緒に海に行った女よ。アキラはその女に誘われたからほいほいついていったわけ」
「ほいほいはついていってないよね。渋々だったよね」
僕が訂正するも、吉岡さんにとってはそんなことどうでもよかったらしい。
「その一ノ瀬先輩を守谷さんが誘うんですか? 好きなんですか?」
「ガツガツくるねぇ! 倫さんが僕を誘ったから今度は僕が倫さんを誘う番っていう理論なんすよね」
「あぁ、いい。素晴らしいです、それ」
恍惚の表情を浮かべる吉岡さんである。こんな顔初めてみた……。
しかし、これは良い機会かもしれない。女子を誘うにあたって女子の視点はあったほうが良い。トリカと月子とミカはちょっと参考にならないからな。
その思考にじとりと粘着質な視線を食らう。断固無視の構え。
さっそく相談を持ちかけようとしたが、吉岡さんがメモ帳を取り出したのを見て、やっぱりやめようかなという気分になってくる。
「ユリ、アキラがそのことについてあなたに相談したいそうよ」
「え! 私にですか? 是非ともお任せください! 守谷さんと一ノ瀬先輩のデートプランを一緒に考えましょう!」
吉岡さんはランランとした目で僕を見ていた。否、シチュエーションだけを見ていた。
しかし相談したいのはしたいので、まず前提条件から話をする。
「デートプランっていうか、やっぱりデートになっちゃうのかなあ? 別にマンツーマンじゃなくてもいいはずなんだよ」
「なるほど。守谷さんも先輩たちのグループの中に入ってたんですよね」
「そうなんす」
うんうんと頷く吉岡さん。僕の話を積極的に聞いてくれている事実が嬉しい。内容はあれだが。
“ちょろすぎじゃろ……”
“アキラは基本的にちょろいのよ”
お黙り。
「守谷さんと一ノ瀬先輩で、共通の友人はいるんですか?」
川崎先輩くらいか。それか海に行った先輩方。
「友人とまで言える人はいないかな。知人レベル」
そう答えると、吉岡さんはあっさりと結論を出した。
「そうですか。じゃあ一対一がいいと思います」
「その心は?」
「きっとその方がいいと思うからです」
「なにそれー!?」
僕の叫びに吉岡さんが笑って答える。
「いえ、もちろん理由もあります。結局のところ、人数は少なければ少ないほど問題も少なくなると思うんです」
「わからなくもないけど、ふたりきりってめちゃくちゃ緊張しちゃうじゃん」
「それは良いことじゃないですか。かけがえのない夏の思い出になります」
吉岡さんのもっともらしい言葉に何も言えずにいると、さらに案を出される。
「どうしてもふたりきりがダメなら、一ノ瀬先輩に『友達を連れてきていいですよ』って伝えたらいいんじゃないですか? もし一ノ瀬先輩もふたりきりはちょっと……って感じなら誰か連れてくるでしょうし、そうじゃなければ一人でくるはずです」
「それは名案だね!?」
なるほど、その手があったか。急に僕に嬉しい提案をしてくれたのでびっくりしてしまった。さっきまでは文芸部の魂が漏れ出ていたように見えただけに。
「あとは誘って何をするかってのが問題だな……」
ここがもっともセンスを試されるところだろう。何が最適解なんだ。
その悩みに吉岡さんがすぐに案を出してくれる。
「そろそろ夏祭りがありますよ。おあつらえ向きに」
確かに、近々近所で夏祭りが行われる。
ただ、これに関してはトリカと行こうと思っていた。夜には花火が打ち上がるし、トリカが花火を見てみたいと言っていたから。
「うふふ、ごめんなさいねユリ。その祭りは私と行く予定なの」
トリカが微笑をたたえて吉岡さんに言っていた。
「あ、そうなんですね。……じゃあ無難に映画とかどうです?」
その案は僕も候補の一つとして頭の中にあった。
「でも映画って無難? 見る映画でセンス試されたりしない?」
「それなら一ノ瀬先輩の見たいものにすれば大丈夫ですよ」
「でもでも僕が映画に誘うのにそこは相手任せにしたら主体性のない男と思われない?」
「守谷さん、ネガティブすぎます」
でもでもでも怖いじゃない!
「映画なんてなんでもいいんですよ。ただ同じ映画を見てそのことを共有することが大事なんです」
吉岡さんが恋愛巧者みたいなことを言い出した。うぅ、経験豊富なの……?
“アキラの女々しさが限界を超えてるわ”
“これを矯正するのは無理かもしれんの”
二人の呆れた視線が突き刺さる。やめてよ。
“そもそも他の女と遊ぶことを初恋の相手に相談してることが、もうなんだか凄いわね”
それはトリカがけしかけたんだろうが。
“初恋とはいえ所詮は過去の恋ということじゃな。それに祐里もまったく陽を男として意識しておらん”
ちょ、ちょっと月子さん、脳裏でド直球なことを言わないでくれよ。
急に黙り込んだ僕を吉岡さんが訝しげに見ていた。
「守谷さん?」
「あ、ああ、そうだよね。感想の言い合いとかが大事だよね」
「はい、そう思います。軽く食事なんかしながら映画の話をするのが王道で良いと思います。ふたりきりだったら完全にデートですね」
「確かに」
吉岡さんの後押しもあって、ひとまず倫さんを誘うプランの見込みは立った。女子の視点があるのはやはり大事だ。デートとか言われるとハードルが上がって怖いんだけども。
「あのー、しっかり相談に乗りましたので、事後報告もお願いしますね?」
吉岡さんが目に怪しい光を灯して要求してきた。事後報告とは?
「つまり、守谷さんと一ノ瀬先輩がどんな映画を見て、どんな感想を持ち、どんな行動を取ったのか。それに伴う感情の動きなんかをできるだけ綿密に生々しく聞きたいのです」
「え、取材? 遊びを取材することなんてある?」
「だ、だって、私そういう異性の友達がいないから……。頼れる人は守谷さんしかいないんです!」
異性の友達いないのほんとぉ?
それはひとまず置いておいて、頼られるのは嫌じゃない。普段頼られることがないだけに。
僕は冗談めかしつつ、事後報告について了承する。
「じゃあ、覚えてる限りのことは話すよ。もしかしたら感情が高まりすぎて何も覚えてない可能性もあるけど」
「きゃーっ! いったい何をするつもりなんですかーっ!?」
「何をするつもりなの?」
「げっ!?」
ノリノリな吉岡さんもかわいいなと思っているところに冷や水をぶっかけられた。
いつの間にか我が母がリビングに現れ、興味津々の表情で僕らを見ていたのである。吉岡さんは固まっていた。
トリカと月子は先程と変わらぬ位置にいるが、認識はされていないようだ。
「お、お母さん、いつから……」
「ついさっきだけど? あなた、吉岡さんのところの祐里ちゃんだよね? 大きくなったねぇ!」
母は吉岡さんに近づき、まじまじと見つめる。それに吉岡さんがたじたじな様子で応じていた。
「あ、はい、あの、お久しぶりです」
「久しぶりねー! どうしたの今日は? うちなんかに来ちゃって。もしかして陽とそういう関係なのー?」
「い、いえ、違います」
「そうなのぉ? 残念ねー。陽にはもったいないほど可愛いから仕方ないかあー!」
まずいな。おばさん特有の詮索癖が出ている。ていうか声がでかいのよ。
僕は忍ばせておいた勉強道具をおもむろに取り出す。
「お母さん、吉岡さんは勉強を教えに来てくれたんだよ。うちの高校って同じ中学の人が少なくて、近所にいる人が吉岡さんしかいないから、僕が頼んだんだ」
「ふーん?」
ぎょろりとした目で母が僕を見る。トリカより怖いよこの目。
トリカと月子は興味深そうにことのなりゆきを眺めていた。月子なんか頬杖ついちゃって、気楽なもんだよな。
母が吉岡さんに笑顔で声をかけていた。
「祐里ちゃんありがとねぇ。こんな馬鹿に勉強教えてくれて。あ、そうだ。おいしいお饅頭があるから食べていきなさい。ほら陽! お茶を入れて!」
「い、いえ! ちょうどお暇するところだったので大丈夫です! そ、それじゃあ守谷さん、また学校で!」
「そうなのぉ? 残念だわぁ」
慌てて立ち上がった吉岡さんに続き僕も見送るために立ち上がる。
二人でそそくさと玄関に向かい、母から逃げる。
「ごめんね。うるさくて」
「いえいえ。それにしても勉強道具を仕込んでたんですね」
「はは、うん。万が一のためにね」
靴を履いている吉岡さんと軽く話していると、トリカと月子とミカも玄関に来た。
「サトミに驚いたユリの顔、なかなか面白かったわよ」
「ほほほほ、完全に固まっておったな」
立ち上がった吉岡さんはこちらを振り返り苦笑いしていた。
「からかわないでください。本当にびっくりしたんですから」
「ふふ、また来なさいな。アキラが何か作るから」
「神社にも来るがよい。歓迎するのじゃ」
「ありがとうございます」
そんな乙女たちの輪に加われずにいたミカが、寂しげに吉岡さんを眺めていた。
そっとミカを抱き上げて、吉岡さんに近寄る。
「吉岡さん、ミカが吉岡さんを送ってくれるそうです」
「わー、そうなんですか。ミカ、ありがとう」
そう言って視えないミカを大事に受け取る吉岡さん。
ミカが吉岡さんの腕の中に収まると、僕の方を見た。
「アキラ、ありがと」
そのミカのお礼にブサイクウィンクを返す。楽しんできなさい。
「それでは、かき氷ごちそうさまでした。お邪魔しました」
「はいよー、こちらこそ相談に乗ってくれてありがとねー」
玄関の扉が閉まると、一瞬の寂しさと安堵感が押し寄せてきた。ひとまずこの特殊なミッションをクリアできてほっとしている。
リビングに戻ってくると、母がいやらしい笑みを浮かべて待っていた。もうやだ。
案の定、吉岡さんについて聞いてきた。
「へいへい、どうなの? 脈はある感じなの?」
「はぁ~。脈はね、まったくないと言い切れるよ」
「そうなの? ざーんねん。あんな良い子いないのに」
「そんな良い子を僕が射止められるわけないよね」
「卑屈ねぇ。ちったー頑張ってみなさいよ」
「うるせー」
母をかわして自分の部屋に戻る。
楽しかったは楽しかったが、やっぱり疲れたなぁ。緊張しっぱなしだった。
自分のベッドにうつ伏せに寝ていると、僕の背をベンチにするかのごとく二人が乗ってきた。とはいっても月子分の重みしかない
「私たちを放置して何をしてるのかしら?」
「わしという客が残っておるぞ」
そういえば忘れていた。途中から存在感がなくなっていたな。物理的にも。
「お主ら、この近所の夏祭りを満喫するようじゃが、わしのところでも夏祭りはあるのじゃ。当然陽は来るじゃろ?」
「そ、そうね。予定が空いてたらね」
「空いてたらではなく空けるのじゃ。わかったな?」
「はい」
強引だなぁと笑っていると、トリカが僕のポケットからスマホを取り出して渡してきた。
「ほら、さっさとリンを誘いなさいな」
「えぇ? 今日はいいよー。今日はもう吉岡さんでお腹いっぱい。ついでに月子で胸いっぱい」
「わしはついでか」
悲しげな声を出す月子に冗談だよと笑う。
「アキラ、ちょっと手を貸しなさい」
「なんで? 手相?」
僕の質問には答えず、トリカは僕の指を取ってスマホに押し当てた。
「はいありがとう。指紋認証を突破したわ」
「あ! こら!」
トリカが僕のスマホのロックを解除してしまった。
すぐさま取り返そうとしたのだが、月子に組み伏せられてしまう。
「月子!? 友達だろ!?」
「友達だからじゃれついても良いじゃろ?」
「友達でも異性とはじゃれつかないよ! 離してくれ!」
「陽よ、お主はもう少し鍛えたほうが良いの。これでは非力なおなごと何も変わらん」
「いや月子がゴリラすぎるわ! えっ!? 体重百キロくらいある!?」
必死に抵抗を試みるも月子はびくともしなかった。柔道だったらすでに抑え込み一本である。
僕がもがいている横で、トリカが悪い笑みを浮かべていた。
「うふふ、私がアキラの背中を押してあげるわよ。このアプリで――あった。イチノセリンの名前を押して、通話!」
「え! 押しちゃったの!?」
一日に二人の女子に電話を掛けるなんてキャパオーバーというか遊び人というかチャラ男というか! 絶対よくない! それに一日で二人の女に背中を押されるのもなんかおかしい!
組み伏せられている僕の耳にトリカがスマホを押し当ててくる。これ完全に悪党に捕まっている人質の構図だよ。
あぁ、今日という日を平穏に終えられるはずだったのになぁ。
「悲観的じゃのう。良い約束を取り付けてさらに良い一日になる可能性もあるじゃろ」
「そのとおりよ。どのみち誘うことになるんだから」
もっともらしいことをのたまいやがる。とはいえ納得できる部分もある。
そこまで言うなら今日という日を最高にしてやらぁ!
まもなくスマホのスピーカーからダウナーなギャルの声が届いた。
『もしもしー? どうしたのー?』
「あ、その! いきなり電話してすみません! 今お時間頂いてもよろしいですか? 倫さんの予定について聞きたいんですけど――」




